読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットとフィル・カイボッシュ

レアビット狂の夢

f:id:miurak38:20170306111551p:plain

 1905年12月16日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 のっけから危ないことを言っている男性がいます。「ガスを吸えば現実を忘れられるんだ、ガスのにおいってほんと大好きだよ」。

 

 かれはどこかの部屋にいて、いすがひとつあり、また壁からなにかパイプのようなものが飛び出ています。男性のちょうど頭の位置にあります。

 

 かれはそのパイプに鼻を近づけてます。「ああ、いいにおい! だれだって夢中になっちゃうよこれは。一日じゅう吸ってられるね」、だそうです。こういうのもガス中毒って言うんですかね、ガスの毒で気を失うっていう意味じゃなくて、ガスの常用者という意味で。

 

 「いま行くよ、チャズ、あと一回だけ。ああ、すばらしいい」。うしろにチャズという名の友だちが来てますが、なかなかガスから離れられないようですね。チャズも「なににハマってるのかと思ったら...気をつけないと中毒者になるぞ、フィル」と心配しています。

 

  4コマ目になると、フィルは管を口にくわえています。「ふう、ただいま。楽しかったけど、べつに家にいてもよかったな。大好きなガスがあるからね!」。なるほど、どうやらここは自宅ですね。チャズといっしょに出かけてきて、それはそれで楽しんできたんだけど、帰ってきたらもうガス吸引に夢中です。

 

 次のコマではベッドに寝ながら吸ってますね。女性がひとりやってきて「部屋代は週5ドルなのにガス代が週35ドルですよ、払えるんですか、カイボッシュさん(Mr. Kibosh)」と聞いてます。kibosh とは「たわごと」という意味です。この女性は大家さんでしょう。

 

 フィル・カイボッシュは「大丈夫ですよ、払いますから」と答えてますが、家賃の7倍のガス代を払うというのをいま自分のこととして考えてみましたが、いやいや、無理ですね。あっというまに破産ですよそんなの。

 

 6コマ目、フィルの腹は風船のようにふくらんでいます。「ガスをやめないとな、中毒者になってしまうよ。病院に行こう...うわ! ガスでぱんぱんになってるよ」。さすがに、このままではよくないと思っているようです。

 

 それでフィルは病院に行くんですが、「そりゃあ、先生がやめろと言うんならそうしますが、でもわたしはガスがすごく好きなんですよ...」と、なかなかふんぎりがつかない。先生は「肉体的にも精神的にも危険であるばかりか、近くに火気でもあれば爆発しますぞ」と忠告しています。最後から二番目のコマへのカウントダウンがはじまりました。

 

 禁ガスを言い渡されたフィルは、すっかりやせこけてしまいました。「ガスをやめて一週間だけど、もうおかしくなりそうだ。不安で仕方がないよ、気が狂ってしまう。耐えられるかなあ...」。

 

 耐えられなくなったフィルは、ガスを吸ってしまいます。「やめるよ! やめてるところなんだ、これは気分を落ちつかせるために吸ってるだけなんだ、徐々に減らすんだよ」。完全にヤバいですね。いっしょにいるのはチャズでしょうか、「すっぱりやめなくちゃダメだよ!」と、フィルを心配しています。

 

 ガスでふくらんだフィルは、大家さんから「ガスの請求書がまた来てますよ。51ドル65セントですけど、立て替えておきますか?」と言われ、「払っておいてください! 次の木曜が給料日なので、そのときに返しますから」と返事をします。お金がまわらなくなってきています。破滅へむかって順調につき進んでいますね。

 

 体に悪いとはわかっているけどやめられない...というのは、禁煙したい喫煙者と同じ心境でしょうか。まあ程度が全然ちがいますけど。フィルはまだ「なんとか治りたい」という気持ちがあるようで、また病院にやってきました。

 

 「やあ、先生、また来ましたよ! 前より悪いんですよ、完全にガス漬けになってます。なんとかしてください...」。先生はすでにあきれ果てています。「あんたの近くでだれかマッチに火をつけでもしたら、あんたはやめるでしょうな。まったくね、わたしは、やめなさいとしか言いようがありませんよ」。

 

 医者にあきれられてはかなわないと思ったのか、フィルは再び禁ガスに励みます。しかし禁ガスをはじめるとすぐにやせ細ってしまう。

 

 「ああ、こりゃひどい! 一回でいいから吸わないと死んじまうよ。いやいや! くじけたらダメだ、治ってみせるんだからな。ぼくは意志の強い男だ、ガスをやめてやるとも。でも、一回だけなら大丈夫じゃないかな。一回だけなら。いや! ダメだ、やめてみせるぞ。ああ、あと一回吸えたらなあ。でも吸わないぞ」。

 

 「吸わない vs. 吸いたい」で、心の針が何度も左右に振れている状態です。で、自宅に帰ってきたフィルは、徐々に「吸いたい」のほうに針を寄せていきます。

 

 「あああああ、息ができない! こんな生き方が何になるっていうんだ? 死んだほうがマシだ! いやそうじゃない! ぼくはがんばるぞ、死ぬつもりなんかない! ううう、寒い、寒いよお、もうダメだ、死んでしまおう、そのほうがいい! いやダメだ! 生きてみせるんだ! あああなんてこった」。

 

「もうおしまいだ、がまんできない!」。そういうとフィルは、ついにあきらめて管を口にくわえます。「ああ、おいしい、けどガスが弱いな、もっと強くしないと。レンチもって地下のガスメーターをゆるめて、そこから直接吸うのがいいな」。

 

 細い管ではもうがまんできないフィルは、各部屋にガスを供給する大もとの部屋にいって、太い金属管をめいっぱい口にくわえて吸うことにしました。

 

 「よし、これで外からくる新鮮なガスを吸うことができるぞ。半インチのパイプじゃ弱すぎるからな、こっちのほうがいいよ。けれどぼくはひどい中毒者になってしまったな、まったく...」。もはや治癒は不可能なところまできてしまいました。

 

 するとフィルは、マッチをとりだしました...。「もう医者へはいかない。ぼくはおしまいだ。死のう。マッチに火をつければ、このみじめな自分ともお別れさ」。

 

 というわけでフィルは自ら死を選びました。爆発して自殺する夢って...どんな感じなんでしょうね。フィルは起きたら「ああもう! レアビットなんかなけりゃいいのに!」と大声だしてますが、こんな夢を見た直後は叫ぶ元気なんかない気もしますが。

 

 ときどき思うのですが、「レアビット狂の夢」の登場人物や「リトル・ニモ」のニモなど、最後のコマで夢からさめるひとは、それまでの夢を、読み手とおなじように第三者の視点で見ている(つまり夢で自分自身を見ている)んでしょうか。

 

 それともかれらは、現実世界とおなじように自分の視野で夢を見ていて、その夢が読み手には第三者の視点であらわれるのか。まあ結論は出ませんが、いずれにせよ、自分が爆発して死ぬことを体感したくはないですね。