いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットとアメフトの恐怖

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 1905年11月25日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 アメリカンフットボールの場面がたくさん描かれていますね。出だしはこんな会話です。「勝てるといいわね。もし勝てたら、あなたに身も心もささげます。パパが喜べばだけど」「きっと勝つよ! あなたの心のためなら、ぼくは人生をかけて戦います」。ガールフレンドの熱烈な応援に、この変なプロテクターの男性はやる気に満ちあふれています。

 

 2コマ目、すでにゲームは開始されています。選手のひとりが「61、47、583...」などと数字をしゃべっていますが、これはたぶん「オーディブル・コール」ではないかと思います。あらかじめ決めていた作戦をゲーム中に変更するときに、味方にだけわかる暗号をつかって伝えるわけですね。

 

 その後、選手たちが何人もつみかさなっていて、「よし、12ヤードは進んだぞ」という声があるなかで、気づけばひとり、左腕をひきちぎられて倒れています...。審判と救護班でしょうか、ふたりの男性が「腕がありますよ先生、これはかれのですね」「全部あるか、よく見てくださいね」などと話をしています。

 

 左腕を失った選手は、驚くことに立ち上がり、「よし、やろうじゃないか! おれたちは勝つぞ!」と仲間に声をかけています。ガールフレンドに応援された選手でしょう。仲間たちも「あいつやる気満々だな」と、かれがゲームに加わることを拒否しません。みんなどうかしてるな。

 

 そしてまたオーディブル・コールです。べつの選手が「あんなすごいやつ見たことないよ」といっていますが、もちろん主人公のことですね。で、「よし、また12ヤードだ。勝てるぞ」という声と、選手たちが山になっている状況のあとで、8コマ目、こんどは右足がひきちぎられました。

 

 しかしこの選手はまったく動じません。救護班に「松葉杖をもってきてくれ! 大丈夫だから! おれはつづけるぞ!」と、重傷を負いながらもゲームに参加しようとしています。愛する女性を思う力はすごいですね。

 

 まわりの選手からは、「あんなタフな男とゲームするなんてことがあるか? まったく恐ろしいやつだ」などと、敬意を払っているのか単に恐怖しているのかわからないような声が聞かれます。

 

 左腕、右足と失った男のチームは、三度目のオーディブル・コールのあとで15ヤード進むことに成功しますが、男は11コマ目でついに首を切断されてしまいます。それでも、かれは元気です。「おれのことは気にするな、今日はいままででいちばん調子がいいんだ!」。救護班のひとも「ああ、頭突きもうまくやるだろう」といってますので、まあ大丈夫なんでしょう。

 

 いちばん下の段では、タッチダウンのあと、左腕と右足と頭のない男が松葉杖を器用につかってフリーキックです。審判が「ポールのあいだをまっすぐ抜けていった、こんな見事なキックは見たことがない。うむ、試合終了だ、歴史に残る大熱戦をタイガースが制した」と感動しています。

 

 ゲームのMVPはは、右腕のひじを松葉杖にのせ、切断された頭を右手にもちながら、ガールフレンドのところにやってきます。右手のうえの頭はじつに晴れやかな表情で、こうしゃべっています、「見てた? 圧勝だっただろう? ぼくがなにを思ってたかわかるかい?」。

 

 男はきっと、彼女が「わたしのことを考えていてくれたんでしょう」と言ってくれるのを期待していたのでしょうが、彼女はそれどころではなく卒倒寸前です。で、夢からさめる。夢を見ていたのは彼女でした。

 

 からだがバラバラになる話は前にもありました(レアビットと交通渋滞 - いたずらフィガロ)が、このときも、バラバラになるのは男のひとで、夢を見るのはその妻でした。バラバラになった本人の夢じゃないのはなぜなのか。

 

 それと、ニューヨークの交通渋滞のように、アメフトというスポーツも過酷である、と思われていたことがわかります。当時は暴力的なスポーツと思われていたようですね(American football - Wikipedia)。もしかしたら彼女は、実際にアメフトの選手であるボーイフレンドを心配するあまりこういう夢を見たのかもしれない。