いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

イエロー・キッドと李鴻章

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 1896年9月6日『ニューヨーク・ワールド』の「イエロー・キッド」です。

 

 李鴻章。まさかの登場ですね。李鴻章は、日清戦争講和条約下関条約・1895年)で大使として調印に臨んだ人です。1896年、ロシアのニコライ2世戴冠式というイベントがあったのですが、李はそれに出席したついでに諸国をまわり、ニューヨークにも立ち寄りました。もちろん手厚く迎えられ、友人だったユリシーズ・グラント大統領の墓参りなどをしたようです。

 

 当時の新聞は、国賓李鴻章のニュースを毎日のように報じていました。だから新聞マンガのホーガン横丁にも来たのですね。わたしたち現代の読者からすると、中国の要人がとつぜん出現してぎょっとしますが、1896年の読者にとっては「あ、ネタになってる」と、取り立てて驚くほどのことでもなかったでしょう。

 

 アウトコールトが書いた「李鴻章」の漢字、上手な字ですね(ただ「李」の右下のしみが気になりますけれど)。それと李鴻章の顔が妙にリアルです。李を報じるいくつもの新聞記事のなかには、写実的に描かれた李の姿があったはずですが、それがそのままホーガン横丁に来たようです。

 

 李鴻章が丁重にもてなされる一方で、19世紀末アメリカでは中国人を排斥する法律が成立していました。アメリカといえば自由の国・移民の国というイメージですが、中国人に関してはそうでもなかったんですね。また、もう少しあとにはアジア人移民(もちろん日本人含む)を厳しく制限する法律も可決されます。

 

 当時アメリカ人の多くは「アジアからの移民がどんどん押し寄せてわたしたち白人の暮らしがめちゃくちゃになってしまう」と考えていて、黄色人種を危険視する「黄禍論(Yellow Peril)」が渦巻いていました。もちろん現在はこうしたアジア人排斥の法律はありませんが、移民・難民を排斥する感情は今もなお世界各地で見られます。解決が難しい問題です。

 

 イエロー・キッドの寝巻きには「李はボクのこと中国人だと思ってるんだ(He tinks I'm a Chinaman)」と書かれています。どっちも頭ツルツルだからかな。あるいは服装が似ているからでしょうか。イエロー・キッドは、設定としてはアイルランド系ですが、見た目はたしかにアジア系と言えなくもない。

 

 『ニューヨーク・ワールド』紙は、犯罪記事やゴシップなどを比較的多く掲載していて、他紙から侮蔑の意味を込めて「イエロー・ジャーナリズム」と呼ばれていました。イエロー・キッドは『ワールド』の目玉でしたので、イエロー・ジャーナリズムが嫌いな人はイエロー・キッドも嫌いだったでしょう。

 

 そんなイエロー・キッドは、今回のマンガで読者に黄禍論のことを連想させたのではないか。「イエロー・キッドは俗悪な新聞に載ってるしアジア人みたいだしで、もうとにかく最悪だ!」と思う読者がいてもおかしくないなと思います。

 

 寝巻きにはさきほどの言葉に続いて「...だまっててよ、いまから黄茶をあげるんだから。ボクは自分のことはよく知ってるさ(- don't say a woid. I'm goin ter give a yellow tea fer him - I know my Q)」と書いてあります。李鴻章に嘘をついているわけですが、これは善意からなのか悪意からなのか、どっちでしょうね。

 

 黄茶というのは高級なお茶だそうで、ホーガン横丁のような場所で手に入れられるとは思えません。でも中国人なら持っている可能性はあると李鴻章は思うかもしれない。イエロー・キッドがもしそう考えて自らを中国人としておきたいのなら、これはイエロー・キッドに客をもてなすやさしい気持ちがあることになるのか、それとも、黄茶とだまして李にふるまうことが、李を(中国人を)馬鹿にする態度の表明なのか。

 

 最後の I know my Q の意味もよくわからない。Qって何? とりあえず「quality:性質、特徴」だとして訳してみましたけれど、じゃあイエロー・キッドってどんなやつなの? と聞かれると、うーん、やっぱりどっちかといえば悪ガキかなあ。となると、李鴻章に嘘をついているのは悪意から、ということになるでしょうか。でも中国の要人に悪意を持って接するキャラクターを、新聞に載せるだろうかという疑問もある。

 

 今回のマンガはまだまだ気になる部分があるのですが、すでに長文になりすぎたので、とりあえずこのへんで終わります。