いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットとさくさくのビスケット

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 1905年12月9日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 「あなた、このビスケットどうかしら。さっくり(light)してるといいんだけど」と、妻が夫にビスケットをのせたトレイをもってきました。夫は「君がつくったんならおいしくないわけないよ」と答えています。仲がいいですね。

 

 じっさいおいしかったのか、次のコマではもうビスケットが平らげられています。「ぜんぶ食べてくれたのね! さっくりしてたかしら? ああ、うれしいわ!」と妻は喜びます。妻はビスケットの食感の軽さを気にしているようです。「さっくりしてるよ! もっと食べたいな」と夫が言っていますので、軽い歯触りのようですね。

 

 「すぐにもってくるわね。ほんとにさくさく?」「さくさくだよ...」というやりとりがつづくなか、3コマ目、夫のからだが椅子ごと傾いています。おかわりに備えてすわり直そうとしているのかと思いきや、夫は「あれ、なんかおかしいぞ」と言っています。

 

 すると次のコマで夫は完全に宙に浮いてしまいました。夫によると「羽みたいに軽いんだ」そうです。軽い歯触りのビスケットを食べたら、からだが軽くなってしまったというわけですね。妻はとうぜん驚いています。

 

 あわてる妻に対し、夫は「窓を閉めるんだ、わたしが外に飛び出さないように! 管理人を呼んできてくれ! それとドアもたのむ!」と比較的冷静に対処しています。なんで管理人を? と思いますが、その理由は次のコマで夫自身が話してくれています。いわく、「管理人を屋根にのぼらせてくれ、それでわたしを捕まえてもらうんだ」。妻は半ば発狂しながら「管理人さん! はやく!」と叫んでいます。

 

 しかし7コマ目、どうしたわけか夫は部屋の外に出てしまっています。天井の窓からは、管理人が顔をだしていますね。管理人に屋根で待っていてもらうつもりだったわけですが、一足遅かったようです。

 

 「どうしてこうなったのか...ロープあるかい?」「ちょっと待っててください!」というやりとりの後、数人の男性が窓からゴルフクラブのようなものを向けて助けようとします。「椅子をはなしてこれにつかまるんだ」「椅子から手をはなしたら上空に飛んでいってしまうよ」「椅子をはなすな!」。いろいろとにぎやかですね。

 

 結局、夫は椅子を手ばなしてしまいます。かわりにつかまるのは建物の縁ですね。「だれか来るまでつかまっていられるかな」。でも10コマ目ではからだが逆さまになってしまって、そう持ちこたえられそうにありません。「うわ! ダメだ! だれかはやく来てくれ!」

 

 夫は浮かび上がりながら、今度ははためく星条旗にすがろうとします。「これにつかまらないと終わりだ!」。でも無情にも星条旗はやぶれてしまいます。

 

 その後、夫は大空の旅をつづけるうち、教会の尖塔に近づきます。「風があそこに運んでいってくれれば、しがみつけるかもしれない...」。妻も管理人も近隣住民も、アメリカ政府もかれを助けられないとなれば、あとは宗教しかありませんね。人間、最後は神だのみです。

 

 夫は運よく尖塔のてっぺんにつかまります。「助けて! 消防を呼んでくれ!」。しかしまたしても夫のからだは空に舞いそうです。「はやく! 体力がもたない!」。地上には「おれがいく!」「はしごをかけるんだ!」などの言葉があり、かれを助けようとしているようです。

 

 でも結局、間に合いません。消防員がやってきましたが、タッチの差でつかまえることができませんでした。

 

 夫は、助けにきた消防員に対し、妻にメッセージを伝えるよう言い残します。「彼女もビスケットも悪くないんだ、彼女はよかれと思ってビスケットを軽くしてくれたんだから。彼女にさようならと伝えてくれ」。この夫もまさかこんな形で遺言を残すことになろうとは夢にも思わなかったでしょう。夢だけど。

 

 17コマ目、場面は部屋のなかに戻ります。窓から望遠鏡で空を見上げている男性が「ああ、あれか、見えた見えた、いやーもう、ほっっとんど見えないね」と言うなか、妻は画面手前で悲しみにくれています。「先週結婚したばかりなのに、初めて朝食をつくってあげたのに! ああ!」。新婚さんだったのか。愛のある夫婦を地獄に追いやりたいマッケイ先生ならではのエピソードでした。