いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットとフィル・カイボッシュ

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 1905年12月16日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 のっけから危ないことを言っている男性がいます。「ガスを吸えば現実を忘れられるんだ、ガスのにおいってほんと大好きだよ」。

 

 かれはどこかの部屋にいて、いすがひとつあり、また壁からなにかパイプのようなものが飛び出ています。男性のちょうど頭の位置にあります。

 

 かれはそのパイプに鼻を近づけてます。「ああ、いいにおい! だれだって夢中になっちゃうよこれは。一日じゅう吸ってられるね」、だそうです。こういうのもガス中毒って言うんですかね、ガスの毒で気を失うっていう意味じゃなくて、ガスの常用者という意味で。

 

 「いま行くよ、チャズ、あと一回だけ。ああ、すばらしいい」。うしろにチャズという名の友だちが来てますが、なかなかガスから離れられないようですね。チャズも「なににハマってるのかと思ったら...気をつけないと中毒者になるぞ、フィル」と心配しています。

 

  4コマ目になると、フィルは管を口にくわえています。「ふう、ただいま。楽しかったけど、べつに家にいてもよかったな。大好きなガスがあるからね!」。なるほど、どうやらここは自宅ですね。チャズといっしょに出かけてきて、それはそれで楽しんできたんだけど、帰ってきたらもうガス吸引に夢中です。

 

 次のコマではベッドに寝ながら吸ってますね。女性がひとりやってきて「部屋代は週5ドルなのにガス代が週35ドルですよ、払えるんですか、カイボッシュさん(Mr. Kibosh)」と聞いてます。kibosh とは「たわごと」という意味です。この女性は大家さんでしょう。

 

 フィル・カイボッシュは「大丈夫ですよ、払いますから」と答えてますが、家賃の7倍のガス代を払うというのをいま自分のこととして考えてみましたが、いやいや、無理ですね。あっというまに破産ですよそんなの。

 

 6コマ目、フィルの腹は風船のようにふくらんでいます。「ガスをやめないとな、中毒者になってしまうよ。病院に行こう...うわ! ガスでぱんぱんになってるよ」。さすがに、このままではよくないと思っているようです。

 

 それでフィルは病院に行くんですが、「そりゃあ、先生がやめろと言うんならそうしますが、でもわたしはガスがすごく好きなんですよ...」と、なかなかふんぎりがつかない。先生は「肉体的にも精神的にも危険であるばかりか、近くに火気でもあれば爆発しますぞ」と忠告しています。最後から二番目のコマへのカウントダウンがはじまりました。

 

 禁ガスを言い渡されたフィルは、すっかりやせこけてしまいました。「ガスをやめて一週間だけど、もうおかしくなりそうだ。不安で仕方がないよ、気が狂ってしまう。耐えられるかなあ...」。

 

 耐えられなくなったフィルは、ガスを吸ってしまいます。「やめるよ! やめてるところなんだ、これは気分を落ちつかせるために吸ってるだけなんだ、徐々に減らすんだよ」。完全にヤバいですね。いっしょにいるのはチャズでしょうか、「すっぱりやめなくちゃダメだよ!」と、フィルを心配しています。

 

 ガスでふくらんだフィルは、大家さんから「ガスの請求書がまた来てますよ。51ドル65セントですけど、立て替えておきますか?」と言われ、「払っておいてください! 次の木曜が給料日なので、そのときに返しますから」と返事をします。お金がまわらなくなってきています。破滅へむかって順調につき進んでいますね。

 

 体に悪いとはわかっているけどやめられない...というのは、禁煙したい喫煙者と同じ心境でしょうか。まあ程度が全然ちがいますけど。フィルはまだ「なんとか治りたい」という気持ちがあるようで、また病院にやってきました。

 

 「やあ、先生、また来ましたよ! 前より悪いんですよ、完全にガス漬けになってます。なんとかしてください...」。先生はすでにあきれ果てています。「あんたの近くでだれかマッチに火をつけでもしたら、あんたはやめるでしょうな。まったくね、わたしは、やめなさいとしか言いようがありませんよ」。

 

 医者にあきれられてはかなわないと思ったのか、フィルは再び禁ガスに励みます。しかし禁ガスをはじめるとすぐにやせ細ってしまう。

 

 「ああ、こりゃひどい! 一回でいいから吸わないと死んじまうよ。いやいや! くじけたらダメだ、治ってみせるんだからな。ぼくは意志の強い男だ、ガスをやめてやるとも。でも、一回だけなら大丈夫じゃないかな。一回だけなら。いや! ダメだ、やめてみせるぞ。ああ、あと一回吸えたらなあ。でも吸わないぞ」。

 

 「吸わない vs. 吸いたい」で、心の針が何度も左右に振れている状態です。で、自宅に帰ってきたフィルは、徐々に「吸いたい」のほうに針を寄せていきます。

 

 「あああああ、息ができない! こんな生き方が何になるっていうんだ? 死んだほうがマシだ! いやそうじゃない! ぼくはがんばるぞ、死ぬつもりなんかない! ううう、寒い、寒いよお、もうダメだ、死んでしまおう、そのほうがいい! いやダメだ! 生きてみせるんだ! あああなんてこった」。

 

「もうおしまいだ、がまんできない!」。そういうとフィルは、ついにあきらめて管を口にくわえます。「ああ、おいしい、けどガスが弱いな、もっと強くしないと。レンチもって地下のガスメーターをゆるめて、そこから直接吸うのがいいな」。

 

 細い管ではもうがまんできないフィルは、各部屋にガスを供給する大もとの部屋にいって、太い金属管をめいっぱい口にくわえて吸うことにしました。

 

 「よし、これで外からくる新鮮なガスを吸うことができるぞ。半インチのパイプじゃ弱すぎるからな、こっちのほうがいいよ。けれどぼくはひどい中毒者になってしまったな、まったく...」。もはや治癒は不可能なところまできてしまいました。

 

 するとフィルは、マッチをとりだしました...。「もう医者へはいかない。ぼくはおしまいだ。死のう。マッチに火をつければ、このみじめな自分ともお別れさ」。

 

 というわけでフィルは自ら死を選びました。爆発して自殺する夢って...どんな感じなんでしょうね。フィルは起きたら「ああもう! レアビットなんかなけりゃいいのに!」と大声だしてますが、こんな夢を見た直後は叫ぶ元気なんかない気もしますが。

 

 ときどき思うのですが、「レアビット狂の夢」の登場人物や「リトル・ニモ」のニモなど、最後のコマで夢からさめるひとは、それまでの夢を、読み手とおなじように第三者の視点で見ている(つまり夢で自分自身を見ている)んでしょうか。

 

 それともかれらは、現実世界とおなじように自分の視野で夢を見ていて、その夢が読み手には第三者の視点であらわれるのか。まあ結論は出ませんが、いずれにせよ、自分が爆発して死ぬことを体感したくはないですね。

レアビットとマンガ家マンガ

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 1905年12月13日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 髪の毛を逆立てた編集者が、「ほら早くしろよ、マンガ家さんよお! おれたちゃあんたのこと待ってんだよ、笑えるものをちょうだいよ! わかる? おもしろいやつね! 聞いてんの?」とやかましく言っています。マンガ家は「わかってますよ」と答えながら、机に向かっています。かれはマッケイの自画像のようですね。

 

 マンガ家はほおづえをついていて、なかなかアイデアが浮かばないようです。編集者は立ち上がり、「なんかおもしろいのないの? あんたが引き出せるのは給料だけかい?」と失望の念をかくしません。いやはや、厳しい世界です。

 

 編集者の小言はなおもつづきます。「あんたのジョークはつまんないんだよ、このままだとクビさ。年鑑(almanac)を見てみなよ! 図書館に行っていろいろ参考にしてみるとかさ! 笑えりゃあいいんだよ。みんな笑いたいんだ、だからおれたちゃあんたを雇ってるんだよ。なのにあんたはそれができないで、ここに来てからずっと落書きしてるだけじゃないか。ちゃんとやれよ!」

 

 年鑑というのは、一年の気象予報や月の満ち欠け、潮汐などを記した刊行物で、農業の計画(種まきをいつ頃にするべきかなど)や教会の行事予定(祭事など)も含まれています(Almanac - Wikipedia)。で、年鑑のなかには「コミック年鑑」という種類のものもありました。編集者はマンガ家に、他のマンガを見て勉強しろ、と言っているわけです。

 

 さらに、編集者は「クスリでもなんでもやってさ、とにかく笑いをたのむよ! この仕事つづけたいんなら...おれは本気で言ってるんだぞ! 今日もつまんないマンガだったら、お払い箱だからな。せいいっぱいやれ!」と叱咤しています。いやー、もうパワハラですねこれは。現代のマンガ家さんたちがこうでないことを祈りますよ。

 

 もっとも、編集者にひどいことを言われている当のマンガ家は、あまり気にしてないようです。3コマ目に小鳥が登場して「レアビット狂だよ! あれをパクるのさ!」とマンガ家に入れ知恵しています。

 

 英語には A little bird told me that... という表現があって、文字通りには「小鳥が話してくれたんだけど...」となりますが、これは「風の便りで聞いたんですが...」という意味です。しかしこのマンガはそれを文字通りに視覚化しています。マッケイはこういう言葉遊びをよくやりますね。

 

 小鳥に教えてもらったマンガ家は、さっそく盗作を行います。懐から新聞をとりだし、やかましい編集者を気にせず、堂々とパクってます。で、見事、7コマ目で編集者にほめられます。「はっはっは! こんなおもしろいマンガ見たことないぞ! すごいすごい!」

 

 「今まででいちばんの傑作じゃないか! いいぞ!」と編集者に言われているマンガ家は、頭部がものすごく大きくなっています。big head は「うぬぼれる」という意味です。マンガ家は「とつぜん思いついたんだ!」と笑っていて、罪悪感はみじんもないようです。

 

 このマンガは『イブニング・ムーン』という新聞に掲載されます。9コマ目で子犬がそれを読んでいます。「リトル・ウィリー・ブリッチーズ:食べすぎの男の子(Little Willie Britches / The Boy Who Eats Too Much)」って書いてありますね。9コママンガです。内容は...よくわかりませんが、最後のコマはベッドが描かれています。「レアビット狂の夢」をパクったんだから当たり前か。

 

 で、これを読んでいる子犬は「サイラス」と書かれた首輪をしていて、「ご主人さまの絵だ!」と喜んでいます。絵柄までパクったのか...。

 

 この表現は、蓄音機から聞こえてくる飼い主の声に耳をかたむける犬(His Master's Voice - Wikipedia)のようですね。マッケイはそれを読者に連想させたかったから、新聞読者を子犬にしたんでしょうか。ちなみにマッケイも「ニモ」という名の犬を飼っていました。

 

 夢オチのコマには、ベッドの近くの貼紙がしてあって、こう書いてあります、「模倣はもっとも誠実なお世辞になる(Imitation is the sincerest form of flattery)」。これはまた、いろいろな解釈を生みそうな貼紙ですね。

 

 この主人公は現実にマンガ家で、他のマンガをどんどん模倣しながら自分のマンガを描いている、ということでしょうか。しかし模倣しながらの制作をつづけているうちに「模倣と盗作とはなにがちがうのか」という問題意識をもってしまい、それが夢にあらわれた、ということなのかな。

 

 こういったマンガを描くということは、マッケイが上の疑問をもっていることの表明になりますね。主人公もマッケイに似てるし。いずれにせよ今回のエピソードは、かなり初期の「マンガ家マンガ」と言えるかもしれません。

リトル・ニモとクリスタルの間

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 1907年11月10日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 ニモとフリップとインプの三人は、洞窟内でダイヤモンドの女王に出会い、彼女につれられて新しい洞窟に入ってきました。しかも1コマ目ですでに出口が見えています。

 

 女王は「ああ、プリンセスはあなたを思って涙を流しておいでですよ。クリスタルの間にむかいなさい、王国の兵隊たちに会えるから。かれらもあなたたちを探しているのよ」とニモたちに話しています。

 

 兵隊たちが探してると聞くと、フリップは砲撃された恐怖が頭をよぎったのでしょうか、思わず「おれたち軍艦と戦ってたんだぞ」と答えています。しかし選択の余地はありません。一行は、画面の向こう側に見える明るい部屋へと歩いていきます。

 

 「ようやく帰ってこれたみたいだな」「お腹すいたよ、なにか食べたいな」「おれもだよ。のども乾いたしな...」。みんな安心しているようですね。

 

 そんな会話をしながら歩いていると、3コマ目、フリップが「ここ、すべりやすいな」と、つるつるの床に気づきます。ダイヤモンドの飛び石につづき、クリスタルの間もすべりやすい。ニモが「この床は、歩いたほうがいいのかな、それともすべっていけるようにつくられてるの?」と言うほどにすべりやすい。

 

 「紙やすりでもあればな、そしたら...」「...足を紙やすりでこするのにね! それかゴム長靴があるといいのに」と、フリップとニモが意気投合しつつ困惑しています。インプは...靴をはいているのかな。かれも足下が不安そうです。

 

 で、5コマ目、案の定ニモがいまにも転ぶというところです。「おれの手をそうやってつかむんじゃねえよ! おれも転ぶだろ」「転んじゃう! つかまえてて!」

 

 フリップとインプはニモの手をにぎって、ニモがなんとか転ばないようにつかまえていますが、次のコマでみんな転んでしまいます。「どけて! つぶされちゃうよ!」「こいつ(this Zulu)がどけたらおれもどいてやるよ!」と、三人は団子になってやかましくしてますね。ダイヤモンドの女王はかれらを助けてあげればいいのに。それとも女王は読者といっしょにかれらを見て笑っているのかしら。

 

 ところで、4・5コマ目と6コマ目の境界線が微妙に右上がりであること、みなさんはお気づきになりましたでしょうか。これは、もしかしたら床のすべりやすさ、かれらの足下の不安定さを読者に体感してもらうために、マッケイがわざと斜めに引いたのかな。なんか気持ち悪いですよね。コマのなかに描かれている大きな柱が垂直な分だけ、よけいに斜めの線が気持ち悪いです。

リトル・ニモとダイヤモンドの女王

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 1907年11月3日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 三人はダイヤモンドの洞窟に来ています。途中、洞窟内を流れる川にさしかかり、川の向こうに新たな洞窟の入口があって、そこまで飛び石を渡ってこうとするところです。

 

  「大変だな、こんな小さな石を渡らなくちゃならねえとは」「そうだね...あっ、転んでる!」。インプが派手に転んでます。飛び石はブリリアントカットされたダイヤモンドで、なんとなくすべりそうですね。ダイヤモンド触ったことないですけど。

 

 水面は幾筋もの描線によって表現されています。水の流れが飛び石をよけて進んでる感じとか、洞窟の入口が水面に映ってるところとか、よくわかりますね。水の色も涼やかで、洞窟内の澄んだ雰囲気が伝わってきます。

 

 水に落ちてしまったインプを見て、フリップは「はっ、立ち方がわかんないようだな」とバカにしてますね。ニモは「すべったの? 気をつけてよ!」と心配してます。

 

 しかし次のコマではフリップが足をすべらせています。「うわ! おれもか!」「大丈夫? 立てる?」。

 

 フリップは飛び石にしがみつきながら、「おい、笑いごとじゃねえぞ」と不機嫌ですね。ニモにバカにされたと思ったのでしょう。ニモは「笑ってないよ、インプににっこりしたんだよ」と返します。インプが無事だったからほっとしたのかもしれないですね。

 

 次のコマではニモが転んでいます。さっそくフリップが「今度はおまえが自分を笑う番だぞ」と言ってますね。フリップは水に落ちてるのに、葉巻を口からはなさないのはすごいです。

 

 というわけで一行はぜんぜん前に進めず、いちばん下のコマまで来てしまいました。洞窟の入口に女性がいますね。「おっ、ダイヤモンドの女王だ!」「ぼくたちを探しに、宮殿から来てくれたんだ!」と、フリップもニモもこの人に気づいていて、しかも飲み込みが早い...。あれ、ダイヤモンドの女王って以前に出てきましたっけ? 初登場だと思うんですが...。

 

 ダイヤモンドの女王は「リトル・ニモはここかしら? いらっしゃい、驚くものが待ってるから」と、ニモたちを招きます。しかしニモたちがこの飛び石を渡るには、あと一週間かかるようです。

レアビットとさくさくのビスケット

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 1905年12月9日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 「あなた、このビスケットどうかしら。さっくり(light)してるといいんだけど」と、妻が夫にビスケットをのせたトレイをもってきました。夫は「君がつくったんならおいしくないわけないよ」と答えています。仲がいいですね。

 

 じっさいおいしかったのか、次のコマではもうビスケットが平らげられています。「ぜんぶ食べてくれたのね! さっくりしてたかしら? ああ、うれしいわ!」と妻は喜びます。妻はビスケットの食感の軽さを気にしているようです。「さっくりしてるよ! もっと食べたいな」と夫が言っていますので、軽い歯触りのようですね。

 

 「すぐにもってくるわね。ほんとにさくさく?」「さくさくだよ...」というやりとりがつづくなか、3コマ目、夫のからだが椅子ごと傾いています。おかわりに備えてすわり直そうとしているのかと思いきや、夫は「あれ、なんかおかしいぞ」と言っています。

 

 すると次のコマで夫は完全に宙に浮いてしまいました。夫によると「羽みたいに軽いんだ」そうです。軽い歯触りのビスケットを食べたら、からだが軽くなってしまったというわけですね。妻はとうぜん驚いています。

 

 あわてる妻に対し、夫は「窓を閉めるんだ、わたしが外に飛び出さないように! 管理人を呼んできてくれ! それとドアもたのむ!」と比較的冷静に対処しています。なんで管理人を? と思いますが、その理由は次のコマで夫自身が話してくれています。いわく、「管理人を屋根にのぼらせてくれ、それでわたしを捕まえてもらうんだ」。妻は半ば発狂しながら「管理人さん! はやく!」と叫んでいます。

 

 しかし7コマ目、どうしたわけか夫は部屋の外に出てしまっています。天井の窓からは、管理人が顔をだしていますね。管理人に屋根で待っていてもらうつもりだったわけですが、一足遅かったようです。

 

 「どうしてこうなったのか...ロープあるかい?」「ちょっと待っててください!」というやりとりの後、数人の男性が窓からゴルフクラブのようなものを向けて助けようとします。「椅子をはなしてこれにつかまるんだ」「椅子から手をはなしたら上空に飛んでいってしまうよ」「椅子をはなすな!」。いろいろとにぎやかですね。

 

 結局、夫は椅子を手ばなしてしまいます。かわりにつかまるのは建物の縁ですね。「だれか来るまでつかまっていられるかな」。でも10コマ目ではからだが逆さまになってしまって、そう持ちこたえられそうにありません。「うわ! ダメだ! だれかはやく来てくれ!」

 

 夫は浮かび上がりながら、今度ははためく星条旗にすがろうとします。「これにつかまらないと終わりだ!」。でも無情にも星条旗はやぶれてしまいます。

 

 その後、夫は大空の旅をつづけるうち、教会の尖塔に近づきます。「風があそこに運んでいってくれれば、しがみつけるかもしれない...」。妻も管理人も近隣住民も、アメリカ政府もかれを助けられないとなれば、あとは宗教しかありませんね。人間、最後は神だのみです。

 

 夫は運よく尖塔のてっぺんにつかまります。「助けて! 消防を呼んでくれ!」。しかしまたしても夫のからだは空に舞いそうです。「はやく! 体力がもたない!」。地上には「おれがいく!」「はしごをかけるんだ!」などの言葉があり、かれを助けようとしているようです。

 

 でも結局、間に合いません。消防員がやってきましたが、タッチの差でつかまえることができませんでした。

 

 夫は、助けにきた消防員に対し、妻にメッセージを伝えるよう言い残します。「彼女もビスケットも悪くないんだ、彼女はよかれと思ってビスケットを軽くしてくれたんだから。彼女にさようならと伝えてくれ」。この夫もまさかこんな形で遺言を残すことになろうとは夢にも思わなかったでしょう。夢だけど。

 

 17コマ目、場面は部屋のなかに戻ります。窓から望遠鏡で空を見上げている男性が「ああ、あれか、見えた見えた、いやーもう、ほっっとんど見えないね」と言うなか、妻は画面手前で悲しみにくれています。「先週結婚したばかりなのに、初めて朝食をつくってあげたのに! ああ!」。新婚さんだったのか。愛のある夫婦を地獄に追いやりたいマッケイ先生ならではのエピソードでした。

レアビットと服をぬいだサル

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 1905年12月6日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 「おっと、これはまた馬鹿げたことが書いてあるな。われわれがかつてはサルだったって? そんなわけないだろう!」

 

 身なりのよい年老いた男性が、ソファーにふんぞり返って本を読んでいます。セリフから察するにダーウィンの進化論でしょう。この男性は進化論に反対のようです。2コマ目でも「ダーウィン? だれだよ! むかしはサルだったとか、そんなこと考えているなんて、ダーウィンは半分サルにちがいないな」と言っています。

 

 しかしかれはこの2コマ目ですでに、足がサルになりかけていて、かれもすぐにそれに気がつきました。「な、えええ!」

 

 ...あとはまあ、とくに説明しなくてもいいんじゃないでしょうか(笑)。かれはだんだんとサルになってパニックに陥り、妻にも正体をわかってもらえず、むしろ警官を呼ばれてボコボコにされます。衣服もなぜか脱げていて、もともと人間だったことがますますわからなくなっています。

 

 セリフはこんな感じです...

 

「なんだって! うそだろ?」「おい、おまえちょっときてくれ! 様子がおかしいんだ!」「なんということだ...たしかにわたしだ...おい! サラ!」「医者を呼んできてくれ、はやく!」「サラ! わたしなんだ! 逃げないでくれ!」

 

 妻のサラは、目の前に急にサルが出てきたものだから、驚いて「け、警察を!」と助けを呼びますが、9コマ目ではこのサルが自分の夫であることに気づいたようです。「ああ! おまわりさん! 撃たないでください! わたしの夫なんです! どうか殺さないで!」と顔をおおって叫んでいますので。

 

 19世紀後半以降、ダーウィンの進化論はさまざまなかたちで漫画の主題となっていて(https://en.wikipedia.org/wiki/Charles_Darwin#/media/File:Editorial_cartoon_depicting_Charles_Darwin_as_an_ape_(1871).jpg とか、https://en.wikipedia.org/wiki/Charles_Darwin#/media/File:Man_is_But_a_Worm.jpg とか)、「進化論の漫画」というテーマで本が一冊書けるレベルだと思います。もしかしたらすでに類書があるのではないか。探してませんが。

 

 ところで最後のコマには、いつもの「サイラス」のサインの下に、「原案:ハロルド・シルバーバーグ(suggested by Harold Silverburg)」とあります。サイラス以外の名前が書かれるのは珍しいですね。アイデアを投書してくれた新聞読者かもしれません。

リトル・ニモとダイヤモンドの洞窟(No.300)

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 1907年10月27日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 縦に細長いコマがならんでいて、7コマ目までおなじ形ですね。そしてだんだんとコマがまぶしくなっていきます。この白い背景はなんなんでしょうか。

 

 一行はライオンにまたがり洞窟に入ってきました。人ひとりがようやく通れる細い道で、洞窟の壁面は切り立っています。天井が高そうですね。岩肌の輪郭線や色は微妙に変化していて、洞窟の左側の壁面と右側の壁面との区別がわかるようになっています。かれらが通っている道は蛇行しているようです。

 

 「おれたちどこに向かってるんだろうな」「引き返したほうがいいかな?」。フリップとニモは不安を感じながらも、先頭を行くインプについていきます。インプもなにかしゃべっているのですが、「キ・ロウ・ソング・ゴ・イプ・ムンプ・ソプ」といった具合で、ニモやフリップには意味がわかりません。

 

 ニモは「君の言うことを信じるよ!」と、ライオンを手なずけたインプの手腕を買っているのか、インプを信頼しています。フリップはというと「アメリカの言葉を話してくれればわかるのにさ」と不満をこぼしてますね。読者の多くもそう思っているのではないでしょうか。わたしもそう思います。というか、インプの言葉を解読できたりしないものか...という気にさえなっています。

 

 ところで一行は画面の手前から奥へと向かっていますが、道が蛇行していて、ひとつひとつのコマでは三人のならび方がすこし斜めになっています。そのため、ふきだしの配置も斜めになり、そこに左右の関係がうまれますので、発言の順番が決まります。1コマ目はフリップから、2コマ目はインプから...という具合ですね。コマによって会話をはじめるキャラクターが異なるので、会話が単調でないですね。

 

 フリップとニモが「ライオンがあいつになにか言ってたよな」「インプはきっとわかってるよ」とかおしゃべりしながら歩いていると、洞窟の壁面がしだいに明るい色になっています。3コマ目で白、4コマ目で金色という、なにか高貴な雰囲気になってきました。ニモは「宮殿につれていってくれるんじゃないかな」と期待しはじめます。フリップも「だんだんきれいになってきたぞ...」と、雰囲気のちがいに気づいています。

 

 そして5コマ目、背景はまぶしすぎるほどです。壁面をよく見ると、青みがかった線がダイヤモンドのブリリアントカットを描いています。「これ本物のダイヤモンドかな、偽物なんじゃないか?」「うわあ! すごい景色だね、ぜんぶダイヤモンドだよ!」。

 

 次のコマもダイヤモンドです。ニモとフリップのおしゃべりもつづきます。「本物かどうかってどうすればわかるの?」「ガラスに傷をつけてみるのさ」。すると7コマ目、インプがライオンから降りてニモたちになにか教えていますね。「なんだこりゃ?」「降りろって言ってるんだよ!」。この、黄緑色の壁はいったい何でしょうね。またインプの背後には煙のようなものが上がっています。

 

 次のコマを見て判断するに、どうやらこれは滝ですね。煙じゃなく水しぶきか。滝はニモたちの目の前で川になっていて、ライオンたちは頭を川に落として水を飲んでいます。

 

 川の向こう側にはダイヤモンドの壁が立ち、その真ん中に洞窟の入口が見えます。その入口までは飛び石がつづいていて、入口まで行けそうですね。インプも扉を指さしています。しかしフリップは「あいつはどうするつもりなんだ? おれは疲れてきたぜ!」と、目的地も意図もわからないままつれていかれることに苛立ちはじめました。

 

 ニモはそうでもないですね。「川を渡って入口まで行こうってことだよ」と楽しんでいるようです。ニモはインプの言動を積極的に理解しようとしています。なんというか、旅に対して積極的ですね。プリンセスがいっしょだったときとは大ちがいです。お客様と冒険者のちがいと言うべきか。

 

 そういえば...いま気づいたんですが、ニモたちはいつのまにか元のサイズに戻っていますね。前回、カラフルな崖をのぼっているうちに戻ったんですねきっと。ぜんぜん気づかなかった。