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いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

リトル・ニモと1907年へ

眠りの国のリトル・ニモ

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 1906年12月30日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 前回はクリスマスの話でしたが、今回は年の瀬の話です。ニモとお姫さまは、とつぜん殺風景なところにやってきています。ニモが「ここはすごく寂しいところだね」と言うのに対し、お姫さまは「ここは世界の果てなのよ」と答えています。世界の果ては眠りの国のなかにあったのですね。

 

 2コマ目、ニモとお姫さまの前に、ほおづえをつく老人があらわれました。白い布をまとっていて、足のあたりに「1906」と書かれています。「あの人はだれ?」とニモがたずねると、お姫さまが「あれは年老いた1906年よ。いま去っていくところね、ここにはもう戻ってこれないわ」と、にこやかに答えます。お姫さまは、ときどき超然としてるっていうか、相手の喜怒哀楽に同情することがあまりないのかな...。

 

 お姫さまはいちおう、3コマ目で老人1906年に「悲しまないで、1906年さん、あなたはがんばったわ」と労をねぎらってはいるのですが、(ちょっと先取りすると)5コマ目で赤ちゃんを受けとるときにはもう「まあ! ちっちゃくてかわいらしいわ! 見てよニモ、新年の子よ」と目の前の赤ちゃんに夢中で、それ以降、立ち去る老人を気にかける様子はこれっぽっちもありません。ドライですね。

 

 3コマ目に戻りましょう。地平線から太陽がどんどんのぼってきていますが、これで眠りの国が消えてしまうことはないようです。太陽のうえには馬車が見え、馬車は太陽を追い越すようにして、4コマ目、ニモたちのところにやってきました。そこではちょうど1906年へのお別れ中で、ニモは「残ってられないの? 残念だなあ」と、お姫さまは「かわいそうだけど、さようなら、1906年さん、そんなに泣かないで」と声をかけ、老人は「さらばじゃ! わしは行くよ」と、大粒の涙をこぼしながら腰を上げています。

 

 馬車は止まることなく、そのままフレームアウトしそうな勢いですが、御者の白ひげ老人は、赤ちゃんをタイミングよくお姫さまに手渡しています。お姫さまもニモも、かわいい1907年のほうに視線を向けていて、画面右側でフレームアウトしそうな老人1906年には目もくれません。

 

 6コマ目、お姫さまは赤ちゃんを抱えて、ニモといっしょにその場を立ち去ります。馬車もすでにいません。ニモは「赤ちゃんをつれてどこへ行くの? この男の子かわいいね」と、お姫さまに行き先を聞きつつ、すでに首がすわっている1907年くんをめでつつ、というところです。1906年にせよ07年にせよ、時間は擬人化すると男性になるんですね。

 

 お姫さまは「宮殿につれていって、パパに見せるのよ」と答えています。見せたあと、この赤ちゃんはどうなるんでしょう、気になる。1906年も、この一年どこでなにをしていたのか。老人1906年にはもっといろいろ聞きたいですが、ニモたちはもう老人に興味がないようです。老人はむこうで、こちらをじっと見つめていますね。からだの色が地面や岩とおなじになっていて、このまま無機質化するのだろうか。さらばじゃ!

 

 宮殿に戻ると、さっそくフリップが出迎えてくれました。「やあ! 赤ちゃん! みなに幸あれ! 1907年だ!」と元気がいいですね。ニモもお姫さまも「おどかすなよ!」「赤ちゃんが怖がるじゃないの!」と困るほどです。

 

 背景に立つ眠りの国の住人たちも、みな赤ちゃんを出迎える手はずが整っていたようですが、手にもっている「新年おめでとう、今後ともよろしく Best Wishes」と書かれた大きなボウルは、なんなんでしょうね。ごちそうでも入ってるんでしょうか。