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いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットと静けさを求めて

レアビット狂の夢

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 1905年8月5日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 1コマ目から穏やかじゃないです。「あなた、今夜も昨日みたいに夜遅く帰ってくるのかしら、わたしの暮らしはみじめなものね、あなたは気にしてないんでしょうけど」「おいおい、今朝はそればっかり言ってるじゃないか、頼むからその話はやめてくれないか、疲れるよまったく」。夫婦喧嘩ですね。マッケイは、うまくいっていない夫婦生活を描くのが好きですねー。

 

 1コマ目の妻は、食事中の夫にお茶をいれようとしつつ、表情はさみしさで沈んでいて、グチっぽくなり、それに対し夫がすこしキツくあたるという、どちらかといえば「沈鬱」という雰囲気です。が、次の2コマ目では様子がちがってきます。

 

 「夜中の3時半に帰ってくるんじゃあ、そりゃへとへとに疲れているでしょうよ」と、妻は夫を指さして怒っています。こわい顔ですね。夫も「たのむから、すこしひとりにさせてくれないか、静かにできないのか? ちょっと休ませてよ」と返すのですが、1コマ目にくらべて眉の傾きがなくなり、困り顔です。雰囲気は「沈鬱」というより「険悪」という感じでしょうか。

 

 「休ませてですって? そんなわけにはいかないわよ、あなたがわたしの言うことを聞くまで、わたしはしゃべりつづけますからね」と、妻はガミガミと怒鳴っています。夫はたまらず「そうかい、わたしは出かけてくるよ」と逃亡。しかし「どこか静かなところへ行ってくるよ、大声のおしゃべりを聞かなくてもすむ場所にね、いってきます」と減らず口をたたいたものだから、奥さんはついに沸点に達しました。

 

 「いってきますぅ? どこへでもいきなさいよ、あんたがいなくなってせいせいするわ、出ていけバカ!」と叫ぶ奥さんは、すでに投擲のモーションに入っています。麺棒ですかね、右手に持ってます。

 

 5コマ目、麺棒は見事に、外出する夫の後頭部に命中しました。夫は「あの女、もう限界だ、最悪だ。まったくスターだよ...わっ! ひどくないかこれ?」と言ってます。スターっていうのは、自分を中心に世界が回っていると思っている、といった意味合いでしょうか。妻は「出てけ出てけ! あんたとはもうさよならよ! あたしに減らず口をたたくのもおしまいね!」と、戸口でわめきちらしています。

 

 夫は、本気で静かなところを求めて外出したようで、6コマ目でひとり森のなかにいます。「森のなかはなんて静かでいいところなんだ、妻の小言にはだれもかなわないよ、まったく大したヤツだよ! ここの静けさはすばらしいな、ちょっと一眠りしよう」。で、彼は次のコマで横たわり、「ああ、これはいい。ほんとうに静かだ、聞こえるのは鳥たちのさえずりくらいだよ。ちょっと眠ろう、だれにもじゃまされない、心地よい眠りだ...」と言いながら寝てしまいます。

 

 「レアビット狂の夢」は、というかだいたいのマンガはそうだと思いますが、コマとコマのあいだに流れる時間が一定ではありません。たとえば3コマ目の妻の発言は、2コマ目の夫のことばを受けてのものですので、数秒くらいしかたっていないですし、夫が外出した5コマ目から森に到着した6コマ目のあいだは、少なくとも数分はたっていると思います。

 

 8コマ目の絵は、7コマ目から8コマ目にかけてかなりの月日がたっていることを示しています。「いま何時だ...ええっ! どれほど長いあいだ寝ていたのか、からだがなかなか曲がらないぞ、起きなきゃ...うう、固まってる...」という夫の頭ははげ上がり、あごひげがボサボサにのびて、老人の風貌です。服もボロボロですね。以前はステキな寝床になっていた草むらも、いまでは荒れています。これまで、規則的なコマ割りが物語の進展をテンポよく描いていましたが、そのテンポにのせられて相当の時間が一気に過ぎ去ってしまって、この場面はぎょっとします。

 

 夫は杖をもって歩き、家に帰ってきます。「やあ! まだ怒ってるのかい? また遅くなってしまったよ、きみはまたうるさく言うだろうが、今度はお手やわらかにたのむよ」ということで、眠るまえの状況をおぼえていたんですね。

 

 妻はほとんど驚いた表情を見せず「いまは1925年ですよ、ようやく帰ってきましたね。あなた、わたしがこれ以上がまんできると思いますか」と返します。20年たっていたようです。よくだれにも気づかれずに森で眠りつづけていたな。妻はおそらくこの20年、数えきれないほどのヒステリックな精神状態を経験してきたことでしょう。落ちついた返答が逆にこわい。

 

 この夢を見ていたのは妻のほうでした。「レアビットの夢ってことね。どんな夢を見るのかと思って昨夜食べてみたけど、ああ! もう十分よ。もう食べたくないわ」ということで、どうやら悪夢を見ようと意図的にレアビットを食べていました。はじめてのケースじゃないかな。