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いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットとジャストウェッドさん

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 1905年10月28日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 若い女性が室内にいます。ゆったりと座っているようですが、「だれか玄関にいるわ。今日はだれにも訪ねてほしくないんだけれど...あっ、呼び鈴が! だれかしら...」と、そわそわしていますね。

 

  次のコマ、眼鏡をかけたご夫人が「ジャストウェッドさん(Mrs. Justwed)はいらっしゃる? ラバー(Mrs. Rubber)が来たと伝えてくれるかしら」と、黒人メイドに話しています。メイドは「確かめてきますので少々お待ちください」と返事します。

 

 「ラバー様です、いかがいたしましょうか」とメイドにいわれたジャストウェッドさんは、「ドライブに出かけていないと伝えてちょうだい。ラバーさんには会いたくないの」と、居留守をつかうみたいです。どうして会いたくないんでしょうね。読み進めていったらわかるかな。

 

 「あら、いないの? お宅を拝見したかったのよ。ちょっとおじゃまするわね」。ラバーさんは家のなかに入るつもりですね。メイドは「奥様がいつお戻りになるかはわかりません」といって、やんわり帰ってもらおうとしますが、次の5コマ目で「隠れたほうがいいです! ラバーさんがこちらに来ます」と部屋に戻ってきました。ラバーさんを玄関で止められなかったんだな。

 

 ジャストウェッドさんは「なんですって! それならここに隠れているわ。なんとか帰ってもらってちょうだい。ラバーさんが帰るまで、わたしはここにいるわ、アイリーン」と、カーテンでしょうか、布のうしろに身をひそめます。

 

 6コマ目、ラバーさんが部屋に入ってきました。アイリーンは「お気の毒ですが、奥様はだいぶ遠出いたしました」とラバーさんにいうのですが、ラバーさんは「大丈夫よ。すてきなお家じゃないの? まあ、すごく居心地がいいわ、こざっぱりしてて。ジャストウェッドさんはお幸せそうね」と、あまり聞いていません。

 

 ラバーさんはいすに座り、本腰を入れてくつろぎはじめました。「ジャストウェッドさん、あの男のひとをつかまえられて、なんて幸運なのかしら。ここは本当に落ちつくわね。彼女が帰ってくるまで待ってましょう、きっと驚くわね」。持久戦のはじまりですね。カーテンのうしろにいるジャストウェッドさんはなにを思っていることか。

 

 あ、ちなみに、ジャストウェッドという名前はジャスト・ウェディング、つまり「ちょうど結婚したばかり」という意味ですね。ラバーさんは新婚さんの様子をうかがいに来たわけです。下世話なゴムおばちゃん。

 

 メイドのアイリーンは奥様のためにがんばります。「ラバー様、奥様がいらっしゃるときに、また来ていただけますと...」。しかしラバーさんは「いいえ、ここで待ってるわ。ジャストウェッドさんだって、わたしに会えればうれしいはずよ」とめんどくさいことをいいます。長居しそうです。

 

 で、9コマ目、「帰ってこないわね。三、四年たってるわよこれ。もう少し待って、もどってこなかったら帰りましょう」と、だいぶ長居しました。1〜8コマ目のあいだは時間が10分程度しかたっていないと思うので、8コマ目とほぼおなじ構図の9コマ目で急に「三、四年」とかいわれると驚きます。

 

 10コマ目、アイリーンがやってきました。すこし太った? アイリーンは「奥様はぜったいに戻ってきませんよ。お疲れでしょう」と、いまだ秘密を明かしていません。しかしラバーさんも「大丈夫よ、もう少しいるわ。それにしても長いわね。あら、12年たってるの」と、まだまだ居続けるつもりです。

 

 で、ラバーさんはあいかわらず「早く来てくれないかしら」と待ちつづけます。顔は泥のようにくずれていきます。12コマ目ではアイリーンが「またお越しくださいな。奥様がいなくなって28年になりますよ」といってますね。こちらもだいぶ年をとりまして、老眼鏡をかけてます。ふたりはもう長年連れ添っているし、りっぱな家族なんじゃないか。

 

 ラバーさんは「あと15年待っても来なかったら、おいとますることにするわ」というのですが、見たところだいぶご高齢ですので、はたして15年も待てるのかどうか...。

 

 そしてついに、13コマ目、「帰ったほうがよさそうね。あと45年は戻らないと思うわ」とラバーさん。帰ろうとしているということは、12コマ目から15年たったということでしょうか。よぼよぼですね。そしてアイリーンもすっかりおばあちゃんになりました。「まあ、お帰りですか? 奥様がいらっしゃらなくて、本当にすみません...」「いいのよ、彼女に伝えてちょうだい、65年も待ったわって。すごく会いたかったのよ(I'm dying to see her)」。この場合は「彼女に会うために死にかかっていたわ」の訳が適切でしょうか。

 

 しかしながら、死にかかっていたのはラバーさんだけではありません。この65年、ずっとカーテンのうしろにいたジャストウェッドさんが、15コマ目でようやく姿をあらわしました。すでに「ジャストウェッド」ではないわけですが(というか夫はどうしてたんだ)。

 

 彼女はすっかり老いぼれてしまいました。頬はこけ、髪も薄くなり、若かりしころの面影はありません。老いは怖いですね。カーテンのなかにはクモの巣がはってあり、家屋も傷んでいるのでしょう。

 

 アイリーンは「お帰りになりましたよ、たいへんでした、ちっとも動かなくなるものですから...」と数十年ぶりに真の主人に再会できました。ジャストウェッドさんは「よかったわ、帰ったのね、いいひとなんだけど、けっこううんざりするのよ。いま何時かしら?」といっています。もしかしたら時間の感覚がまともではないかもしれない。

 

 結局これは、近所のおばさんに生活のことでいろいろ詮索されるのを恐れる新婚女性の話、ということかな。老いよりもゴシップを恐れていて、あらぬうわさ話を流されるくらいなら死んだほうがましだということなんでしょう。