いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

リトル・ニモと電気を消すジャングル・インプ

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 1907年9月1日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 ニモたちは王様との謁見をはたそうとしているところですが、ジャングル・インプにじゃまされてなかなか先へ進めません。そのことにようやく気づいたのか、屈強な従者がジャングル・インプに「おまえは出ていけ!」と告げています。ただ、フリップが「こいつが入れないんならおれも出ていくさ」と言ってますので、インプはこのまま同行するのでしょう。

 

 キャンディは「すてきな時間になると思うよ」と言って、ニモに期待をもたせています。が、ニモはキャンディのほうを見ず、すこしうつむいていて、浮かない表情ですね。

 

 屈強な従者は、インプをかばうフリップに対し「ならおまえも出ていけ!」と命じます。すると、最近ぜんぜんしゃべっていなかったニモは急に「かれがダメならボクもいかないよ」と従者に話しかけました。ニモはいつもは周囲に対して受け身の姿勢なのに、ときおり積極性を見せることがありますね。しかも多くの場合、積極性はフリップをかばうときに発揮されます。

 

 従者は「じゃあおまえもこいつらと出ていけ!」と、ニモにまで退出するよう言っていて、さすがにお姫さまが割って入ってきました。「ダメよ! 電気をつけてちょうだい、みんなで行きますから」。なるほど、いまは電気がついていないのね。だから背景に色がなかったのか。

 

 キャラクターたちには色がついていますが、かれら自身にはこの色があまり見えていないのかもしれません。薄暗くて。読者には見せてくれています。

 

 従者はコマのいちばん右に移動し、「電気(electric light)」と書かれたつまみに手をかけます。明るくするのですね。どうやらみんな王様のもとへ行けることになったようです。「まったく、あのゴリラにしたがってたら、だれも中に入れねえとこだったぜ」「さあ、モルフェウス王のところへまいりましょう」「そうね、わたしとてもうれしいわ!」。

 

 5コマ目、室内が明るくなると、王様が見えました。ニモたちのいたところのそばに、上にのびる階段があって、その上に玉座があり、王様が足をのばしてすわっています。天井には大きなシャンデリアがつるされてます。...これ、地震とかあったら、天井からシャンデリアが落ちて王様にあたるとか、あるいは「階段落ち」とか、ともかくあまり安全でなさそうな場所ですね。こんなところで王様はくつろげるのか。たいした胆力だ。

 

 下々の者たちは、「この階段のぼらなきゃいけないのかよ」「そう機嫌悪くしないで、フリップ」「王はまだこちらに気づいていらっしゃらない」とかしゃべってます。たしかに王様は下を見ておらず、お付きの者となにか話をしてるのかな。

 

 でも6コマ目では、王様も下々の者たちも、まっすぐのびる階段に沿って、視線を上下に飛ばして挨拶しています。「やあ、こどもたちよ!」「よお! 調子はどうだい? ちょっと下りてこいよ」「陛下、ごきげんよう」「パパ! やっと会えたわね!」。

 

 ただひとり、ジャングル・インプだけは、王様よりも電気のスイッチのほうに気をとられています。かれが立つ場所からは王様が見えず、また王様もインプが見えない。だれからなにが見えるか/見えないか(だれがなにを知っているか/知らないか)を、読者が一コマ見てすぐにわかるようになっています。舞台的な演出なんでしょうかね、こういうのは。

 

 インプがスイッチにさわってしまったことにより、あたりは真っ暗になりました。「こんどはインプがなにしたの?」「やつめ電気を消しおったな!」。真っ暗とはいえ、読者にはかれらの姿がある程度見えています。画面中央で驚くニモと、「やべえ」という表情のインプがともにこちらを向いていて、喜劇的です。

 

 姿の一部だけは見えていて、あとはべた塗りっていうこのマンガ表現は、いつからあるのでしょうね。このコマでは、キャラクターのからだの一部がべた塗りされて真っ黒な背景に溶け込んでいる表現のおもしろさを示すために、各キャラクターのからだが本来どこにあるかも示されています。つまりキャラクターが平面上にならべられている。

 

 一方で、お姫さまの姿はドレスまで描かれほぼ完全に見えていて、ドクター・ピルがドレスの奥にいることができる、つまり、ここが三次元空間である(手前と奥がある)ことの表現をマッケイは忘れていません。べた塗りのおもしろさと物語世界の連続性がともにあらわれているコマですね。