いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットと北極ホテル

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 1905年7月22日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 寒そうな場所ですね。ふたりの男が話をしています。「なにか反対意見がおありですか、ピアリーさん、わたしはひとりで北極に向かいますが。あなたや探検隊のみなさんには同行していただかずとも大丈夫ですよ」「反対意見などありませんよ、わたしたちより先に北極に杭を打ちたいのならどうぞ。わたしを援助するおつもりはないのでしょう」。なんか、けんか別れっぽい雰囲気ですね。

 

 以前にもこのブログで言及したような気がしますが、20世紀初頭、ロバート・ピアリーという探検家が北極到達を目指していました(Robert Peary - Wikipedia, the free encyclopedia)。結局、ピアリーは1909年に北極に到達したとされている(確証はない)のですが、上のマンガの掲載時にはまだ、たとえば探検家フレデリック・クック(Frederick Cook - Wikipedia, the free encyclopedia)などと北極到達の競争中だったわけです。クックは、もとはピアリーと行動をともにしていて、その後けんか別れしたようですので、今回のマンガの主人公は案外、クックがモデルになっているのかもしれません。

 

 主人公の男は「ピアリーさんより先に行って、ひとりで北極を見つけてやるぞ」と意気込んでいます。北極のような過酷な環境にひとりで立ち向かうとはなかなか無謀ですが、そうまでして「北極到達第一号」の名声を勝ち得たいのでしょう。

 

 途中、男はすれ違ったひとに声をかけます。「北極までどれくらいあるかな? 遠いの?」だそうです。相手は「1マイルか、1マイル半か、いや、2マイルかな、たぶんそのくらいだね」と、明確ではないものの、北極の場所を知っているふうな答えです。現地のエスキモーでしょうね。男は「北極到達第一号(エスキモーは除く)」を目指しているのかな。

 

 男はまもなく北極を見つけます。「ついに北極を発見したぞ! やったー!」と叫ぶその先には(4コマ目)、「北極ホテル」「カフェ」と書かれた看板のある、わりとシンプルな構造の建物が見えます。なかにはひとがいるようですね。

 

 男は北極ホテルに入り、なかにいるひとたちと挨拶をします。「アメリカのピアリー隊の者です」「やあ、あなたのことは聞いています。どうぞすわってください、わたしたちといっしょに油をちょっとやりませんか」。

 

 このひとたちは何者なのかとか、ホテルってどういうことなのとか、疑問点はあるのですが、男はそういう疑問はまったく感じておらず、6コマ目でもうみんなと打ち解けています。画面のいちばん左のひとが「ウェイター! 車軸グリース(axle grease)ひとつと、スネークオイル(snake oil)を三つもってきてくれ」と油を注文し、主人公の男は「アメリカ国民の健康と北極発見成功のために飲みましょう」と油を心待ちにしています。いちばん右にすわるひとは「スタンダードオイル四つだ、おれたちゃアメリカ人、アメリカ大好きさ〜」と、石油王ロックフェラーの会社名をもちだして盛り上がってます。

 

 あとはどんどん宴会が進んでいきます。「みんなスタンダードオイルだ、アメリカの飲み物だね」「さあ飲みましょう」「ではいま一度、アンクル・サムと白頭鷲のために乾杯しましょう」という具合に、みなさん酒でなく油をあおっています。アザラシの脂肪ならわかりますが、石油はヤバいですね。

 

 9コマ目、主人公の男はかなり酔っぱらっていて、「いや〜、人生最高の瞬間ら〜、アメリカ国民れよかった〜、しやわせ〜」と、ろれつが回ってないです。顔の表情ももう見てられないというか。アメリカ人読者はこのマンガを見てどう思ったでしょうね。単に「主人公はバカな男だ」と思っただけか、あるいは、北極探検や石油市場で存在感を発揮するアメリカを誇らしく思う自分たちが戯画化されている、と思うこともあったかな。