リトル・ニモと海賊王フリップ
1907年4月7日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。
「眠りの国の海軍が砲撃してきたんだ、デッキに出て、やめるよう合図してくれ、そうしないと船が沈んじまう」。海賊の船長が、状況を説明してくれています。ニモたちを鎖で縛り上げていたときとはちがい、船長はからだがだいぶ縮んだように思います。
お姫さまは「わたしたちが乗ってるって、海軍は知ってるのかしら」とすこし不安を感じているようです。フリップはあいかわらず自信に満ちていて、「オレにまかせな! 助けてやるからよ」と海賊たちに言ってます。海賊たちはみな「あいつらこの船を沈めるつもりだ!」「助けてくれ!」とわめきちらし、フリップたちに救いを求めています。
2コマ目、フリップが歩き出しました。デッキに出るのでしょう。船長は「オレたちが海賊だってこと言うんじゃないぞ、友好的にな」とフリップにお願いします。お姫さまも「ほんとうのこと言っちゃダメよ」と念押しします。フリップは「まかせろって言っただろ、静かにしてくれよ! どいつもこいつも。まあ見てな」と、うるさそうですね。
フリップがデッキに上がると、むこうに軍艦が見えます。高性能そうな船ですね、木製の海賊船とはぜんぜんちがう。これでは歯が立たないでしょう。
しかしフリップは「どうしてオレたちを砲撃するんだ? 戦争したいのか?」と、敗者らしい物言いではありません。海賊たちは慌てている様子ですが、声をあげることができません。お姫さまはフリップのガウンに手をのばして「そんな言い方しちゃダメよ!」と言っています。
フリップの声が海軍のほうまで聞こえるとも思えないのですが、軍艦からふきだしが出ていて、こう言っています。「おまえたちが海賊であることも、ニモとお姫さまを捕らえていることも、こちらにはわかっているぞ! 降伏しなければ、おまえたちをみな海の底に沈めてやる!」。ニモたちが乗ってることを知ってるのに、砲撃も辞さない...。大丈夫なのか。
フリップは「やるならやれよ! オレたちゃかまわねえぜ。そら、撃ってこいよ! 沈めたきゃ沈めるがいいさ」と、売り言葉に買い言葉というか、冷静さを欠いているような態度です(それともこれは計算のうちなのか)。それにしても、会話が成立してますね。おたがいの声が聞こえているようです。
海賊のなかには、フリップのことばを聞いて、手で顔をおおう者がいます。お姫さまも「聞いた、ニモ? あいつなに言ってるの?」と、怒っているようなあきれているような、もうこいつはダメだ的な失望をあらわにしています。ニモはなにも言いません。まるで傍観者のようです。
海軍は次のように答えます。「海賊王はわれわれにしたがわず、話をする気さえないようだ、ならば戦争だ、おまえたちは全滅だ」。いや、ニモとお姫さまはどうなるの...? 事態は最悪の展開を迎えそうです。
そして次の5コマ目、砲弾がコマ全体を埋め尽くしています。砲弾は海賊たちに命中し、船はどんどん壊されていきます。前回のエピソードと同様、砲弾はきれいな円形で描かれていて、ものすごいスピードの物体に特徴的なゆがみを見せていません。ニモたちの目が、読者とおなじように砲弾を見ているかどうかは疑わしいです。
ただ、ニモとお姫さまは、あたりで海賊たちがばたばたと倒れていっているところを観察しているようでもあります。自分にも砲弾がぶつかるかもしれないという危機的な状況にもかかわらず、逃げようとしない。夢を見るニモ自身が、自分たちには当たらないようにと夢をコントロールしている、あるいは自分に都合のいい夢を見ている、ということなのかな。飛んでくる砲弾がどのようなものかについての想像力に乏しい、ということなのかもしれません。
フリップは「このあたりに休戦用の白旗があったかな」と、ようやく折れました。なにか策があっての強気発言かと思いきや、まったくアイデアがなかったようです。今回はいいところなしだった。
砲撃がやみ、ニモたちは海軍によって救出されました。海軍の船長は「フリップがそんな衣装なものだから、海賊王かと思ったんですよ、ははは!」と、フリップであることに気づかなかったことを伝えています。いや、だからって全力の砲撃はマズいんじゃないか。
海兵たちは「いや、お姫さまを救うつもりでしたよ」「ニモともお姫さまとも、ずっといっしょにいられるとよいのだが」「そのとおり、それにしても、こんな立派な格好でいるとは思わなかったなあ」と、ニモたちとの再会を喜んでいます。
海賊船は傾いでいて、マストが折れて軍艦のほうへ倒れかかっています。デッキのうえには、海賊が何人か、あおむけに倒れているのが見えます。死んでしまったのかもしれない。しかしニモたちは気にもとめていません。海賊の船長はどうなってしまったのか。
海賊王フリップは「オレのことは気にするなよ! この宝さえ持ち出せれば十分だ!」と、箱をもって海賊船を降りていくところです。とくにだれも気にしてはいないと思いますけれど。