いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

リトル・ニモと銛を打ちこむフリップ

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 1907年4月28日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 紙面の下のほう、空の赤と黄色が目を引きますね。海の青と組み合わされて、色のリズムを感じます。

 

 紙面全体が、コマの枠線とはべつに、何層かに分かれています。まず、1〜3コマ目のなか、通路の背景に描かれている幾何学模様が、三コマの連帯を強めています。とくに下のほうに引かれている数本の横線が、この三コマをつらぬいていて、読者はこの三コマをひとつの単位、ひとつの層として見るよううながされます。

 

 4・5コマ目は海の場面で、両コマはほぼおなじ大きさです。このふたつのコマも、さっきの三コマと同様、左から右へつらぬかれた線があります。つまり、4コマ目の水平線と、5コマ目の軍艦の、上の階層と下の階層とをわける三本の横線です。また、5コマ目のいちばん右端、軍艦と空との境界線は、4コマ目の水平線とほぼおなじ高さにあるので、まるで帯が、まず黄色、次いで赤と、色をかえて4・5コマ目を流れているようです。

 

 そして6・7コマ目です。やはり水平線が両コマをつらぬいています。水平線の位置は両コマのほぼ中央にあり、空が十分なスペースをもっていて、赤から黄色へと色をかえる空の層がひときわ目立ちます。6・7コマ目にはおなじ幅の層がふたつできていますね。

 

 一方で、たとえば6コマ目では、空の層と海の層とが離れ離れになってしまわないよう、両者をつなぐことも行われています。遠景でシンメトリックにたたずむ軍艦の、空高く煙をはきだして堂々としている姿は、背景の赤とあいまってすごく緊張感がありますが、この立ちのぼる煙と、フリップが鯨に突き刺そうとしている銛の向きとが、このコマを縦につらぬく線になっています。

 

 というわけで今回のマンガは、紙面を分割したり連結したりするのは必ずしもコマの枠線だけではなく、絵の描線もまたそのような働きをもつ、ということがよくわかるものになっています。まあ、枠線も描線もおなじ線ですので、当然といえば当然なのですが。

 

 話の内容にうつりましょう。ニモたちは前回、デッキにいたところを荒れ狂う波に流され、水びたしになってしまったのでした。1コマ目、フリップがうしろで「乾いた服がほしいな」と言っていて、そのまえをお姫さまとニモが、髪の毛を乱したまま歩いています。船員は「ええ、いま用意しますので。ちょっとお待ちを!」と、いちばんまえを歩いています。

 

 ニモたちが歩く通路のべつの場所では、ふたりの船員が話をしています。「鯨が近くで潮をふいているんだ。ニモに銛でしとめさせようと思う。すぐに呼んできてくれ」「ニモはいま着替え中ですが、すぐに出てきます。かれらに鯨のことを伝えましょう」。少年が鯨を銛でしとめられるのか、はなはだ疑問ですが、船員たちはニモが冒険好きなことを知っているのかもしれないですね。

 

 3コマ目、りっぱな服に着替えたニモたちは、鯨のことを聞かされます。フリップがさっそく「鯨だと! オレがしとめてやるぜ」とやる気です。やはりいちばんまえを歩く船員が「いまボートを用意しています、すごく楽しめるはずですよ」と、こちらもなんの心配もないようですね。ほんとに大丈夫なのか。

 

 ニモたちはボートに乗り込み、クレーンで海へと下ろされます。デッキで上官が「ニモにやらせてみよう、銛の使い方や打ち込む場所を教えてやってくれ、うまくやれると思う」と船員に話していますが、銛はすでにフリップがもっています。「おれがやる、銛はおれがやるぜ、もう銛もってるし」。遠くでは鯨が潮をふくのが見えます。

 

 ボートは軍艦を離れ、船員がボートをこいで鯨のところまで移動します。お姫さまはさっきの船員の話をちゃんと聞いていて、フリップに対し「ねえ、フリップ! ニモがやるのよ、ニモにやらせなさいよ」と言い、また船員は「だれがやるのだとしても、わたしが合図するまでやってはいけませんよ」と忠告しますが、こうしたことをフリップが聞き入れるとは思えません。

 

 ニモは「フリップがやりたいんならやらせてあげようよ、ボクはかまわないから」とフリップに譲っています。ニモはフリップにやさしいな。フリップは「オレが銛の使い方ってものを教えてやるぜ! おまえは知らないだろうからな、ニモ」と調子にのってます。

 

 で、6コマ目、船員が「まてまて! 正しい場所に行くまで銛を打っちゃダメだ! やめるんだ!」と必死の形相で訴えるのも聞かず、フリップは銛を打ち込みます。そんなわけで次のコマで、みんな鯨にはね飛ばされてしまいます。船員は「だから言っただろ! 鯨の頭のあたりまで行かなくちゃならんのだ!」と、ボートにしがみつきながら飛ばされ、フリップは「くそ、またびしょぬれかよ!」と叫んでます。1コマ目のセリフが効いています。

 

 吹っ飛ばされるボートは、輪郭線がところどころ荒れているというか、いくつか短い線がシャッシャッと引かれていて、またボートと鯨の尾びれとのあいだにも、ところどころ、背景が細く白く抜かれています。どれもボートが吹っ飛ぶ動きを示しています。

 

 鯨の頭のうえに、砲弾のようなものがひとつあります。背景の軍艦が砲撃したのでしょうか(6コマ目とはちがう煙をあげています)。このタイプの砲弾は、標的付近にニモたちがいてもおかまいなしに放たれますね。でも、ボートが吹っ飛ぶ様子をあらわす細かい線が、砲弾の周囲には描かれていません。砲弾にあんまり勢いがないのかな。でもそんな砲撃で鯨がひるむとも思えませんが。