いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットとパパの舌

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 1905年9月13日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 ちいさなこどもがテーブルから顔をのぞかせています。「パパ、ママがね、このはがき(souvenir postal cards)に切手をはってちょうだいだって。親戚にたくさん配るっていってた」ということです。手には、はがきと、切手入りのケース(ケースに「STAM」と書かれているようなので、STAMP 切手かなと)をもっています。

 

 スーベニアっていってるから、家族で旅行にでもいってきたんでしょうかね。パパはこどもにいわれたとおり、新聞を読むのをやめて、切手をなめはじめます。ただ、「このはがき、親戚のひとりひとりに配るのかい、切手が100万枚ほしいぞ、気が乗らないなあ」と、すこしつらそうです。

 

 3コマ目、こどもがまたやってきました。「パパ、これもおねがい。ママがね、次の便で送りたいから、いそいでって」。パパの仕事が追加されたうえに、仕事を終えなくてはならない時間まで、そんなに間がなさそうだということもわかります。

 

 パパの渋る顔が目に入ったのか、次のコマではこどもが、読者からは見えない場所で、「ねえママ、パパにもうおねがいしないでよ、いま用意してある分だけにしてね。これ以上はダメだよ」とパパに気をつかっています。いい子ですね。

 

 しかし5コマ目、こどもは手紙をたずさえてもどってきます。「あの...あとこれだけおねがい、ママがこれにも切手がほしいんだって...わっ、えっ!」。最後のほう、驚いている様子ですね。で、パパがどんな顔をしてるのか見てみると、パパの口からなにか細長いものがのびています。舌ですね。前のコマにもどって見てみると、すでにすこし舌がのびていました。こどもはこの時点で、パパがなにかちがう、と思っていたのかもしれません。だからママに、これ以上はやめてと頼んでいたのかなあ。

 

 それにしてもパパは、まったく表情を変えずに、与えられた仕事を黙々とやりつづけています。こどもは「ママおねがい! もうパパに切手をわたすのやめて! なんかパパこわいよ、見たくないよ、もう十分だってママ!」と、明らかにパパの異常に気づいています。いやあ、目の前の人間があるとき急に舌をのばしだしたら、まあだれだってこわいと思いますよね。しかも相手は自分の親です。この子の将来が心配だ。

 

 それでも7コマ目、こどもはがんばってパパのところにきました。「パパ、もうやめて! もう、あとこれだけでいいから、おねがいだからやめて!」。こどもが叫んでいるあいだも、パパの舌はどんどんのびていて、しかも舌の先がだいぶ肉厚になってきました。むしろ切手をなめにくくなってる。

 

 するとパパはこどもにこう言います、「切手をママのところにもっていくんだ、それでママに、自分ではってくれって言ってくれないか」。なるほど、たしかにパパは冒頭で「気が乗らない」と言ってました。だから、自分は舌をのばすから、ママが切手をそれにつけてくれ、というわけですね。

 

 こどもがとてもいい顔でリアクションしています。いろいろ思うところがあるでしょう。パパはこんなふうに舌をのばせるんだ、しかもそのまましゃべれるんだ、自分もそういう舌なのかな、パパがふつうじゃない、とてもこわい、目の前の舌が気持ち悪い、自分も気持ち悪いんだろうか...などなど、驚異と恐怖と不安がない交ぜになっているところだと思います。

 

 いろいろな思いが頭のなかを交錯したあと、こどもはママにこう言います、「パパがね、残りはぜんぶママがやってだって。パパはとっても疲れてるんだから、ママがやりなさい!」。泣きわめくどころか逆に冷静になっている...いや、というか、もうよくわからなくなったのかな。オーバーフローを起こした結果、とりあえずパパに言われたことをママに言う、というタスクのみ生き残った、という感じです。もちろんママも驚愕しています。

 

 夢オチのコマ、こどもがベッドで「ママ、もうやめて...あ、ああ! 夢か!」と大声を上げ、それに対し「静かにして寝なさい! こどもにはもうレアビットあげちゃダメだよ、ママ!」ということばが、べつの部屋から聞こえてきます。

 

 こどもが主人公なのも、夢を見ているのがこどもなのも、「レアビット」では珍しいです。こどもの夢という点では「リトル・ニモ」とおなじですが、「リトル・ニモ」とだいぶ雰囲気がちがいますね。カラーではなく白黒で、サイズはちいさく、コマ割りは単調と、「リトル・ニモ」よりも見た目のインパクトには欠けますが、「レアビット」には「リトル・ニモ」にはない怖さを感じます。大好きなパパが化物だった、というところが怖いのかな。こどもにとっての親という、完全に信じきっている相手がむしろ異空間への入口だった、というのが怖い。