いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

リトル・ニモと満月と氷のドーム

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 1907年1月27日『ニューヨーク・ヘラルド』の「イエロー・キッド」です。

 

 なんといっても、まんなかより下の、縦長のコマ三つ(4・5・6コマ目)に目を奪われますね。コマが三つありますが、背景がつながっているうえにコマとコマのあいだの空白が細いので、三つでひとつの絵のように思えます。一方でコマごとにニモたちが描かれていますので、全体として異時同図のようです。それにしてもなんと広々とした空間か。

 

 最初のコマにもどりましょう。フリップは魔女=少女を指さして、氷の宮殿の家来(スノー)にこう言います。「おれはこれからニモとプリンセスといっしょに行くが、こいつといっしょは嫌だ。こいつを追い出してくれ、じゃないと太陽を呼んで、宮殿を湖にしちまうぞ」。

 

 スノーは、湖にされてはかなわないと「であれば、お嬢さん、あなたには外で待っていてもらうことにしましょう。お姫さまがここにいるあいだ、騒動があっては困りますので。さあ!」と、魔女=少女に命じます。彼女は手をうしろに回したまま、無言でそれを聞いています。そしてこれ以降、彼女は表舞台から姿を消します。彼女がこのマンガからいなくなるのは、ここ数回のエピソードから時間の問題と思われましたが、ついにここでさようならです。別れはとつぜんです。

 

 一方、ニモとお姫さまは、氷の宮殿にいるべつの家来(アイシクル)と面会しています。「ああ、準備は整ったようですね、よろしい!」「ええ、アイシクル! 用意はできたわ」。ニモとお姫さまはあったかそうなコートを着込んで、寒さ対策はばっちりです。

 

 3コマ目、フリップが合流です。「待ってくれ! おれも行く! あのちび魔女は追い払ってきたぜ、あいつめおれにさんざん面倒かけさせやがって、ったく! おまえたちどこに行くんだ、氷の宮殿に行ってジャック・フロストに会うのか? おれも行くぜ、魔女がいなくなってせいせいしたからな」。

 

 お姫さまは「あっ! フリップ! あなた...ええ〜! ずっとお別れだと思ってたのに」と、たいへん残念そうです。たしかに前回のエピソードの最後では、フリップは魔女をつれてどこかへ立ち去ると言っていたのでした。立ち去ったのは一瞬だけでしたね。

 

 ニモは「フリップはここじゃ凍えちゃうよ」と言ってます。防寒具を着ていないことを言ってるのでしょうね。あるいは、とても寒くてからだの動きが鈍るから、あまり悪さはできないだろう、心配することないから同行してもいいんじゃない? という意味かもしれない。いずれにせよ、お姫さまほどには、フリップの到来を嫌がっていない様子です。

 

 ニモの足の先にはすぐ階段があり、一行はこれからこの階段をのぼっていきます。まるで、ニモたちをとらえるカメラが5コマ目の手前にあり、4コマ目が画面の奥から手前にやってくるニモたちを、5コマ目がカメラのすぐ前を通るニモたちを、6コマ目が画面の奥にむかうニモたちを撮影しているようです。

 

 会話はこんな感じです。

 

フリップ「なあ、ここは寒いな、な?」

アイシクル「寒いさ! 凍えて死んじまうぞ」

フリップ「ジャック・フロストはどこだ? もどろうぜ、凍っちまうよ」

お姫さま「もどらないわよ、もどりたいんなら、あなたいっしょに来なくってもいいのよ」

アイシクル「嫌ならこれ以上いっしょにいることはないんだぞ」

フリップ「暖房を入れろよ、じゃないと太陽を呼んでおまえらみんな溶かしてしまうからな、おれを凍えあがらせる(freeze me out)気かよ」

お姫さま「そんなつもりないわ、フリップ」

アイシクル「太陽は呼ばないで! たのむから!」

 

"freeze me out" は「おれを締め出す」とも訳せて、まあそう訳しても意味が通りますね。それと6コマ目のふきだしの位置は、下から順にフリップ→お姫さま→アイシクルで、読み順もこれにしたがっています。マンガによっては、上にあるものを先に読むケースもありますが(というかそれが普通かな)、このマンガの場合は、階段をのぼっている彼らの動きにそって読者の視線も動いていたために、自然と下から上に読んでしまいますね。

 

 4・5・6の三つのコマは、ニモたちがコマの下のほうを歩いていて、縦長のコマのまんなかより上はこの空間の大きさの演出に使われています。5コマ目の手前のカメラは、ニモたちを見下ろすと同時に高い円蓋を見上げています。柱の隙間からは空が見えて、開放感がありますね。空は青く、柱や天井のつららとあいまって、この空間の冷え冷えとした感じを物語っています。

 

 5コマ目のお月さまは、下三つのコマの光源として、これらのコマをひとつにまとめあげています。と同時に、5コマ目の月は3コマ目の月のほぼ真下にあって、3コマ目と4・5・6コマ目もゆるやかにつながっています。3コマ目はこのエピソードの前半と後半を結びつけていて、エピソード全体に統一感が生まれていると思います。

 

 このエピソードは、四方田犬彦『漫画原論』という、マンガ研究に大きな影響を与えた書物にも掲載されていて、たぶんわたしもそれを見て「眠りの国のリトル・ニモ」というマンガに興味を持ち、このエピソードが収録されている冊子(Little Nemo in the Palace of Ice and Further Adventures: Winsor McCay: 9780486232348: Amazon.com: Books)を買った、と記憶しています。だからこのエピソードは個人的に思い出深いですね。