いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットと(わきぜりふ)

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 1905年7月15日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 前回にひきつづき今回も「小さな男と大きな女」の主題ですが、今回はけっこう体格差がありますね。コマを追うにつれて、女性のからだの大きさが徐々に明らかになっていきます。

 

 登場人物たちは海のようなところで泳いでいます。最初、頭だけが水面から出ていて、男がまず声をかけています。「失礼、お嬢さん、お聞きしたいのですが、あなたのような魅力的な女性がお友だちにおりませんか? もしそのお友だちが生涯の恋人をお探しでしたら、わたしは挨拶状を送りたいのですが」。

 

 ちょっとわかりにくいんですが、この男の目的は目の前の女性で、「あなたは魅力的だ」とそれとなく伝えているわけですね。これに対して女性は「あら、そのようなお世辞は聞き飽きましたわ。もっと中身のある話を聞いてみたいですけれど」と、もっとぐいぐい来いよという意味の言葉を返しています。

 

 男は「中身のある話ですって? では、わたしでよかったら、明日にでも結婚しましょう。ひと目であなたを好きになってしまったんです」と、いくらなんでもそれは早すぎるだろうというセリフを投げかけます。すると女性は「本気なのでしたら、わたしはよろこんで。わたしもあなたのことを好きになれると思いますわ、あなたは誠実だし、すてきな言葉をかけてくれますから」と、これまた早すぎる返答をします。やっぱり、10コマくらいで悪夢にもっていかなければならないから、1コマ目で出会って2コマ目でプロポーズくらいがちょうどいいのかな。

 

 男性は「わたしは幸せ者だ、すぐに式を挙げよう。巨万の富にも値するぞ」と喜びます。女性は「巨万の富ですって? うれしいわ、あなたの本来の姿がどうなのかはわかりませんが、じゃあ、いっしょに行きましょう」と言ってます。まだ信頼しきっている感じではありませんが、とりあえず結婚の話がさらに進みそうです。この3コマ目では、女性のたくましい肩が見えてきました。

 

 4コマ目、男は目の前の光景にぎょっとしています。「(わきぜりふ)マジかよなんてこった! なんてことをしてしまったんだ」と、少しずつあらわになる女性の体つきを見ながら、さっきのプロポーズを後悔しているようです。女性の顔はたしかに美人の記号と言え、そこで決断してしまったのが早計でした。男を信頼しきれない女性の予感は的中してしまったわけですが、女性は「いままで何不自由なく暮らしてこれたわ」と語っているので、結婚生活にむけての自信はありそうです。

 

 注目したいのは「(わきぜりふ)」ですね。ふきだしのなかに (aside) と書いてあります。傍白、つまり、観客には聞こえているけれど相手役には聞こえていないという想定のセリフ、という意味です。

 

 いまのマンガだったら、泡のふきだしを使うとか、あるいはふきだしを使わず文字だけ書くとか、あるいはひとりごとをつぶやく人だけをコマのなかに描くとかの工夫をするところでしょうけれど、この時代のマンガはまだ、人物の内面の言葉に関する非言語的な表現をあまり開拓していない感じがします。上のマンガのように手早く「(わきぜりふ)」と書いてしまって、「このセリフは内面の言葉なので、そのつもりで読んでください」と言葉で指示してしまう。それと、わきぜりふという注意書きからは、マンガのなかの会話が演劇、舞台をモデルとしていることを強くうかがわせます。

 

 5コマ目、男は「あなたはとても健康そうですが、あー、その、ショービジネスの方なのですか?」と、なんとか失礼のないようにと言葉を選んでいます。女性は「ええ、昨シーズンはバーナムのショーで旅をしてました」と返しています。バーナムのところで働いていたとは、なかなかすごい人です。

 

 マッケイは、サーカスで見世物になる人に対してどう考えていたんでしょうね。上のマンガからは、当時の見世物に対する差別意識というか、「見世物に人権などない」といった考えが透けて見えるような感じがしますが、一方でマッケイ自身も、フリークスではないにせよ芸人として見世物になっていたわけですので、一般の観客にくらべれば、マッケイはすこしは芸人仲間に同情する気持ちがあったかなと思いますが...はたして。

 

 6コマ目も(わきぜりふ)です。「さっきのプロポーズについて言葉を濁さなくては」と、早くもプロポーズ撤回を視野に入れてますね。女性はにこやかに「みんな、わたしがいちばんのアトラクションって言ってくれてるわ」と、芸人としての自負を感じさせます。

 

 女性は7コマ目で「ここにすわって、わたしたちの今後について話し合いましょう」と言って、浜辺にすわるよう男を招いています。男は、ここですわったらおしまいだと思ったのか、言葉を濁すどころか「いや、やっぱりさっきの約束は取り消したいと思うんだ、結婚は無しで」と、はっきり伝えます。

 

 すると女性は次のコマで「なんですって? 結婚は無し? ダメよ、力づくでも...」と言いながら、左手で男の水着をつかみます。男のほうはもう逃げ出したく思っていて、「いや! 無理! 無理だ! ぜったいダメだ! 結婚なんて考えられるはずがない」と、相手への礼儀とかもうどうでもいいようですね。

 

 わたしとしてはこの女性がかわいそうに思ってしまうのですが、この女性が最後に「考えられるはずがないですって? あなたね、わたしみたいな若い女性をもてあそんだらどうなるか、わからせてやるわよ」と精神的なタフネスを示してくれているのは、ほっとします。

 

 男は「冗談だったんだ! そんなつもりじゃなかったんです! 放してください! うわあ」とわめきちらし、気づけば夢から覚めていました。「レアビット・パーティーとかもうこりごりだ...ひどい夢だった、明日サイラスに送りつけてやろう」とつぶやいています。読者投稿の募集は依然としてつづいていたようですね。