いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットと有能ビジネスマン

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 1905年12月2日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 たくさんの人がごちゃごちゃいるのが見えますね。ところどころ、黒のベタ塗りのジャケットが映えていて、読者の視線が黒ジャケットにむかいます。

 

 1コマ目の会話はこんな内容です。「ジェイク、きみに商品見本をもって出張してもらうことにしたよ。きみがふさわしいと思うんだ...」「ありがとうございます。販促活動がんばってきます。すぐに荷物をまとめますよ」。社員が新商品の営業で、あちこち行くことになったわけですね。

 

 2コマ目ではたくさんの商品を馬車に積んでます。帽子をかぶった上司が「そろそろかい? 気をつけてな」と見送り、ジェイクは「期待に応えてみせます」と挨拶しています。

 

 ジェイクはフィラデルフィアに到着します。「一流品をそろえてきたし、大きな取引もあるだろう」と自信たっぷりで、ホテルについたら案の定、すでに多くのビジネスマンがジェイクを待ち構えていました。「あなたが来ると聞いたので待っていましたよ」「品物を見せてくれないか」という声があがります。

 

 ジェイクはたくさんのビジネスマンを引きつれる格好で、ホテルのフロントにむかいます。するとフロントから「ホテルの1階はすべてあなた様用です。買い手の方々が何千人とおりますので」といわれます。準備がいいですね。

 

 ジェイクは「こんなに人が押しよせるものだから、しゃべるのも大変だ...このフロアはすべてつかうと思います、ええ」と答えたあと、6コマ目、「応接室A」と書かれた部屋の戸口に「ご注意! 商品展示のため少々時間をいただきます。午後2時までお待ち下さい」という看板をかけました。買い手たちは「押してないよ!」とか「早くしてくれないかな」とかいいながら、さらにジェイクを待ちます。

 

 7コマ目、ジェイクが姿をあらわしました。「みなさん! わたしはここに一週間しかいられません。商品をお見せする時間もあまりありませんがご了承ください。では! 一列にならんでどうぞ」。

 

 8コマ目ではジェイクが電話中です。電話の相手はこう言っています、「建物の検査員によりますと、なかの人が多すぎて床板の横木が折れそうだということです。当ホテルのフロアが重さに耐えきれないのは遺憾ですが、もしよろしければ...」。なるほど、ホテルの人からの電話でした。

 

 ジェイクは「わかりました! ではホテル前の通りに出て行いましょう」と、相手のお願いの内容を察して、すぐに次善策を講じます。9コマ目、「みなさん! 通りに下がってください! 商品見本はすぐに移動しますので!」とジェイク。警察も「早くしてください」と、人びとの退出をうながします。

 

 ところで手前にいるビジネスマンは、なにやら板のようなものを手にして、それを夢中で見ていますね。これが商品見本? それともカタログでしょうか。画面右にいる人は細長い紙を見ているようです。ふたりとも熟読していますね。

 

 10コマ目、ジェイクはふたたび電話です。「もしもし、ライトニング製本印刷所ですか? そうです! 注文帳を10000部、すぐにもってきてください! それから注文帳はあとでまたお願いするからもっと用意しておいて! ああそれとね! 注文を取れる若者を500人よこしてくれるかな! すぐにね!」。

 

 注文帳(order book)というのは、だれがなにをどれくらい注文したのかを記録する冊子ですかね。一冊何ページあるのかわかりませんが、それを10000部とはすごいですね。ジェイクはすこしあわてているようです。近くに立つ警察官によれば「お客さんたちはパニックを起こしかけています、急いでください」だそうで、ジェイクはかれに手のひらを向けています。「わかりました、聞こえています」という意味でしょう。

 

 で、11コマ目です。コマの大きさが倍になって、群衆のとんでもない多さが伝わってきます。ジェイクは通りの角に立ち、次のように大声を上げています。

 

「みなさん! こんなにたくさんの人が一度に買いにきてくれるとは、わたしはほんとうにうれしいです。しかしながらみなさん、みなさんのすべてがご所望のものを手に入れるのは難しいと存じます。みなさん、お待ちの際にはどうぞルールを守って、また迅速なご注文をお願いいたします。制服をきた係の者たちがご注文を受けつけております。ご質問があれば係の者にお願いいたします。本日は誠にありがとうございます!」

 

 ジェイクが立つ演台には「一列にならぶこと!」「ご注文は迅速に!」と貼紙があり、またホテルの壁にそって注文受付所が設置され、ところどころに制服の係員が配置されています。客たちは「押すな」とか「まだか」とか「やあジェイク」とか、いろいろしゃべってます。「魚の目とれた! いてえ!」という声もあります。

 

 そんなわけで、たくさん注文がとれたジェイクは、その注文帳を貨物列車に積みこみます。鉄道会社の人でしょうか、「685台しか車両がありませんが、明日には数千台を用意できます」といってますね。ジェイクは「今週はずっと注文帳を受けつけてますので大丈夫です」と答えています。すでに山と積まれた注文帳ですが、まだまだ増えるみたいです。

 

 ビジネス的には順調そうなジェイクですが、警察の指導も入ります。「通りをふさぎ、交通機関を混乱させ、パニックを引き起こしたのですから、あなたには事業を停止してもらいます」と警官にいわれたジェイクはたまらず「冗談じゃない! そんなことしたら会社が...明日出発しますから!」と返事をします。一週間は金儲けできたはずなんですけれどね。

 

 その後、ジェイクは手紙をもらいます。「ジェイクへ。たくさんの注文を受けとったよ。社長が一息つくまで、君はすこし休みたまえ。君の給料は4倍にしておいた」ということで、会社の上司からですね。じゅうぶんに成果はあったようで、ジェイクも一安心です。「建物がギシギシいってるだって? ハハハ!」

 

 最後のコマ、ジェイクはまだ眠っています。たしかに、これは悪夢ではありませんからね、眠っていたいでしょう。そこに上司がやってきます。「おい! ジェイク、起きろ! レアビット狂なんかいらないんだよ! こら!」

 

 というわけで今回の「レアビット狂の夢」、真に悪夢を見ているのはレアビットを食べた人ではなく、眠るレアビット狂を起こしにやってくる人という、じつに珍しいケースです。ジェイクはほんとうは起きてたりして。