いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

イエロー・キッドと蓄音機時計

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 1897年2月14日『ニューヨーク・ジャーナル』の「イエロー・キッド」です。

 

 「イエロー・キッドの新しい蓄音機時計」と題されたコミック・ストリップです。蓄音機は以前にも出てきていて(イエロー・キッドのはじめてのコミック・ストリップ - いたずらフィガロ)、そのときは、蓄音機が音を出してるのかと思いきやじつはオウムだったというオチでしたが、今回はどうでしょう。

 

 イエロー・キッドは動物たちと部屋のなかにいて、手に時計を持っています。「見てよ、新しい目覚まし時計でーす。これで寝坊しなくてすむね」と寝巻きには書かれています。オウムは「そんなちんけなもの信用ならねえな、怪しいもんだぜ」と、やけに毒づいていますが。

 

 イエロー・キッドの部屋は意外ときちんとしてますね。ドレッサーもある。壁にはガールフレンドのリズの絵がかけられています。イエロー・キッドは毎日リズのことを思いながら、身だしなみに気をつかっているんでしょう。

 

 2コマ目、イエロー・キッドは「これはドレッサーの上に置いておこう。目覚ましが鳴るといいね」といって、時計をセッティングしています。それで3コマ目でもう寝てしまっています。イエロー・キッドの寝顔はじめて見た。髪が乱れる心配もないのにナイトキャップしてますね。そしてようやく、寝巻きが本来の持ち場につきました。ほかの動物たちもおとなしく寝ていますが、オウムだけは「あんなものが部屋にあったんじゃおちおち寝れねえよ」とひとりごとです。

 

 時計は期待通り、4コマ目で音を鳴らします。激しく振動している様子で、時計のまわりにたくさんの線が描かれ、そのあいだに小さく Ling とか Ting とかの擬音語が書かれています。いまだったらオノマトペの文字を大きく描いて大きな音を示すところですが、当時はまだそういう表現じゃないのかな。

 

 イエロー・キッドや動物たちは飛び起き、ベッドは傾き、オウムは「助けて!」と声をあげ、リズもたまらずのけぞっています。絵のなかの、動くはずのないものが動き出すというネタは、初期アニメーション映画を思い起こさせます(「魔法の絵」The enchanted drawing - YouTube とか「愉快な百面相」Humorous Phases of Funny Faces - YouTube とか、あとはもちろん、マッケイが友人たちに「絵のなかの人物を動かしてみせるさ」と言って制作した「リトル・ニモ」のアニメーションとか)。

 

 そして5コマ目、ついに時計は「起きろ」と声を出します。あ、この文字はさっきの擬音語に比べて大きく書かれていますね。文字の大小による音の大小の表現は、あるにはあったけれども、いまのマンガよりはずっと抑制されていた、ということか。オウムは「人殺しだ! 火事だ! おまわりさん!」とわめきちらし、リズは絵のなかで卒倒しているのか、こちら側には足の裏しか見せていません。

 

 イエロー・キッドたちは結局、この時計を質屋に持っていきます。6コマ目の左上に「ソロモン・アイザックスタインバーグ/認可質屋」とあり、いかにもユダヤ系の名前の質屋ですね。対してアイルランド系のイエロー・キッドは「いい時計でしょ、これを手放すなんて考えたくもないよ、けどどうしてもお金が必要なんだ」と言って、ソロモンをだまそうとしてますね。オウムも「こいつで25セント頼むよ、ソロモン」と言ってます。ソロモンはこの蓄音機時計を見抜けるでしょうか。イエロー・キッドが持ってきてる時点で、ソロモンはかなり怪しんでいるとは思います。