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いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

イエロー・キッドと万能トニック

イエロー・キッド

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 1898年1月23日『ニューヨーク・ジャーナル』の「イエロー・キッド」です。

 

 「イエロー・キッドがすごい育毛剤をためしてみる」。ついにイエロー・キッドが育毛剤を使う日がやってきました。スキンヘッドだから育毛剤ネタはあるんじゃないかと思っていました。「レアビット狂の夢」にも育毛剤ネタはあるので。

 

 ただ、イエロー・キッドがそもそもなぜスキンヘッドなのかというと、当時、貧民街の劣悪な環境のなか髪の毛のあいだに発生しがちなノミ・シラミを、髪を短く切ることで防いでいたこどもたちがたくさんいて、イエロー・キッドもそのひとりだ、となにかで読んだことがあるようなないような...。それが本当だとすれば、イエロー・キッドは育毛剤を使わないほうがいいですね。

 

 画面左端、イエロー・キッドは「カーター博士の育毛剤」と書かれたビンを、あやしげな店員から受けとっています。帽子かぶってますけど、たぶんハゲてるよねこの人。育毛剤の効果がやや疑わしいです。

 

 しかし、イエロー・キッドは100ドル紙幣をわたしています。すごいですね、よくもってたな。もしかしたら店員は、育毛剤が高価すぎて買えないのかもしれない。

 

 売り場の壁にはこう書かれています。「カーター博士の即効育毛剤:あらゆるものに毛髪を生やします・カーペットの修復に、ラグに使えばヘアーラグに・良質のトニックでおいしいカクテルや家具のつや出しを」。

 

 髪の毛だけでなくカーペットの毛にも使えるようです。「ヘアーラグ」は hair と書いてはいますが、hare(ノウサギ)のことですね。また、トニックウォーターとしても使えるし、ワックスとしても使える。万能トニックです。100ドルはむしろ安いかもしれない。

 

 イエロー・キッドはこの薬を、なんと服にかけています。イエロー・キッドは裸になっているので、さっきまで着ていた服をぬいだのでしょう。服はダンボールのうえにのせてあり、そのおかげでイエロー・キッドは立ったまま薬を使えるし、薬が服にかけられる様子をコマの中心にもってくることができるし、自らの下半身を読者に見せずにすむしで、一石三鳥です。

 

 ダンボールにも文字があります。一部、イエロー・キッドの服でかくれていますが、「魚の目用ばんそうこう・12グロス:目の痛み、歯痛、にきび、魚の目、消化不良、気ふさぎに効きます・お近くの薬局で」と書いているように見えます。ばんそうこうで消化不良や気ふさぎまで治るとは、これまた万能なばんそうこうです。話の内容となにも関係なさそうですが。

 

 次のコマ、イエロー・キッドの服には毛がふさふさと生え、イエロー・キッドは片腕をあげてよろこんでいます。

 

 2コマ目と3コマ目を見比べてみると、ダンボールの角度や服の向き、イエロー・キッドの位置はほぼ同じです。薬が効くビフォー・アフターを示すには、似たようなふたつのコマが必要です。

 

 まるで映画のコマをならべるかのように似たようなコマを配置し、出来事の細かな前後を描いていくというのは、読者の視線をコマからコマへと流していく効果があるように感じられますが、一方で、読者の視線をひとつのコマにとどめておく効果は薄れるような気がします。

 

 ただ、今回の「イエロー・キッド」には、読者の視線をとどめようとするアウトコールトの工夫がふたつ見られます。ひとつは、イエロー・キッドの背後にあるグレーの円形と四角形です。この装飾のおかげで、似たようなふたつのコマのそれぞれに、わずかばかり個性が生まれています。

 

 もうひとつは、ダンボールの文字です。構図からすれば3コマ目にも魚の目用ばんそうこうのことが書いてあるはずですが、3コマ目には、2コマ目を指さす手のマークと、「注意:これはもう片方の絵にあるものとおなじ箱です」という文字があります...。

 

 はたしてこのふたつの箱はおなじなのかちがうのか。文脈を考えればおなじ箱にきまってますが、2コマ目とちがうことばが書いてあるもんだから「ひょっとしたらちがう箱」の可能性がわずかに口を開けてしまっています。アウトコールトの遊び心のために、このふたつのコマは、単なる出来事の前後を示すコマとはならず、薬の効果以外の点で読者の心をとらえています。

 

 4コマ目、イエロー・キッドは毛がふさふさの服をきて、帽子もかぶって外を歩いています。リズとすれちがったあと、服には「リズはボクのあたらしい毛皮のコートに気づかなかったみたい」とあります。ご満悦な様子なので、いつもの服を細工していることに気づかなかった、という意味でしょう。ただ、うしろのリズの表情、よくわかりませんね。真実に気づいていそうにも見えるな。