いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

リトル・ニモといびきベース

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 1907年12月8日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 マンガのタイトルを食べて真ん丸になってしまった三人は、ダンスホールにやってきました。「みんなおれたちを探しにいってるようだな」と、フリップは広間を見つめています。

 

 ニモは「そうだね、中に入って楽しもうよ」と提案しています。フリップとつきあってきたからでしょうか、性格がフリップに似てきたような...。以前なら「遊んでないでだれか探さないと」とか言いそうな気もしますが、この世界にだいぶ慣れてきたんでしょう。

 

 三人はオーケストラの楽器を見つけます。2コマ目にコントラバスやドラム、それに「眠りの国のワルツ」と書かれた譜面が見えますが、このコマの両端にはなんと楽団員が眠っています! 人がいましたね。でもニモたちはかれらに気づいていないのか、無視しているのか、かれらを起こして助けを求めようとはしません。

 

 「おい、なにかやろうぜ、だれかフィドル(弦楽器)やれるか?」「ぼくできるよ! なにやる?」。楽しそうですね。まあ楽しいですよね。バンドメンバーとスタジオに入って、各自が楽器をさわっててきとうに音をならしてるだけで気づけば30分くらいたってた...などということも個人的に覚えがあります。

 

 「こいつをもってろ、おれはバスホルンやるから。インプはバスドラムできるだろ」と言って、フリップはコントラバスをニモにわたします。低音ばっかりだな。ニモは「バンドやるんだね? いっぱい楽しもうよ!」と興奮気味です。

 

 一方、おなじコマで、両端にいる楽団員が目をさましました。ただ、まだニモたちには気づいていないようです。

 

 4コマ目、三人が楽器をもって配置につきました。そうか、低音の楽器は大きいから、マンガに大きく描けますね。「最初なにやる? ワルツ? マーチ?」「ラグタイムにしようぜ」。おお、この当時はやっていた音楽ジャンルです(Ragtime - Wikipedia)。ラグタイムはピアノのイメージがあるけど、ピアノなしでもやれるんだろうか。

 

 そうしてかれらは演奏をはじめます。それぞれの楽器のそばに、ZZZZUH(コントラバス)とか UMPH(ホルン)とか、BOOM(ドラム)とかの擬音が書かれています。大きな音が出ているのでしょうが、オノマトペを大きく書いて大きな音を意味させる、という表現にはなっていません。

 

 コントラバスの ZZZZUH という表記は、いびきの ZZZ... の表現と似ていますね。だからなのか、向かって左端の楽団員が「だれかいるのかと思ったが、いびきが聞こえてきたのか」とつぶやいて、また寝てしまいました。ニモたちに気づいていないようです。

 

 でも右端の楽団員は、すぐそばでインプがドラムをドンドンやってるもんですから、さすがに気づきました。「いびきかと思ったら、なんだあの太ったやつらは!」。

 

 現実のニモも起きてしまいます。「眠れないよママ、パパのいびきがすごくて」「ジョン! 起きて! あなたとんでもないいびきよ! ニモが起きちゃったじゃない!」。

リトル・ニモと食べられるタイトル

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 1907年12月1日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 ニモたちは空腹のなか、食料貯蔵庫や厨房付近を歩きつづけています。本来このあたりにいるはずの人たちはみな、モルフェウス王の命により、ニモたちを探しにいっていて、おかげで皮肉にも、ニモたちはだれにも会わず、厨房などには鍵がかけられています。

 

 いまかれらがいるのは宴会場前です。ここも鍵がかかっています。前回のエピソードでかれらは七面鳥や豚などの動物たちに出会っていましたが、動物たちは食材になりたくないからか、すでに逃げていってしまったようです。「七面鳥の脚一本でいいから食べたかったぜ」「そうだね、でも逃げちゃったよ」と、フリップとニモがしゃべっています。

 

 フリップはいよいよ自暴自棄になってきました。「もうこうなりゃやけだ!」と言って、かれはなんと、コマの枠線を手にし、それをもぎとってしまいます。ニモはあわてて「ダメだよ! マンガ家が怒っちゃうよ!」と大声をあげます。

 

 フリップは「かまうもんか、食っちまおうぜ」と言って、折った枠線を釣り竿みたいにもち、頭上にあるマンガのタイトル「眠りの国のリトル・ニモ」の、LITTLE の文字を落とします。「絵をダメにしちゃいけないよフリップ!」。

 

 フリップはニモのいうことを聞きもせず、E を食べはじめます。「べつにいいだろ。お、こりゃうめえぞ! 食ってみろよ」。ニモはL を手にしていて、「おいしいの? お腹すいてるからこのマンガぜんぶ食べちゃえるよ」と、直前あんなにあわててたのに、もう食べる気でいます。

 

 ジャングル・インプはといえば、3コマ目でフリップのように枠線を折り、次のコマでSLUMBER の文字を落としています。食べるつもりでしょう。

 

 「食っちまえよ、おれらを描いたやつが悪いのさ」「ぼくたちをこんなふうにお腹ぺこぺこにするべきじゃなかったよね。これおいしいね!」。かれらは作者に毒づきつつ、おいしそうに文字を食べています。どういう味と食感なんでしょうね。クッキーみたいなものでしょうか。

 

 かれらはどんどん食べつづけ、タイトルの文字がどんどん少なくなっていきます。そうしてかれらは「ちがう自分になってきた感じがするな」「太ってきてない?」と、自分たちの変化に気づきます。それまでのコマのかれらとくらべて、たしかにすこしふっくらしてきていますね。

 

 7コマ目のかれらは完全に丸くなっています。「これ、なにが入ってるんだ?」「インクだけだと思うけど...うわあ、風船みたいになってる!」。やせ細っているよりは、こっちのほうがかわいいような気もしますが、歩くのは遅そうですね。いつになったらお姫さまに会えることやら。

レアビットとロッキングチェア

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 1905年12月23日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 「その椅子はロッキングチェア(walking rocker)ですから、ゆれますので気をつけてくださいね」「大丈夫だよ、ぼくはこの椅子とても気に入ってるんだ」という、夫婦の会話ではじまります。

 

 2コマ目、はやくも妻が不穏なことを言っています。「気をつけないと家じゅうを歩きますから」。ウォーキング・ロッカーがウォーキングするというわけです。夫は、冗談だと思ってるのか、聞いていないのか、妻の言葉をまじめに受けとっていません。「ゆれるの好きなんだよね、どうしてもゆれたくなるんだよ」。

 

 するとロッキングチェアは、この男性をすわらせたまま、テーブルからどんどん離れていきます。しかし男性は新聞を読むのに夢中で、そのことにぜんぜん気づいていません。

 

 ロッキングチェアはリビングを出て、べつの部屋から台所に入り、そのあと外に出ます。男性はその間、「なになに、大統領による強奪の掌握...保険会社によれば、大統領は自身の辞任にやぶさかでない...とはいえそれは、辞任すべきかどうかもっとよく考えてからのことだ、いまはまだ辞めるつもりはない、ということであるが、管財人のなかには、大統領に辞任を決心させるべきだと考えている者もいる...」と、大統領の汚職をめぐる記事を読みふけっています。

 

 ロッキングチェアは道路や公園を横切り、交通事故を起こしもせずに、人びとの注目を集めつつ、最後は港にやってきました。そこで動きを止めるかといえばそういうわけでもなく、ロッキングチェアはそのまま海に落ち、そこでようやく男性は新聞から手をはなします。

 

 この夢を見ていたのは奥さんのほうでした。「ああ! 眠っていたわ! レアビット食べたのかしら? ひどい夢だったわ!」。夫のほうはといえば「そりゃいいや。ぼくはサイラスのレアビット狂を読んでいたところだったよ!」と、自己言及的な発言です。言葉遊びと自己言及という、マッケイお得意のネタがふたつ入ったエピソードでした。

レアビットとビッグミット

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 1905年12月20日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 「このお金は保険契約者からだまし取ったものですね? 返しますか? その帽子も契約者のお金で...」「はい、買いました! 帽子も返します」。法廷でしょうかね、保険業者が罪を告白しています。

 

 「あなたが着ているそのコートも契約者のお金で買ったのですか?」「はい! これももちろん返しますとも」

 

 「ビッグミット(Bigmitt)さん、ほかにはありませんか? 契約者のお金を使って...」「このベストもそのお金で買いました。これもお返しします」「そのカラーとネクタイもそうですか?」「そうです! ええ、こちらも返しますとも」。

 

 こんな具合で、ビッグミットさんは法廷でどんどん身ぐるみはがされていきます。ビッグミットという名は、大きな手袋ということで、お金をたくさん手に入れる、ぺてん、詐欺といった意味合いがあります。それにしてもビッグミットさんはあっさり白状してますね。

 

 「まったくおもしろいことですな、ビッグミットさん、あなたの靴もですか?」「ええ、そうです! こちらも引き渡しましょう」「あなたのお話によれば、そのシャツは寡婦や孤児たちのお金だということですが?」「そうでした! これも引き渡しますよ」。けっこうな悪人ですねビッグミットさん。

 

 「では、ビッグミットさん、この質問にも答えていただきたい。そのズボンを買うお金はどこから?」「保険契約者からです、ええ、これもお返ししますとも」「もうひとつ質問があります、その下着はだれのお金で? それも返しますか?」「返しますよ! もちろん保険契約者のお金で買ったのです」。

 

 こうしてビッグミットさんは最後、裸になってしまい、樽のなかに入って裸をかくすという姿になりました。樽を用意するあたり、この法廷もなかなかふざけてますね。「退出してよろしいです、ビッグミットさん」という言葉とともに法廷をあとにしたところで、夢オチです。

 

 夢オチのコマでは、娘が「パパ、気分が悪いの? パパがそんなことしてたなんて知らなかったわ」と笑いながら話しかけています。「私がやりました、お返しします」とかの寝言を言ってたんでしょうか。パパの答えは「すこし夢を見てただけさ、たぶんね」。たぶんねと言うあたり、リアリティのある夢だったようにも思います。

リトル・ニモの寝顔

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 1907年11月24日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 空腹きわまってやせほそっている三人が、ボートに乗っています。「立ってるのもしんどいぜ」「しんどい? ぼくはもうぜんぜんダメだよ、お腹すいたなあ」。

 

 かれらは、引きかえしても意味がないと思っているのか、新しい道を見つけてはどんどん先へと進んでいきます。ニモは「ボートから降りれないよ、疲れたよ」と弱音をはきますが、フリップは四つん這いになりながら「ここにずっといるわけにいかねえだろ、ほら早くしろ」と、ニモを鼓舞しています。その先にインプがいます。かれはボートをこいで、真っ先にボートを降りていて、いちばん体力がありそうです。

 

 一行は、「食料貯蔵庫」とかかれた扉の前にやってきました。食べ物への期待が一気にふくらみます。が、扉の真ん中にはこうあります、「閉鎖! モルフェウス王の命によりリトル・ニモ捜索のため不在」。

 

 一行はがっかりです。「おいおい! おれらをつかまえにいったのかよ!」「ひどいや!! ごりっぱな捜索隊だねまったく!」。あまりのことに、ニモも憎まれ口をたたかずにはいられません。

 

 次のコマは「冷蔵庫」です。しかしここも不在の札がはってあります。フリップは「感謝祭の日なんだぞ!」と憤慨しています、そうか、11月末ですね。

 

 「ベーカリー」前では、「すこしの時間でいいから中に入りてえな」「ボクなら、パイ売り場のひとたちをうんざりさせるほど食べられるよ」といいながらすわりこんでしまいます。さらに「厨房」前では、「七面鳥をごちそうしてくれよ」「ボクにたのまないでよ! 七面鳥なら丸呑みしちゃうな」としゃべりつつ、ボートから降りたときの格好になってますね。空腹すぎてめまいでも起こしているのかも。

 

 すると突然、目の前に巨大な動物たちがあらわれました。七面鳥や豚、エビや貝など、食材になる動物ばかりです。「感謝祭から逃げだしてきたごちそうだよ!」。しかしニモたちは空腹すぎて立ちあがれません。あるいは、空腹がひきおこした幻覚ということも...。マッチ売りの少女的な。いずれにせよ、かれらはまだ食べ物にありつけそうにないですね。

 

 夢オチのコマでは、ニモのお母さんでしょうか、「ニモを部屋まで運んでいったほうがいいわ、眠っちゃったもの。楽しい夕食だったようね!」と、眠っているニモを見て夫に声をかけています。

 

 ニモの寝顔を見たのはこれがはじめてかなあ。めずらしいコマですね。というか、ニモ自身としては夢オチしてないですよねこれは。依然としてかれは、夢のなかで巨大な動物たちを目の当たりにしているはずです。

 

 それにしても、現実でごはんをたくさん食べておきながら、飢え死にしそうな夢を見るとは、ニモは現実の食事に満足していないということなんでしょうか。お母さんの料理の腕を疑問視せざるをえない...。

リトル・ニモと腹ぺこ

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 1907年11月17日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 「兵士たちはニモの居場所についてなんの手がかりも発見できずにおります、モルフェウス王」。兵士たちの上官らしき男が王様に報告しています。

 

 王様は「なんだと! もういちど行ってくるのだ、全員に探させるのだぞ。すぐにニモをつれてこないと、おまえたちがひどい思いをすることになるんだからな」と、かれを脅してます。まあ、そばで娘に泣かれてますからね、パパもそりゃ慌てるでしょう。

 

 「わしにはもうできることがないぞ」とドクター・ピル。万策尽きた感があります。右はじでは家来が「軍隊は赤いテープ(=お役所仕事)すぎるんだよなあ」「赤いテープどころか金のレースだよあれは」と軍批判ですね。お役所仕事のことを red tape というんですね、知らなかった。公文書を赤いテープでとじるという慣習に由来するそうです。

 

 さて、行方不明のニモたちは、洞窟内でダイヤモンドの女王に誘われ、クリスタルの間にやってきたのでした。2〜5コマ目、はてしなく奥へとつづく廊下がならんでいて、画面手前で三人が立ち話です。

 

 「もうなにもできねえよ、パンプキンパイが食いてえ」「ぼくも! おなかがすいたなあ」「いまなら犬でもラバでも食えるんじゃねえか」「こんなにおなかがすいたのはじめてだよ」「どうする? ここで飢死にするか、進みつづけるか」「進もうよ、死にたくないよフリップ」「この柱、食えないかな」「もう歩けないよ! へとへとだ」。

 

 5コマ目のニモはほおがこけています。三人のからだもすこしずつ細くなっていますね。からだがこんなに変化するほど歩いていた、ということでしょうか...いや、いま気づいたけど、これ、天井がどんどん高くなっている?

 

 2コマ目と5コマ目を見比べると、柱の高さがあきらかにちがいます。シャンデリアの描かれ方が変化しているのはわかってたけど、柱がのびているのは気づかなかった。空間が縦に引きのばされていて、それで三人の体も細くなったのか。

 

 6コマ目、とたんに場面が変わり、三人は水辺にいます。水の透明感の表現がすばらしいですね。手前にボートが一艘あり、「リトル・ニモをさがしに行っています」というメッセージが添えられています。舟守がいないわけですね、なんせ王様に「全員で探せ」と言われていますので。皮肉なものです。

 

 「はっ、こりゃいいね! もう倒れちまう、スープ一杯でいいんだ」「死んじゃうよ! なにか食べないと!」。はたしてかれらは食べ物にありつけるのでしょうか。とはいえニモは、このあと起きて朝食を食べるのでした。

レアビットとフィル・カイボッシュ

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 1905年12月16日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 のっけから危ないことを言っている男性がいます。「ガスを吸えば現実を忘れられるんだ、ガスのにおいってほんと大好きだよ」。

 

 かれはどこかの部屋にいて、いすがひとつあり、また壁からなにかパイプのようなものが飛び出ています。男性のちょうど頭の位置にあります。

 

 かれはそのパイプに鼻を近づけてます。「ああ、いいにおい! だれだって夢中になっちゃうよこれは。一日じゅう吸ってられるね」、だそうです。こういうのもガス中毒って言うんですかね、ガスの毒で気を失うっていう意味じゃなくて、ガスの常用者という意味で。

 

 「いま行くよ、チャズ、あと一回だけ。ああ、すばらしいい」。うしろにチャズという名の友だちが来てますが、なかなかガスから離れられないようですね。チャズも「なににハマってるのかと思ったら...気をつけないと中毒者になるぞ、フィル」と心配しています。

 

  4コマ目になると、フィルは管を口にくわえています。「ふう、ただいま。楽しかったけど、べつに家にいてもよかったな。大好きなガスがあるからね!」。なるほど、どうやらここは自宅ですね。チャズといっしょに出かけてきて、それはそれで楽しんできたんだけど、帰ってきたらもうガス吸引に夢中です。

 

 次のコマではベッドに寝ながら吸ってますね。女性がひとりやってきて「部屋代は週5ドルなのにガス代が週35ドルですよ、払えるんですか、カイボッシュさん(Mr. Kibosh)」と聞いてます。kibosh とは「たわごと」という意味です。この女性は大家さんでしょう。

 

 フィル・カイボッシュは「大丈夫ですよ、払いますから」と答えてますが、家賃の7倍のガス代を払うというのをいま自分のこととして考えてみましたが、いやいや、無理ですね。あっというまに破産ですよそんなの。

 

 6コマ目、フィルの腹は風船のようにふくらんでいます。「ガスをやめないとな、中毒者になってしまうよ。病院に行こう...うわ! ガスでぱんぱんになってるよ」。さすがに、このままではよくないと思っているようです。

 

 それでフィルは病院に行くんですが、「そりゃあ、先生がやめろと言うんならそうしますが、でもわたしはガスがすごく好きなんですよ...」と、なかなかふんぎりがつかない。先生は「肉体的にも精神的にも危険であるばかりか、近くに火気でもあれば爆発しますぞ」と忠告しています。最後から二番目のコマへのカウントダウンがはじまりました。

 

 禁ガスを言い渡されたフィルは、すっかりやせこけてしまいました。「ガスをやめて一週間だけど、もうおかしくなりそうだ。不安で仕方がないよ、気が狂ってしまう。耐えられるかなあ...」。

 

 耐えられなくなったフィルは、ガスを吸ってしまいます。「やめるよ! やめてるところなんだ、これは気分を落ちつかせるために吸ってるだけなんだ、徐々に減らすんだよ」。完全にヤバいですね。いっしょにいるのはチャズでしょうか、「すっぱりやめなくちゃダメだよ!」と、フィルを心配しています。

 

 ガスでふくらんだフィルは、大家さんから「ガスの請求書がまた来てますよ。51ドル65セントですけど、立て替えておきますか?」と言われ、「払っておいてください! 次の木曜が給料日なので、そのときに返しますから」と返事をします。お金がまわらなくなってきています。破滅へむかって順調につき進んでいますね。

 

 体に悪いとはわかっているけどやめられない...というのは、禁煙したい喫煙者と同じ心境でしょうか。まあ程度が全然ちがいますけど。フィルはまだ「なんとか治りたい」という気持ちがあるようで、また病院にやってきました。

 

 「やあ、先生、また来ましたよ! 前より悪いんですよ、完全にガス漬けになってます。なんとかしてください...」。先生はすでにあきれ果てています。「あんたの近くでだれかマッチに火をつけでもしたら、あんたはやめるでしょうな。まったくね、わたしは、やめなさいとしか言いようがありませんよ」。

 

 医者にあきれられてはかなわないと思ったのか、フィルは再び禁ガスに励みます。しかし禁ガスをはじめるとすぐにやせ細ってしまう。

 

 「ああ、こりゃひどい! 一回でいいから吸わないと死んじまうよ。いやいや! くじけたらダメだ、治ってみせるんだからな。ぼくは意志の強い男だ、ガスをやめてやるとも。でも、一回だけなら大丈夫じゃないかな。一回だけなら。いや! ダメだ、やめてみせるぞ。ああ、あと一回吸えたらなあ。でも吸わないぞ」。

 

 「吸わない vs. 吸いたい」で、心の針が何度も左右に振れている状態です。で、自宅に帰ってきたフィルは、徐々に「吸いたい」のほうに針を寄せていきます。

 

 「あああああ、息ができない! こんな生き方が何になるっていうんだ? 死んだほうがマシだ! いやそうじゃない! ぼくはがんばるぞ、死ぬつもりなんかない! ううう、寒い、寒いよお、もうダメだ、死んでしまおう、そのほうがいい! いやダメだ! 生きてみせるんだ! あああなんてこった」。

 

「もうおしまいだ、がまんできない!」。そういうとフィルは、ついにあきらめて管を口にくわえます。「ああ、おいしい、けどガスが弱いな、もっと強くしないと。レンチもって地下のガスメーターをゆるめて、そこから直接吸うのがいいな」。

 

 細い管ではもうがまんできないフィルは、各部屋にガスを供給する大もとの部屋にいって、太い金属管をめいっぱい口にくわえて吸うことにしました。

 

 「よし、これで外からくる新鮮なガスを吸うことができるぞ。半インチのパイプじゃ弱すぎるからな、こっちのほうがいいよ。けれどぼくはひどい中毒者になってしまったな、まったく...」。もはや治癒は不可能なところまできてしまいました。

 

 するとフィルは、マッチをとりだしました...。「もう医者へはいかない。ぼくはおしまいだ。死のう。マッチに火をつければ、このみじめな自分ともお別れさ」。

 

 というわけでフィルは自ら死を選びました。爆発して自殺する夢って...どんな感じなんでしょうね。フィルは起きたら「ああもう! レアビットなんかなけりゃいいのに!」と大声だしてますが、こんな夢を見た直後は叫ぶ元気なんかない気もしますが。

 

 ときどき思うのですが、「レアビット狂の夢」の登場人物や「リトル・ニモ」のニモなど、最後のコマで夢からさめるひとは、それまでの夢を、読み手とおなじように第三者の視点で見ている(つまり夢で自分自身を見ている)んでしょうか。

 

 それともかれらは、現実世界とおなじように自分の視野で夢を見ていて、その夢が読み手には第三者の視点であらわれるのか。まあ結論は出ませんが、いずれにせよ、自分が爆発して死ぬことを体感したくはないですね。