いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットとビッグミット

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 1905年12月20日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 「このお金は保険契約者からだまし取ったものですね? 返しますか? その帽子も契約者のお金で...」「はい、買いました! 帽子も返します」。法廷でしょうかね、保険業者が罪を告白しています。

 

 「あなたが着ているそのコートも契約者のお金で買ったのですか?」「はい! これももちろん返しますとも」

 

 「ビッグミット(Bigmitt)さん、ほかにはありませんか? 契約者のお金を使って...」「このベストもそのお金で買いました。これもお返しします」「そのカラーとネクタイもそうですか?」「そうです! ええ、こちらも返しますとも」。

 

 こんな具合で、ビッグミットさんは法廷でどんどん身ぐるみはがされていきます。ビッグミットという名は、大きな手袋ということで、お金をたくさん手に入れる、ぺてん、詐欺といった意味合いがあります。それにしてもビッグミットさんはあっさり白状してますね。

 

 「まったくおもしろいことですな、ビッグミットさん、あなたの靴もですか?」「ええ、そうです! こちらも引き渡しましょう」「あなたのお話によれば、そのシャツは寡婦や孤児たちのお金だということですが?」「そうでした! これも引き渡しますよ」。けっこうな悪人ですねビッグミットさん。

 

 「では、ビッグミットさん、この質問にも答えていただきたい。そのズボンを買うお金はどこから?」「保険契約者からです、ええ、これもお返ししますとも」「もうひとつ質問があります、その下着はだれのお金で? それも返しますか?」「返しますよ! もちろん保険契約者のお金で買ったのです」。

 

 こうしてビッグミットさんは最後、裸になってしまい、樽のなかに入って裸をかくすという姿になりました。樽を用意するあたり、この法廷もなかなかふざけてますね。「退出してよろしいです、ビッグミットさん」という言葉とともに法廷をあとにしたところで、夢オチです。

 

 夢オチのコマでは、娘が「パパ、気分が悪いの? パパがそんなことしてたなんて知らなかったわ」と笑いながら話しかけています。「私がやりました、お返しします」とかの寝言を言ってたんでしょうか。パパの答えは「すこし夢を見てただけさ、たぶんね」。たぶんねと言うあたり、リアリティのある夢だったようにも思います。

リトル・ニモの寝顔

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 1907年11月24日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 空腹きわまってやせほそっている三人が、ボートに乗っています。「立ってるのもしんどいぜ」「しんどい? ぼくはもうぜんぜんダメだよ、お腹すいたなあ」。

 

 かれらは、引きかえしても意味がないと思っているのか、新しい道を見つけてはどんどん先へと進んでいきます。ニモは「ボートから降りれないよ、疲れたよ」と弱音をはきますが、フリップは四つん這いになりながら「ここにずっといるわけにいかねえだろ、ほら早くしろ」と、ニモを鼓舞しています。その先にインプがいます。かれはボートをこいで、真っ先にボートを降りていて、いちばん体力がありそうです。

 

 一行は、「食料貯蔵庫」とかかれた扉の前にやってきました。食べ物への期待が一気にふくらみます。が、扉の真ん中にはこうあります、「閉鎖! モルフェウス王の命によりリトル・ニモ捜索のため不在」。

 

 一行はがっかりです。「おいおい! おれらをつかまえにいったのかよ!」「ひどいや!! ごりっぱな捜索隊だねまったく!」。あまりのことに、ニモも憎まれ口をたたかずにはいられません。

 

 次のコマは「冷蔵庫」です。しかしここも不在の札がはってあります。フリップは「感謝祭の日なんだぞ!」と憤慨しています、そうか、11月末ですね。

 

 「ベーカリー」前では、「すこしの時間でいいから中に入りてえな」「ボクなら、パイ売り場のひとたちをうんざりさせるほど食べられるよ」といいながらすわりこんでしまいます。さらに「厨房」前では、「七面鳥をごちそうしてくれよ」「ボクにたのまないでよ! 七面鳥なら丸呑みしちゃうな」としゃべりつつ、ボートから降りたときの格好になってますね。空腹すぎてめまいでも起こしているのかも。

 

 すると突然、目の前に巨大な動物たちがあらわれました。七面鳥や豚、エビや貝など、食材になる動物ばかりです。「感謝祭から逃げだしてきたごちそうだよ!」。しかしニモたちは空腹すぎて立ちあがれません。あるいは、空腹がひきおこした幻覚ということも...。マッチ売りの少女的な。いずれにせよ、かれらはまだ食べ物にありつけそうにないですね。

 

 夢オチのコマでは、ニモのお母さんでしょうか、「ニモを部屋まで運んでいったほうがいいわ、眠っちゃったもの。楽しい夕食だったようね!」と、眠っているニモを見て夫に声をかけています。

 

 ニモの寝顔を見たのはこれがはじめてかなあ。めずらしいコマですね。というか、ニモ自身としては夢オチしてないですよねこれは。依然としてかれは、夢のなかで巨大な動物たちを目の当たりにしているはずです。

 

 それにしても、現実でごはんをたくさん食べておきながら、飢え死にしそうな夢を見るとは、ニモは現実の食事に満足していないということなんでしょうか。お母さんの料理の腕を疑問視せざるをえない...。

リトル・ニモと腹ぺこ

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 1907年11月17日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 「兵士たちはニモの居場所についてなんの手がかりも発見できずにおります、モルフェウス王」。兵士たちの上官らしき男が王様に報告しています。

 

 王様は「なんだと! もういちど行ってくるのだ、全員に探させるのだぞ。すぐにニモをつれてこないと、おまえたちがひどい思いをすることになるんだからな」と、かれを脅してます。まあ、そばで娘に泣かれてますからね、パパもそりゃ慌てるでしょう。

 

 「わしにはもうできることがないぞ」とドクター・ピル。万策尽きた感があります。右はじでは家来が「軍隊は赤いテープ(=お役所仕事)すぎるんだよなあ」「赤いテープどころか金のレースだよあれは」と軍批判ですね。お役所仕事のことを red tape というんですね、知らなかった。公文書を赤いテープでとじるという慣習に由来するそうです。

 

 さて、行方不明のニモたちは、洞窟内でダイヤモンドの女王に誘われ、クリスタルの間にやってきたのでした。2〜5コマ目、はてしなく奥へとつづく廊下がならんでいて、画面手前で三人が立ち話です。

 

 「もうなにもできねえよ、パンプキンパイが食いてえ」「ぼくも! おなかがすいたなあ」「いまなら犬でもラバでも食えるんじゃねえか」「こんなにおなかがすいたのはじめてだよ」「どうする? ここで飢死にするか、進みつづけるか」「進もうよ、死にたくないよフリップ」「この柱、食えないかな」「もう歩けないよ! へとへとだ」。

 

 5コマ目のニモはほおがこけています。三人のからだもすこしずつ細くなっていますね。からだがこんなに変化するほど歩いていた、ということでしょうか...いや、いま気づいたけど、これ、天井がどんどん高くなっている?

 

 2コマ目と5コマ目を見比べると、柱の高さがあきらかにちがいます。シャンデリアの描かれ方が変化しているのはわかってたけど、柱がのびているのは気づかなかった。空間が縦に引きのばされていて、それで三人の体も細くなったのか。

 

 6コマ目、とたんに場面が変わり、三人は水辺にいます。水の透明感の表現がすばらしいですね。手前にボートが一艘あり、「リトル・ニモをさがしに行っています」というメッセージが添えられています。舟守がいないわけですね、なんせ王様に「全員で探せ」と言われていますので。皮肉なものです。

 

 「はっ、こりゃいいね! もう倒れちまう、スープ一杯でいいんだ」「死んじゃうよ! なにか食べないと!」。はたしてかれらは食べ物にありつけるのでしょうか。とはいえニモは、このあと起きて朝食を食べるのでした。

レアビットとフィル・カイボッシュ

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 1905年12月16日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 のっけから危ないことを言っている男性がいます。「ガスを吸えば現実を忘れられるんだ、ガスのにおいってほんと大好きだよ」。

 

 かれはどこかの部屋にいて、いすがひとつあり、また壁からなにかパイプのようなものが飛び出ています。男性のちょうど頭の位置にあります。

 

 かれはそのパイプに鼻を近づけてます。「ああ、いいにおい! だれだって夢中になっちゃうよこれは。一日じゅう吸ってられるね」、だそうです。こういうのもガス中毒って言うんですかね、ガスの毒で気を失うっていう意味じゃなくて、ガスの常用者という意味で。

 

 「いま行くよ、チャズ、あと一回だけ。ああ、すばらしいい」。うしろにチャズという名の友だちが来てますが、なかなかガスから離れられないようですね。チャズも「なににハマってるのかと思ったら...気をつけないと中毒者になるぞ、フィル」と心配しています。

 

  4コマ目になると、フィルは管を口にくわえています。「ふう、ただいま。楽しかったけど、べつに家にいてもよかったな。大好きなガスがあるからね!」。なるほど、どうやらここは自宅ですね。チャズといっしょに出かけてきて、それはそれで楽しんできたんだけど、帰ってきたらもうガス吸引に夢中です。

 

 次のコマではベッドに寝ながら吸ってますね。女性がひとりやってきて「部屋代は週5ドルなのにガス代が週35ドルですよ、払えるんですか、カイボッシュさん(Mr. Kibosh)」と聞いてます。kibosh とは「たわごと」という意味です。この女性は大家さんでしょう。

 

 フィル・カイボッシュは「大丈夫ですよ、払いますから」と答えてますが、家賃の7倍のガス代を払うというのをいま自分のこととして考えてみましたが、いやいや、無理ですね。あっというまに破産ですよそんなの。

 

 6コマ目、フィルの腹は風船のようにふくらんでいます。「ガスをやめないとな、中毒者になってしまうよ。病院に行こう...うわ! ガスでぱんぱんになってるよ」。さすがに、このままではよくないと思っているようです。

 

 それでフィルは病院に行くんですが、「そりゃあ、先生がやめろと言うんならそうしますが、でもわたしはガスがすごく好きなんですよ...」と、なかなかふんぎりがつかない。先生は「肉体的にも精神的にも危険であるばかりか、近くに火気でもあれば爆発しますぞ」と忠告しています。最後から二番目のコマへのカウントダウンがはじまりました。

 

 禁ガスを言い渡されたフィルは、すっかりやせこけてしまいました。「ガスをやめて一週間だけど、もうおかしくなりそうだ。不安で仕方がないよ、気が狂ってしまう。耐えられるかなあ...」。

 

 耐えられなくなったフィルは、ガスを吸ってしまいます。「やめるよ! やめてるところなんだ、これは気分を落ちつかせるために吸ってるだけなんだ、徐々に減らすんだよ」。完全にヤバいですね。いっしょにいるのはチャズでしょうか、「すっぱりやめなくちゃダメだよ!」と、フィルを心配しています。

 

 ガスでふくらんだフィルは、大家さんから「ガスの請求書がまた来てますよ。51ドル65セントですけど、立て替えておきますか?」と言われ、「払っておいてください! 次の木曜が給料日なので、そのときに返しますから」と返事をします。お金がまわらなくなってきています。破滅へむかって順調につき進んでいますね。

 

 体に悪いとはわかっているけどやめられない...というのは、禁煙したい喫煙者と同じ心境でしょうか。まあ程度が全然ちがいますけど。フィルはまだ「なんとか治りたい」という気持ちがあるようで、また病院にやってきました。

 

 「やあ、先生、また来ましたよ! 前より悪いんですよ、完全にガス漬けになってます。なんとかしてください...」。先生はすでにあきれ果てています。「あんたの近くでだれかマッチに火をつけでもしたら、あんたはやめるでしょうな。まったくね、わたしは、やめなさいとしか言いようがありませんよ」。

 

 医者にあきれられてはかなわないと思ったのか、フィルは再び禁ガスに励みます。しかし禁ガスをはじめるとすぐにやせ細ってしまう。

 

 「ああ、こりゃひどい! 一回でいいから吸わないと死んじまうよ。いやいや! くじけたらダメだ、治ってみせるんだからな。ぼくは意志の強い男だ、ガスをやめてやるとも。でも、一回だけなら大丈夫じゃないかな。一回だけなら。いや! ダメだ、やめてみせるぞ。ああ、あと一回吸えたらなあ。でも吸わないぞ」。

 

 「吸わない vs. 吸いたい」で、心の針が何度も左右に振れている状態です。で、自宅に帰ってきたフィルは、徐々に「吸いたい」のほうに針を寄せていきます。

 

 「あああああ、息ができない! こんな生き方が何になるっていうんだ? 死んだほうがマシだ! いやそうじゃない! ぼくはがんばるぞ、死ぬつもりなんかない! ううう、寒い、寒いよお、もうダメだ、死んでしまおう、そのほうがいい! いやダメだ! 生きてみせるんだ! あああなんてこった」。

 

「もうおしまいだ、がまんできない!」。そういうとフィルは、ついにあきらめて管を口にくわえます。「ああ、おいしい、けどガスが弱いな、もっと強くしないと。レンチもって地下のガスメーターをゆるめて、そこから直接吸うのがいいな」。

 

 細い管ではもうがまんできないフィルは、各部屋にガスを供給する大もとの部屋にいって、太い金属管をめいっぱい口にくわえて吸うことにしました。

 

 「よし、これで外からくる新鮮なガスを吸うことができるぞ。半インチのパイプじゃ弱すぎるからな、こっちのほうがいいよ。けれどぼくはひどい中毒者になってしまったな、まったく...」。もはや治癒は不可能なところまできてしまいました。

 

 するとフィルは、マッチをとりだしました...。「もう医者へはいかない。ぼくはおしまいだ。死のう。マッチに火をつければ、このみじめな自分ともお別れさ」。

 

 というわけでフィルは自ら死を選びました。爆発して自殺する夢って...どんな感じなんでしょうね。フィルは起きたら「ああもう! レアビットなんかなけりゃいいのに!」と大声だしてますが、こんな夢を見た直後は叫ぶ元気なんかない気もしますが。

 

 ときどき思うのですが、「レアビット狂の夢」の登場人物や「リトル・ニモ」のニモなど、最後のコマで夢からさめるひとは、それまでの夢を、読み手とおなじように第三者の視点で見ている(つまり夢で自分自身を見ている)んでしょうか。

 

 それともかれらは、現実世界とおなじように自分の視野で夢を見ていて、その夢が読み手には第三者の視点であらわれるのか。まあ結論は出ませんが、いずれにせよ、自分が爆発して死ぬことを体感したくはないですね。

レアビットとマンガ家マンガ

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 1905年12月13日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 髪の毛を逆立てた編集者が、「ほら早くしろよ、マンガ家さんよお! おれたちゃあんたのこと待ってんだよ、笑えるものをちょうだいよ! わかる? おもしろいやつね! 聞いてんの?」とやかましく言っています。マンガ家は「わかってますよ」と答えながら、机に向かっています。かれはマッケイの自画像のようですね。

 

 マンガ家はほおづえをついていて、なかなかアイデアが浮かばないようです。編集者は立ち上がり、「なんかおもしろいのないの? あんたが引き出せるのは給料だけかい?」と失望の念をかくしません。いやはや、厳しい世界です。

 

 編集者の小言はなおもつづきます。「あんたのジョークはつまんないんだよ、このままだとクビさ。年鑑(almanac)を見てみなよ! 図書館に行っていろいろ参考にしてみるとかさ! 笑えりゃあいいんだよ。みんな笑いたいんだ、だからおれたちゃあんたを雇ってるんだよ。なのにあんたはそれができないで、ここに来てからずっと落書きしてるだけじゃないか。ちゃんとやれよ!」

 

 年鑑というのは、一年の気象予報や月の満ち欠け、潮汐などを記した刊行物で、農業の計画(種まきをいつ頃にするべきかなど)や教会の行事予定(祭事など)も含まれています(Almanac - Wikipedia)。で、年鑑のなかには「コミック年鑑」という種類のものもありました。編集者はマンガ家に、他のマンガを見て勉強しろ、と言っているわけです。

 

 さらに、編集者は「クスリでもなんでもやってさ、とにかく笑いをたのむよ! この仕事つづけたいんなら...おれは本気で言ってるんだぞ! 今日もつまんないマンガだったら、お払い箱だからな。せいいっぱいやれ!」と叱咤しています。いやー、もうパワハラですねこれは。現代のマンガ家さんたちがこうでないことを祈りますよ。

 

 もっとも、編集者にひどいことを言われている当のマンガ家は、あまり気にしてないようです。3コマ目に小鳥が登場して「レアビット狂だよ! あれをパクるのさ!」とマンガ家に入れ知恵しています。

 

 英語には A little bird told me that... という表現があって、文字通りには「小鳥が話してくれたんだけど...」となりますが、これは「風の便りで聞いたんですが...」という意味です。しかしこのマンガはそれを文字通りに視覚化しています。マッケイはこういう言葉遊びをよくやりますね。

 

 小鳥に教えてもらったマンガ家は、さっそく盗作を行います。懐から新聞をとりだし、やかましい編集者を気にせず、堂々とパクってます。で、見事、7コマ目で編集者にほめられます。「はっはっは! こんなおもしろいマンガ見たことないぞ! すごいすごい!」

 

 「今まででいちばんの傑作じゃないか! いいぞ!」と編集者に言われているマンガ家は、頭部がものすごく大きくなっています。big head は「うぬぼれる」という意味です。マンガ家は「とつぜん思いついたんだ!」と笑っていて、罪悪感はみじんもないようです。

 

 このマンガは『イブニング・ムーン』という新聞に掲載されます。9コマ目で子犬がそれを読んでいます。「リトル・ウィリー・ブリッチーズ:食べすぎの男の子(Little Willie Britches / The Boy Who Eats Too Much)」って書いてありますね。9コママンガです。内容は...よくわかりませんが、最後のコマはベッドが描かれています。「レアビット狂の夢」をパクったんだから当たり前か。

 

 で、これを読んでいる子犬は「サイラス」と書かれた首輪をしていて、「ご主人さまの絵だ!」と喜んでいます。絵柄までパクったのか...。

 

 この表現は、蓄音機から聞こえてくる飼い主の声に耳をかたむける犬(His Master's Voice - Wikipedia)のようですね。マッケイはそれを読者に連想させたかったから、新聞読者を子犬にしたんでしょうか。ちなみにマッケイも「ニモ」という名の犬を飼っていました。

 

 夢オチのコマには、ベッドの近くの貼紙がしてあって、こう書いてあります、「模倣はもっとも誠実なお世辞になる(Imitation is the sincerest form of flattery)」。これはまた、いろいろな解釈を生みそうな貼紙ですね。

 

 この主人公は現実にマンガ家で、他のマンガをどんどん模倣しながら自分のマンガを描いている、ということでしょうか。しかし模倣しながらの制作をつづけているうちに「模倣と盗作とはなにがちがうのか」という問題意識をもってしまい、それが夢にあらわれた、ということなのかな。

 

 こういったマンガを描くということは、マッケイが上の疑問をもっていることの表明になりますね。主人公もマッケイに似てるし。いずれにせよ今回のエピソードは、かなり初期の「マンガ家マンガ」と言えるかもしれません。

リトル・ニモとクリスタルの間

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 1907年11月10日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 ニモとフリップとインプの三人は、洞窟内でダイヤモンドの女王に出会い、彼女につれられて新しい洞窟に入ってきました。しかも1コマ目ですでに出口が見えています。

 

 女王は「ああ、プリンセスはあなたを思って涙を流しておいでですよ。クリスタルの間にむかいなさい、王国の兵隊たちに会えるから。かれらもあなたたちを探しているのよ」とニモたちに話しています。

 

 兵隊たちが探してると聞くと、フリップは砲撃された恐怖が頭をよぎったのでしょうか、思わず「おれたち軍艦と戦ってたんだぞ」と答えています。しかし選択の余地はありません。一行は、画面の向こう側に見える明るい部屋へと歩いていきます。

 

 「ようやく帰ってこれたみたいだな」「お腹すいたよ、なにか食べたいな」「おれもだよ。のども乾いたしな...」。みんな安心しているようですね。

 

 そんな会話をしながら歩いていると、3コマ目、フリップが「ここ、すべりやすいな」と、つるつるの床に気づきます。ダイヤモンドの飛び石につづき、クリスタルの間もすべりやすい。ニモが「この床は、歩いたほうがいいのかな、それともすべっていけるようにつくられてるの?」と言うほどにすべりやすい。

 

 「紙やすりでもあればな、そしたら...」「...足を紙やすりでこするのにね! それかゴム長靴があるといいのに」と、フリップとニモが意気投合しつつ困惑しています。インプは...靴をはいているのかな。かれも足下が不安そうです。

 

 で、5コマ目、案の定ニモがいまにも転ぶというところです。「おれの手をそうやってつかむんじゃねえよ! おれも転ぶだろ」「転んじゃう! つかまえてて!」

 

 フリップとインプはニモの手をにぎって、ニモがなんとか転ばないようにつかまえていますが、次のコマでみんな転んでしまいます。「どけて! つぶされちゃうよ!」「こいつ(this Zulu)がどけたらおれもどいてやるよ!」と、三人は団子になってやかましくしてますね。ダイヤモンドの女王はかれらを助けてあげればいいのに。それとも女王は読者といっしょにかれらを見て笑っているのかしら。

 

 ところで、4・5コマ目と6コマ目の境界線が微妙に右上がりであること、みなさんはお気づきになりましたでしょうか。これは、もしかしたら床のすべりやすさ、かれらの足下の不安定さを読者に体感してもらうために、マッケイがわざと斜めに引いたのかな。なんか気持ち悪いですよね。コマのなかに描かれている大きな柱が垂直な分だけ、よけいに斜めの線が気持ち悪いです。

リトル・ニモとダイヤモンドの女王

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 1907年11月3日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 三人はダイヤモンドの洞窟に来ています。途中、洞窟内を流れる川にさしかかり、川の向こうに新たな洞窟の入口があって、そこまで飛び石を渡ってこうとするところです。

 

  「大変だな、こんな小さな石を渡らなくちゃならねえとは」「そうだね...あっ、転んでる!」。インプが派手に転んでます。飛び石はブリリアントカットされたダイヤモンドで、なんとなくすべりそうですね。ダイヤモンド触ったことないですけど。

 

 水面は幾筋もの描線によって表現されています。水の流れが飛び石をよけて進んでる感じとか、洞窟の入口が水面に映ってるところとか、よくわかりますね。水の色も涼やかで、洞窟内の澄んだ雰囲気が伝わってきます。

 

 水に落ちてしまったインプを見て、フリップは「はっ、立ち方がわかんないようだな」とバカにしてますね。ニモは「すべったの? 気をつけてよ!」と心配してます。

 

 しかし次のコマではフリップが足をすべらせています。「うわ! おれもか!」「大丈夫? 立てる?」。

 

 フリップは飛び石にしがみつきながら、「おい、笑いごとじゃねえぞ」と不機嫌ですね。ニモにバカにされたと思ったのでしょう。ニモは「笑ってないよ、インプににっこりしたんだよ」と返します。インプが無事だったからほっとしたのかもしれないですね。

 

 次のコマではニモが転んでいます。さっそくフリップが「今度はおまえが自分を笑う番だぞ」と言ってますね。フリップは水に落ちてるのに、葉巻を口からはなさないのはすごいです。

 

 というわけで一行はぜんぜん前に進めず、いちばん下のコマまで来てしまいました。洞窟の入口に女性がいますね。「おっ、ダイヤモンドの女王だ!」「ぼくたちを探しに、宮殿から来てくれたんだ!」と、フリップもニモもこの人に気づいていて、しかも飲み込みが早い...。あれ、ダイヤモンドの女王って以前に出てきましたっけ? 初登場だと思うんですが...。

 

 ダイヤモンドの女王は「リトル・ニモはここかしら? いらっしゃい、驚くものが待ってるから」と、ニモたちを招きます。しかしニモたちがこの飛び石を渡るには、あと一週間かかるようです。