いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

リトル・ニモと魔女とダチョウ

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 1906年12月9日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 眠りの国でトラブルばかり引き起こしているフリップですが、前回、フリップがお姫さまたちといっしょに遊んでもいいということになったかわりに、フリップの目付役として魔女が派遣されました。最初のコマでは少女の姿になっていて、フリップのとなりにいます。フリップは相手が魔女とも知らず、すっかりこの女の子が好きになってしまいました。

 

 フリップが「これからどこへ行くんだ? オレたちみんないっしょに行くのか?」と言うのに対し、お姫さまは「わたしたちサンタクロースを訪ねようと思うの」と答えるのですが、フリップは「だからわたしたちってだれのことだよ、あんたらだけか? それともオレたちも行くのか?」と返します。四人いっしょに行動するのかどうかが大きな問題のようです。

 

 お姫さまは「あなたも来ていいわよ、あなたの友だちもね」と、フリップに判断をまかせます。すると3コマ目、フリップがお姫さまに食ってかかります。「あんた、この子のこと嫌いなんだろ? オレがこの子を好きだからあんた怒ってるんだ」。フリップはおそらくお姫さまに、「ぜひ来てちょうだい!」といった熱烈ラブコールを想定していたんでしょうね。ところがじっさいには「来ても来なくてもどっちでもいい」という、フリップからしてみればそっけない返事だったので、「ははあ、こいつ嫉妬してるな?」と思ったのでしょう。幸福な思考回路です。

 

 お姫さまとしては「はあ!?」という感じでしょうか。「あなた、わたしの友だちになるんじゃなかったの? それともだれでもよかったわけ?」と、口論っぽくなってます。ただこれは、フリップに失礼なことを言われて頭にきてるのかもしれないんですが、一方で、お姫さまの望みは一貫して「ニモと遊びたい・フリップはじゃま」というものですので、ここでけんか別れすればフリップがいなくなる、と計算してるかもしれない。

 

 また、おなじ3コマ目では、少女の姿がすこし薄れ、老婆の影が浮かび上がっています。さらにフリップがもたれかかる低木のかたちも、すこし変化していますね。なにに変わるのでしょうか。

 

 4コマ目、老婆が完全に姿をあらわしています。フリップもお姫さまもニモも、だれも老婆のほうを向いていないので、まだ老婆の存在に気づいていないでしょう。低木はダチョウになりました。フリップを見ていますね。ちょっと怖い。

 

 フリップたちはさっきのつづきです。「オレが彼女と話をしたからって、ヤキモチやくことないだろ」「行きましょうニモ! もうこんな人と話していたくないわ」。ニモは「あの子もフリップにつれてきてもらおうよ」と言ってます。ニモはフリップに対しては、たしかにトラブルばかり起こしてるけど邪険にすることもないよな、と考えていると思います。お姫さまと認識のズレがすこしありますね。

 

 5コマ目でとつぜん、ダチョウがフリップを蹴り上げます。フリップのからだは宙に浮いていますが、お姫さまは「サンタクロースに会いにいきましょう。あの人たちもあとからついてくるでしょ」と言いながら、フリップを背にしてニモといっしょに歩きはじめていますので、うしろで起こっていることに気づいていません。

 

 ただ、ニモのセリフを読んでわたしは驚きました。「フリップは、あの子が魔女だってこと知らないんだよね?」。ニモはそのことをいつ知ったんだ...しかも、この言葉はお姫さまへの問いかけですので、じゃあお姫さまも知ってたの? えー、最初から知ってたのかなあ。知らないものとしてお姫さまのセリフを読んでいました。じゃあ結局、フリップだけが真実を知らない、ということなのか。

 

 登場人物がなにを知っていて、なにを知らないのか、というのは、その人物のセリフや感情や行動を解釈するうえで重要ですね。

 

 6コマ目、すでに魔女は少女の姿となり、ダチョウももとの低木に戻っています。少女は「わたし、ラバも自動車も、電車だって見たことないわ」と、とつぜんなんの話? という感じのことをフリップに話してます。フリップは、おそらく内心では「いまなにが起こったんだ!?」と思っているでしょうが、少女に「もっとオレのことを大事にしてくれなきゃ、それぜんぶ見せてあげないよ」と答えています。

 

 ...フリップの「もっと大事にしてくれなきゃ(if you don't take better care of me)」というセリフも気になる。さっきの宙に浮かんだことや、前回の猫の死体について、フリップはじつはこの少女を疑いはじめている? と読者に思わせるセリフだからです。

 

 なんとなく思うのは、フリップは喜劇役者で、「リトル・ニモ」は舞台だ、ということですね。どういうセリフを言えば読者=観客が笑うかを、つまり読者=観客がなにを知っているかをフリップはすでに知っていて、登場人物の首尾一貫性よりも読者が笑えるセリフに重きを置いている。そう考えれば、フリップが少女=魔女という知識を前提としたセリフを発するのもわかる。

 

 みんなすべてを知っていて、知らないふりをして演じているのかもしれないですね。読者の顔色をうかがいながら。