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いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビット8号と『スミソニアン新聞マンガ集』について

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 日曜に食べたレアビットです。おいしかったです。

 

 すでにスライスされた、袋入りのバゲットがスーパーで安く売ってたので、それを使いました。上に乗せてるのは、

・チェダーチーズ

ウスターソース(リー・ペリン)

・マスタード

・エールビール

・バター

という、いつものやつですね。

 

 今回の8号は、材料に使ってるものそれぞれの味のバランスがこれまででいちばんよかったです。いまのところ、ベスト・レアビットと言えるでしょう。しかし作ったのはわたしではなく妻で、また妻もどれを何グラムとかまったく記すことなく、ただおのれの舌のみで見出した黄金バランスなので、同じレアビットを再現することはかないません。ははは。

 

 さて今日は、アメリカのマンガ史を学ぶための必読書である、この書物についての文章を書きたいと思います。

 

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 ビル・ブラックビアード、マーティン・ウィリアムズ編『スミソニアン新聞マンガ集』(The Smithsonian Collection of Newspaper Comics, eds. by Bill Blackbeard and Martin Williams)です。

 

 1977年刊行のこのマンガ集は、19世紀末以降のアメリカ新聞マンガをかなり網羅的に収録したもので、ぱらぱらとページをめくっていくだけでアメリカの新聞マンガの歴史がわかった気になれる(笑)たいへんありがたい本です。

 

 目次はだいたい以下の通り。

・序(マンガ史の概略、マンガの定義など)

・1 初期日曜マンガの伝説的な人物たち(1896-1916)

・2 初期平日マンガの人気作(1907-1927)

・3 マンガの長寿スターたち(1916-1936)

・4 平日マンガのなかの物語(1917-1933)

・5 日曜マンガのなかの物語(1930-1941)

・6 ストーリーマンガ大人気(1928-1943)

・7 その他の新聞マンガ(1928-1950)

・8 ファニーズへの回帰

 

 最後の「ファニーズ(funnies)」というのは、可笑しい話、滑稽な話が描かれているマンガという意味です。1920年代頃から第二次大戦直後あたりまでシリアスな冒険物語が全盛だったけれど、1950年頃から再び笑い話が新聞にたくさん掲載されるようになっていった、ということですね。スヌーピーで有名な「ピーナッツ」が1950年開始です。

 

 平日掲載か日曜掲載かで章が異なっていて、それだけで「あ、日曜はなんか別なんだ」と伝わります。日曜マンガが平日版より先に誕生したということもわかりますね。実際わたしはこの目次を見てはじめてそれを知ったような気がする(それか小野耕世さんの本かもしれませんが)。

 

 編者のひとりビル・ブラックビアードは、1968年に San Francisco Academy of Comic Art という施設をつくって、新聞マンガの収集と保存を行います。新聞ならば図書館などが保存してくれそうな気もしますが、実際には、図書館は新聞のマイクロフィルムをつくったあと、もとの新聞を捨ててしまっていました。スペースに限りがあるので仕方がないわけですが、幼い頃から新聞マンガに親しんできたブラックビアードは、新聞マンガが次々と捨てられていくのを目の当たりにして、なにか大切な文化が失われていくと感じたのでしょう。そこでカリフォルニアやその他の図書館に「捨てるならちょうだい」と、新聞マンガの切り抜きとかを集め始めたというわけです。

 

 そうして彼の新聞マンガ・コレクションは、250万点という膨大な規模になります。そのなかから生まれたのが『スミソニアン新聞マンガ集』です。心して見なければ...という気になりますね。でもいろいろなマンガが載っているので、そのうち楽しくなってくるわけですが。

 

 いまでこそ、大学でマンガを教える講義があったり、マンガの学術論文が定期的に発表されたり、マンガのミュージアムができたりしていますが、1960年代・70年代にはマンガがアカデミックな研究の対象となることはありませんでした。ただブラックビアードのような、マンガに対して知的好奇心をもつ人々は当然ながらいて、大学や図書館とは別の場所で、マンガは収集保存されたり批評されたりしました。いまのマンガ研究はそうした人たちの知的営為を足場として発展してきたのであり、このことは強く心に留めておくべきことです。

 

 ところで、アメリカには「グラフィック・ノベル」とよばれる文芸的なジャンルのマンガがあり、近年とても注目を集めているのですが、その代表格にクリス・ウェアの「ジミー・コリガン」という、父と子を主題とした哀愁ただようマンガがあります(邦訳されていますのでよろしければぜひご一読を)。じつは、このマンガが生まれる大きなきっかけとなったのが『スミソニアン新聞マンガ集』です。

 

 ウェアは1980年代、マンガ史を学ぶときに『スミソニアン新聞マンガ集』を手にとり、そこでフランク・キングの「ガソリン・アレイ」という、父子の日常を描いたマンガに出会うのですね。「ガソリン・アレイ」のほのぼの感・ゆっくり感、それに父と子の物語というテーマは、「ジミー・コリガン」に通じるところがかなりあります。ウェアは「ガソリン・アレイ」が大好きになって、のちにこのマンガの復刻版をデザインしたりもしています。

 

(詳しくは以下の文献を。すごくアツい論考です。Jeet Heer, "Inventing Cartooning Ancestors: Ware and the Comics Canon," The Comics of Chris Ware: Drawing Is a Way of Thinking, eds. by David M. Ball and Martha B. Kuhlman, Jackson: University Press of Mississippi, 2010.)

 

 かつてのマンガが現在のマンガ家に着想を与え、現在のマンガ家がかつてのマンガとのつながりをつくりだし、かつてのマンガが新鮮に読まれるという、幸せなケースが生まれています。『スミソニアン新聞マンガ集』がなければ「ジミー・コリガン」もなかったのかもしれない...と考えると、ブラックビアードの貢献の大きさは計り知れないものがあります。