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いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

イエロー・キッドとアイススケート

イエロー・キッド

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 1896年12月6日『ニューヨーク・ジャーナル』の「イエロー・キッド」です。

 

 同日の新聞日曜付録の表紙では、イエロー・キッドは女の子とそり遊びをしていましたが(イエロー・キッドとそり遊び - いたずらフィガロ)、今度はアイススケートです。腕を組みながら巧みにすべってます。

 

 寝巻きの言葉はちょっと曖昧で、訳に確信が持てませんが、だいたい「ここの氷はそんなに広くないけど、ボクはひとりでスイスイすべれるよ。ひとりでいる人はいないね、だって、それぞれ額縁に入るような絵がたくさんあるもの」と書いてあるのだと思います。

 

 実際、ここには人がたくさんいてスケートするには少し狭いですが、イエロー・キッドは見事な足さばきで「Dead Easy(簡単すぎ)」と氷面を削っています。それと、イエロー・キッドは、自分や他の人たちが絵だということを自覚しているんですね。

 

 それでは絵のひとつひとつを見ていきましょう。前景ではスケートを、後景ではそりを楽しんでいるこどもたちが多いです。キャプションは「スケートとトボガンをしにきたマクファデン通りの人々」です。トボガンとは先端が曲がったそりのことで、カナダやアメリカの先住民族が使っていました。

 

 スケートを楽しむ人々の多くは、スケートがあまり上手ではないようです。画面左下を見ると、積み重なって倒れているこどもたちがいて、イエロー・キッドをはさんで反対側にはこどもが(テレンス・マクスワットかな)しりもちをついています。「すわるのは好きだけど、家で椅子にすわりたいよ」と言っています。すぐ隣ではオウムが「みんなスケートをはいてるけどおれはちがう」と、スケートの刃がついてない靴をはいてますね。飛べよ。

 

 イエロー・キッドのやや後ろでは、おじさんとおばさんが転ぶまいと抱き合っています。ここからはじまるロマンスもあるでしょう。「黄昏流星群」的な。サルがいい働きをしてますね。

 

 もっと若いこどもたちは、転んでしまったリッカドンナ・シスターズを見て大興奮です。いつも大きな帽子をかぶっているキティ・デュガンの、その帽子のすぐ近くで、少年ふたりが「うひょー!」という顔です。角度的に、リッカドンナ・シスターズのおしりが見えてるんでしょう。画面の右のほうにも彼女たちの姿を見て興奮する少年がいます。「ショッキング、というかストッキング」と言ってますね。

 

 さらに奥のほうには建物が見えます。左側の建物には「デンプシーの酒場」とあって、つづけて「スケート靴あります、刃も研ぎます」と書いてます。すぐ近くの「危険」の立て札のところでたき火をしてる連中はなんなんでしょうね。

 

 右側の建物はテントのようです。看板には「飛び降り癖のある人は、氷が厚い向こうの方でやること。そこは飛び降りても氷がすり減らないし、また他の人が入ってこない場所です」とあります。そういえばマクファデン通りには、いつもアパートの上のほうから落下してる少年がいました。「冬になったら落ちるのやめよう」って言ってましたが(イエロー・キッドとホースショー - いたずらフィガロ)、本当にやめたんだろうか。道路に飛び降りるよりは雪山でやったほうが安全かなと思うんですが。

 

 雪が積もる斜面では、そりを楽しむこどもたちのほかに、パレードをするこどもたちや、動物に襲われているこどもたちなどがいます。テントの旗の向こう側に、「なあジム、ここの空気は新鮮(fresh)だなあ」「おまえはしょっぱい(salt)空気ばかり吸ってるからな」と話をしてる人たちがいます。fresh はもともと「塩分のない」という意味ですので、その対比ですね。

 

 日本語の「しょっぱい」は「けちな・不愉快な・情けない」などのネガティヴな意味を持ちますが、英語の salt はそこまで悪い意味はないのかな。「辛辣な」という意味はあるらしいですが。それとももしかして salt air って潮風のことなのだろうか。ニューヨークにも塩害はありますよねたぶん。

 

 しかしまあ、毎度思いますが、よくこれだけの数のこどもたちを描きますよね。ちゃんとひとりひとりちがっています。手塚治虫のモブシーン好きとおなじで、アウトコールトもいろんな人をごちゃごちゃっと描くのが楽しかったんでしょうか。