いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットと死ねない男

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 1905年7月8日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 2・3・3・3・2というコマのならび方で、真ん中の3・3・3のあたりで、男が拳銃自殺しようとしてるみたいです。ところどころ、硝煙があがってます。なぜ男は自殺しようとしているのか。

 

 はじめのコマで、女性が机に突っ伏しています。泣いているのでしょう。そばに立つ男は、「ああ、妻をひっぱたいてしまった、かっとなってしまったよ。申し訳ない、たたくつもりはなかったのに」と言っています。なるほど、夫が妻に暴力をふるってしまい、夫が後悔している場面ですね。

 

 2コマ目、夫は「もう生きてたってしょうがない、死のう。銃はどこだ」と言って、タンスのひきだしを開けています。まさかそこまで思いつめていたとは、妻をたたいたことがよっぽどショックだったんでしょう。

 

 ひとつ下の段では、まず遺書を書いています。「妻へ...今日、君にむかって卑怯なふるまいをしてしまった以上、わたしはもはや生きている価値がない。わたしを地中深くに葬ってほしい」などと言いながら、それとおなじことを紙にも書いています。机には銃も置いてあります。そのあと、「わたしのしたことはけっして償えるものではない」と銃を見つめ、「さらば!」と銃を放ちます。

 

 ところが、この男は死ぬことができません。6コマ目、男の頭頂部が大きくえぐれているのですが、出血さえしておらず、意識もしっかりしています。男は「もう一発撃ったほうがいいな、まだ生きてる」と言って、次のコマで「今度こそ、左のこめかみに」とつぶやきながらふたたび銃を放ちます。しかし、今度は左のこめかみから右上がりに頭が削れはしたものの、やはり死ねません。

 

 男も不思議に思っています。「これはおかしいぞ、ちゃんと生きてるじゃないか。死のうと思ってるのに」。そこで今度は「よし、左耳のうしろをやるぞ」と、頭のてっぺんを撃っても死なないなら次は後頭部だというわけで、9コマ目で一発撃ちます。しかしまたしてもダメです。

 

 「わたしはよっぽど丈夫なからだなんだな、それかこの銃の出来が悪いか」。最初の一発がまちがいなく致命傷だったとは思いますが、男の頭はまるで粘土細工のようにかたちが変わるだけで、血や肉が飛び散ったりはせず、死ぬこともありません。それでも男はめげず、11コマ目、「3・3・3」の最後のコマで、男は削れた頭に銃を垂直に立てて一発放ちます。

 

 いちばん下の段で、男はついに頭部のほとんどを欠落させています。残っているのは顔面だけで、顔の裏側の黒い断面が恐ろしいですね。しかし男は生きています。

 

 さっきまで泣いていた奥さんが、怒りの表情で夫にこう言っています。「さっきからなにを何発もやってるのよ? あんたのちっぽけな脳みそをきれいなカーペットにまき散らさないでくれる? 出ていきなさいよ!」。すごい剣幕です。夫はいよいよ死にたいでしょうね。奥さんに「そんなこと言わないでくれよお」と泣き言です。

 

 夢オチのコマでも、妻は夫をにらみつけています。「あんたね、そのすすり泣きやめないんなら、その首をへし折ってやるから。それでもレアビット食うの?」...こ、こわい。現実の妻のほうがこわかった。夫は「はい! うるさくしてごめんなさい、ひどい夢を見たもので、すみません」と、完全に奥さんの下僕ですね。いやー、もう、男の幸せを願うばかりです。どうか死なないでほしい。