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いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットと運賃を払わない男

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 1905年頃のある日に『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』に掲載されたと思われる「レアビット狂の夢」です。

 

 正確な日付は不明です。不明なのになぜ1905年頃であることはわかるのか、それは、新聞掲載の「レアビット」を再録した単行本が1905年に出版されていて、その単行本に今回のマンガが収録されているからなのです。

 

 今回のマンガは列車が舞台です。車両のなかは新聞を読む乗客ばかりですね、通勤客でしょうか。いちばん手前の男が「あれ、おかしいな。運賃をとっていかなかったぞ、他の人からは集めていったのに」と、車掌が自分を忘れていったことに気づいています。

 

 「でも、わたしのせいじゃないよ。お金がいらないんなら自分のために使いますよ」。この乗客はすすんでお金を払おうとはしません。まあ、わからないではない。車掌は運賃を集め終えて、乗客たちのほうを向いています。顔がこわい。

 

 ただ乗りしようとしている男は、車掌の視線を感じます。この車掌がじっさいにこの男のことを見ているのかどうかはちょっと判然としませんが、少なくとも男は視線を感じているようです。「見つかったかもしれない...いや、気のせいだろう。5セント得したな、なにに使おうか...」。男は、車掌がこっちを見ているのではという不安を振り払おうと、5セントの使いみちを思案しようとします。

 

 しかし、不安は消えません。しかもさっきよりも、車掌がこっちを見ている感じが強まっています。「ほんとにわかっちゃったんじゃないか。うう、言われたら払うことにしよう、それまで新聞を...」。車掌のからだはわずかに大きくなっていますね。それに上半身が客のほうへせり出しています。

 

 車掌はただ乗り男のほうにどんどん近づいてきます。立っている場所はそのままに、上半身だけこっちにのびているようです。男は「もうすぐ来るぞ、気づいたかな...」とひとりごちながら、けっして車掌のほうを見ず、新聞を読むふりをしています。

 

 男は新聞紙を盾のようにして顔の前を覆い、車掌に見られまいとしていますね。できればこのまま気づかれずにいたいという思いと、やましいことをしてしまったという思いとが交錯しているようです。「堂々としてられればいいんだけど...うわ、近づいてきたぞ」。

 

 そしてついに、7コマ目、車掌が口を開きます。「あなたからお金をちょうだいしましたかな?」。男は「は、はいいいい、助けてえ」と叫んでいます。右手には5セント硬貨をもっていますね。支払う準備はとっくにできていたようです。

 

 他の乗客は、このやりとりにまったくの無関心です。おそらくは車掌のからだの巨大化も見えていないんでしょう。ただ乗りをしようとした小心者の男の目にだけ、車掌が怪物のように見えていたのではないでしょうか。