いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットと掛け布団

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 1906年2月20日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 女性が「足が寒い...」と言って、眠れないでいます。冷え性でしょうか。彼女は足に掛け布団がかかっていないと思ったのか、足のほうを重点的に布団で覆おうと、体を起こします。

 

 それでまた横になると、こんどは肩が布団から出てしまいます。「肩が冷たいわ...布団、ちゃんとまっすぐになってるのかしら」。この気持ちすごくわかる。

 

 どうでもいいですが私はこどものころ、寝ているときもつねに布団がまっすぐになっていないと落ちつかず、何度も夜中に起きてベッドメイキングをしていたことがあります。寝返りをくりかえしているうちにどうしても布団がずれるのですが、それが我慢できなかったんですね。神経症だったんだろうか。

 

 肩が出てしまった彼女は、当然のことながら布団を上に持ってくるんですが、そうすると今度は足が出る。また体を起こして足に布団をかけ、横になると、今度は肩だけでなくお腹のあたりまで布団から出てしまっている。

 

 つまり掛け布団がどんどん小さくなってしまっています。彼女が体を起こしたとき、それにあわせて布団が足元のほうに寄ってしまうわけですが、そのタイミングで布団が縮んでいます。絶妙ですね。

 

 掛け布団は、最終的にハンカチほどの大きさまで縮みます。「眠れない! 凍えそうよ! どうしたらいいの?」

 

 この夢の場所は、目覚めたときの場所とまったく同じベッドですので、まるで彼女が眠れずにベッドのなかで幻覚を見ている様子を描いているとも言えます。このつづきが読みたいです。

リトル・ニモと回転の間

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 1908年3月1日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 繊細な印刷ですね。黒い輪郭線のニモたちが、青い輪郭線の背景の上に浮いています。「幻惑の間」のふしぎな様子がみごとに描かれています。

 

 左に90° 傾いた空間に来てしまったニモたちは、このままでは元に戻れないと思ったのか、来た道をひきかえします。それが1コマ目で、フリップを先頭に、ニモたちは画面手前にやって来ます。

 

 すると空間がさらに左に傾き、ニモたちは左側にすべり落ちてしまいます。さらに空間は回転をつづけ、1〜5コマ目でちょうど180° まわりました。

 

 フリップはこれまで、なんとか自力で出口を見つけ出そうとしていたのですが、この回転にはさすがにまいったのか「次にだれかを見かけたら王様を呼んでもらって、行儀よくします!」と弱音を吐きます。ニモは「はじめてまともなこと言ったな...」と感心(?)しています。

 

 空間はあと90° まわって、7コマ目でようやく正常の位置になりました。ニモはこれで3週連続、ベッドから落ちて目覚めています。

リトル・ニモと左に90°

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 1908年2月23日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 前回は、上下が逆さまになった空間で苦しんでいたニモたちですが、そこをなんとか抜け出ると今度は空間が90° 傾いているところにやってきました。つまり今回は、壁が床になっています。

 

 読者は、首を左に傾ければ、建築物の一般的な内装を確認することができます。ニモたちの左側が天井に、右側が床に見えます。

 

 難所がさっそく2コマ目にあらわれます。フリップが「廊下が上下に走っていてクロスしてるぞ! 下に落ちるなよ!」と教えてくれています。こわいですね。

 

 というわけで3コマ目、ニモたちは、下に向かう廊下に落ちないよう端のところを少しずつ歩いていきます。

 

 そうやって歩いていくと、先導するフリップが4コマ目で「日の光が見えたぞ!」と大声をあげます。おお、これでようやくこの「幻惑の間」から出られそうですね。

 

 ところが、期待しながら進んで行った先にあるのは(7コマ目)、90° 傾いている外の世界でした。いくつかの塔が右から左に伸びています。外の世界も傾いたままとなると、はたしてニモたちはどのようにして元の世界に戻れるのでしょうか...。

レアビットと電話に吸い込まれるおじいちゃん

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 1906年2月15日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 こどもが泣いていて、大人の男が電話口に立っています。「ジェームズ・ジェフリーズさんをお願いできますか、すぐに話したいことが...え、おまえビッグ・バーリーなのか? うちの孫を殴ったそうだな」。

 

 つまり、殴られて泣きながら帰ってきた孫がかわいそうなので、おじいちゃんは孫を殴った相手に、電話で文句を言おうとしているわけです。「何か言わなくちゃならないことがあるだろう、この野郎が...」。

 

 すると、電話の送話器から相手の拳が飛び出してきて、おじいちゃんを殴ります。「この野郎、もう一度やってみろ!」と凄むおじいちゃん。

 

 その後、おじいちゃんと電話相手の喧嘩がつづきます。相手の腕はワイシャツとジャケットの袖をまとっていて、相手は孫の同級生というより大人なのかなとも思うのですが、もしかしてビッグ・バーリーというのは大人並みの体つきをしたこどもなんでしょうか...。

 

 おじいちゃんは結局、相手に頭をつかまれたまま、電話機の向こうに連れていかれてしまいます。「おまわりさん! 人殺しが! 助けて! 火事だ! おじいちゃん! パパ! ママ! だれか!」 完全にパニックを起こしてます。

 

 「あの子にレアビット食べさせないでって言ったでしょう、聞いてよあのわめき声...」と、寝室の外から親の声がします。だれがだれに言ってるのかわかりませんが、おじいちゃんがレアビット食べさせたのかもしれないですね。

レアビットと写真撮影

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 1906年2月13日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 男が写真撮影に臨んでいます。1コマ目、カメラマンは「もうすこしシリアスな顔で」と、あまり笑い顔にならないよう男に言っています。

 

 なので男は、もっと真面目な顔にしようと口をきつく閉じるのですが、今度はカメラマンに「シリアスすぎます」と言われてしまいます。

 

 男はカメラマンに言われるがまま、顔をあれこれ微妙に変えてみますが、その都度カメラマンにダメ出しされます。

 

 そして8コマ目、カメラマンが慌てて「はやく顔を変えてください! カメラが壊れてしまう!」と叫びます。なるほどこの顔はカメラを壊してしまう顔なんですね。上下の歯が見えているのがダメなんでしょうか。

 

 カメラマンの叫びもむなしく、次のコマでカメラが爆発します。爆風でカメラの破片が男にぶつかっているようです(でもなんとなく、男が発光しているようにも見えますが...)。

 

 今とはちがって昔は写真一枚撮るのも大がかりで、良い写真を撮るためには、撮影する人だけでなくされる人もいろいろと体の訓練が必要だったんですねきっと。

リトル・ニモとさかさま世界

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 1908年2月16日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 一列目の3コマ、大きな曲線が波を打っていまして、ニモたちは一体どこにいるのか一瞬よくわからないんですが、この3コマそれぞれの右上に、四角いタイルが敷き詰められた部分が見えるでしょうか。

 

 二列目になるとこのタイルが大きく描かれるようになります。これは床に敷かれたタイルですね。一方、一列目の波打つ曲線は天井のアーチです。絵本の部屋を抜け出したニモたちは、床と天井が逆さまの部屋にやってきたのでした。

 

 2コマ目のフリップの言葉によると、どうやらまだここは「幻惑の間」らしいです。ニモたちは上の床のほうを目指して(この部屋を出られるドアがあると思っているからです)、まずアーチの端の足場を見つけ、そこから燭台に足をかけ、壁を上っていきます。

 

 7・8コマ目でかれらは、床にくっついている逆さまの椅子の裏側によじのぼり、そのあとテーブルの裏側に進みます。

 

 単にニモたちと部屋の大きさの比較によるだけでなく、建築様式的にも、ここがすごく大きな空間であることに読者はすぐ納得してしまいます。

 

 そしてなんといっても7・8コマ目の椅子とテーブル! ニモたちを支えている逆さまの椅子とテーブルは、それぞれの細い四本足でしか床と接していません...いかにも不安定でこわい! 落ちそう! エピソード冒頭は頑丈な足場でしたが...。

 

 夢オチのニモはベッドから落ちていますが、となると夢のなかでテーブルが落ちてしまったんでしょうか。「落ちる!」と思ったらその瞬間にじっさいに落ち始めるのが夢というものです。

リトル・ニモとバレンタインの絵本

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 1908年2月9日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 ニモたちが大きな扉の前にいるところから始まります。が、これは残念ながら「幻惑の間」の外に出るための扉ではなくて、大きな本の表紙なのでした。

 

 開いてみると、プリンセスがあらわれます。プリンセスの絵の下にはキャプションがついていて、「私の恋人になってくれませんか、リトル・ニモ? 私はあなたのものよ!」と、熱烈なラブコールが書いてあります。

 

 ここで「恋人」の英語は Valentine となっています。バレンタインデーが近いからですね。

 

 次のページにはモルフェウス王が描かれていますが、キャプションはこうです、「お休み中のモルフェウス王、まるでビール会社の看板のようです。どこでそんな赤い鼻になったのでしょう? バレンタインの人みたい」。

 

 たしかにモルフェウス王の手には杯があり、ビールの泡のようなものが見えます。赤い鼻のおじさんが描かれたビール会社の看板がこの時代にあったのかどうか、私はわかりませんが、もしかしたら Valentine ではなく Ballantine のことなんでしょうか(P. Ballantine and Sons Brewing Company - Wikipedia)。

 

 また、バレンタインデーには赤い花を送る風習がありますが(Valentine's Day - Wikipedia)、赤い色そのものとバレンタインデーが結びつけられているために、鼻の赤に注目しているのかも。

 

 次はドクター・ピルです。アヒルに乗っていますが、これはおそらくアヒルの鳴き声 quack が「やぶ医者」を意味するからだと思います。こいつはほんと、薬さえ処方してればOKみたいなひどいやつなんですよ。

 

 キャプションにも「ドクター・ピル、人を病気にするやつ。病気を治すんじゃなくて。みんな知ってる、あんたは薬をくれる、そのちっぽけな脳みそで」とあります。ふつうに悪口言われてる。

 

 その後、(久しぶりの登場にもかかわらず)ひどい顔のキャンディ・キッドがあり、次に完全にサルの姿のジャングル・インプが描かれたページです。いまではまず見られない表現ですね。

 

 そしてフリップ。「出ました、生意気な顔のフリップ! ほんとにくちびるがデカすぎ! かれはクルマにひかれるでしょうね、それか、ゾウのかかとに頭をふまれるに決まってる」。これも悪口です。これを見たフリップは「これを描いた生意気なやつはムチ打ちだ」とムカついてます。

 

 最後にニモ。「ちぢれ頭のニモ! きみの寝床(nest)へお帰り。起きろ、目を覚ませ、さもなきゃ眠れ! そうすりゃオレらが休めるからさ」。髪の毛が爆発していて、鳥の巣(nest)のようですね。

 

 「起きろ」も「眠れ」も、要するに夢の世界から出ていってくれ、ということでしょう。現実世界のニモは、最後のコマで、うまく眠れないのを大きすぎる枕のせいにしています。