いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

イエロー・キッドのダブルヘッダー

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 1896年4月26日の『ニューヨーク・ワールド』に掲載された「イエロー・キッド」です。そして、このマンガのすぐ下に、

 

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このマンガが掲載されました。新聞一ページまるまる「イエロー・キッド」です。

 

 上から見ていきましょう。ホーガン横丁の子供たちが動物に乗ってレースを繰り広げています。犬、ヤギ、それにおもちゃの馬がいます。画面左上では、少年がガラス瓶を双眼鏡みたいに持ってますが、あれはボケなんだからだれかツッコミを入れてあげてほしい。

 

 このレースは賭け事になっていて、出走者の名前が書かれています。

・「シェヴァリアー(Chevalier)」

・「トリルビー・マクスワット(Trilby McSwat)」

・「バックウィート・ケイクス(Buckwheat Cakes)」...ソバケーキ。

・「ネヴァーウィン(Neverwin)」...なんでこんな名前にしたんだ。

・「イヴェルト(Yvelte)」

・「トニー・パスト・ハー(Tony Past Her)」

・「ビル・ゴート(Bill Goat)」

 などなど。

 

 「シェヴァリアー」の名はイギリスの喜劇俳優アルバート・シェヴァリアー(Albert Chevalier)から、「トリルビー」はジョージ・デュ・モーリアの1894年の小説タイトルから、「イヴェルト」はパリの歌手イヴェット・ギルベール(Yvette Guilbert)から、「トニー・パスト・ハー」は芸人トニー・パスター(Tony Pastor)から、それぞれ採用されたと思われます。どれも同時代の大衆芸能ですね。

 

 「ビル・ゴート」の名前には、チョークでバツがつけられています。マンガ研究者の故ビル・ブラックビアードは「これはきっと、野球死合でボールを飲み込んだヤギのことだ」と言ってます。おもしろい推測です!*1

 

 続いて、下のマンガを。

 

 タイトルに「しろうとサーカス」とあり、画面の右側に貼ってある紙には「ホーガン横丁の著名な道化師ふたり」と書かれています。どうやらイエロー・キッドたちが金持ちのガキども相手に興行に来たんですね。同い年くらいなのに、かたや立派な服に身を包み、かたやその日暮らしの見世物というわけです。くそうブルジョアめ(ひがみ根性)。

 

 でもそういえばわたしも、小学校の修学旅行のときに、旅館で同い年くらいの子がステージで舞いを披露していて、かっこいいなあと思った記憶があります。だからきっとサーカスを見物してる子供たちの笑顔は、きっと純粋に「すごい」「おもしろい」と楽しんでいるはずです。

 

 ところで個人的に気になるのは、右側の壁にあるサル?の落書き(JOHANNA)です。サーカス空間の演出だとは思うのですが、肖像画や見物の子供たちなど、わりと写実的な人物のすぐ近くに描かれているので、デフォルメの落差がすごいです。部屋の中央に転がっているバケツのインクで描かれたのかも。

 

 もしこのサルが、かなり写実的に描かれていたなら、わたしたちはそれを、壁に描かれた絵だと思うんでしょうか。上の肖像画は枠があるし、だいぶ高いところに掛けられているので、すぐに絵だとわかるんですが、枠なしで、見物の子供たちのすぐとなりに写実的なサルがいたら(サルの影も描かれていたら)どうなんでしょう。

 

 それはもう壁の絵じゃなくて、本物のサルが部屋に持ち込まれたんだと思ってしまいそうです。壁に描かれた写実的な落書きのサルの絵と、壁の前でジャンプする本物のサルの絵を、わたしたちは見分けられないんじゃないか。

 

 ということは、このサーカスの状況すべて、だれかに描かれた写実的な絵だということもありうるのではないか...すべてイエロー・キッドの妄想とか...(やばい、病気だ)

*1:R. F. Outcault's The Yellow Kid: A Centennial Celebration of the Kid Who Started the Comics, Kitchen Sink Press, 1995, p.39.