いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットとペットの犬

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 1905年3月8日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 夫妻が子犬を見つめるコマからスタートです。「なんてかわいいの!」「すばらしいだろ、純血種だよ」と会話しています。

 

 次のコマでは、犬が少し大きくなっています。「この老いぼれはもうダメだな」「毒を飲ませて、みじめさから救ってあげましょう」とか、すごくひどいこと言ってますね。犬が年老いたということは、1コマ目と2コマ目とのあいだにはかなり時間があるんですね。

 

 ところが、3コマ目の場面は、「こいつ、毒を全部食ったぞ」という台詞があるので、2コマ目の直後なのにもかかわらず、犬がだいぶ巨大化しています。撃ち殺そうとする4コマ目ではさらに大きくなり、角がはえて、どんどん怪物化していきます。

 

 人や動物が巨大化するというテーマは、「レアビット狂の夢」にせよ「眠りの国のリトル・ニモ」にせよ、あるいはそれ以外のマンガにせよ、マッケイの定番です。好きなんですかねきっと。後のアニメーション制作を思い起こさせます。

 

 ただ、巨大化そのものだけだと物語としては単調になりますよね。マンガの面白さはむしろ、巨大化するものに対する周囲の反応にあるんじゃないかと。上のマンガでいえば、次々と殺しの手段をもってくる夫のテンポのよさや、「苦しまずに死なせてあげられたら、かわいそうに」といった妻の偽善の言葉、それに、哀愁を伴う怪物の表情に、想像力をかき立てられます。