いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

リトル・ニモと自動車の故障

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1908年5月3日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

貧民街からの電話により、ニモは自分の居場所をプリンセスに伝えることができました。実際には、プリンセスと電話越しに話をしたのはメアリーなので、メアリーはニモの居場所を知らせてくれたことの報酬として160億ドルを王宮から受けとるようです。

メアリーは「このお金でみんなを幸せにしてあげられるわ」(4コマ目)と喜んでいます。ニモの魔法の杖によって貧民街にも立派な宮殿が建ちましたが(ニモたちが今いる場所がそれのはず)、これから貧民街の人々にお金をばらまくつもりでしょうか。悪い大人に騙されやしないか心配です。

このエピソードは、どのコマも構図が同じで、画面左下・近景にニモとメアリーがいて、画面右上・遠景から、道が「くの字」を描いて中央までのびてきています。最初の一列で衛兵たちが集まり、次の一列では「眠りの国のプリンセス来たる!」の看板が作られ始めます。

と同時に、フリップとジャングル・インプが自動車で登場です。でも、ニモとの再会を喜ぶ間もなく、自動車がところどころ音を立てて爆発を起こします。最終的にはフリップとインプを吹き飛ばし、ニモたちは「ここにはいられない」と言ってその場を立ち去ろうとします。

「自動車が壊れる」と言えば、「恐竜ガーティ」(Gertie the Dinosaur (1914) - YouTube)の冒頭がそれで、マッケイやマクマナスなど友人たちがドライブ中、自動車がパンクしたので、修理する間に目の前にある博物館にでも寄ろう、ということになったのでした。

自動車の故障というテーマは映画の最初期から頻出のような気がしますが(よく調べてませんが)、このエピソードもそういう目で見ると、近景のニモたちが暗く、また中景〜遠景のフリップたちが明るく描かれていて、まるでニモたちが映画館で明るいスクリーンを見ているようです。すると最下段のコマは、映画が終わったので帰ろうとするところでしょうか。

レアビットと自室に戻れない男

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1906年4月28日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

身なりの良い男性が室内を歩いています。「この街は大きすぎるし目まぐるしくて...でも会議がうまくいったのはよかった。ああ、やっと部屋にたどりついた!」と言っていますので、仕事でニューヨークに来ていて、ホテルに戻ってきたところのようです。

ところがこの後、男性が自分の部屋だと思っていたところがことごとく間違っていて、そのたびに怒られます。「おいおいこの野郎!」「とっととうせろ!」と怒鳴られたり、頭から水をかけられたり。7コマ目で姿を見せている女性は今日の会議で同席していた人のようで、ばつが悪い思いもします。

部屋のドアが無数に並べられていて、迷宮っぽい感じが出ていますね。そしてどのドアも線だけで描かれていて、全体的に白っぽい画面になっていますので、主人公男性の帽子や服の黒い色がよく目立ちます。

同様に、13コマ目の黒く塗られた黒人女性キャラも目立ちます。12コマ目から視線をジャンプさせた先にこのコマがあって、黒人女性キャラの絵としてのおもしろさが急に現れるしくみなのかなと思います。これまで逃げ回っていた主人公男性も、このときばかりはこのキャラを見つめてしまいます。

17コマ目、画面右側に蹴飛ばされた主人公は、ベッドから落ちて目が覚めます。「レアビット食べてこの夢見るの3回目だわ...」と言ってます。同じ夢でうなされるというのはよくありますね。コマの下のほうに「SILAS. THANKS TO EMILE PICK」とあるので、エミール・ピックという名の読者の体験談なのかもしれません。

レアビットとサイラスとミスター・バブル

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 1906年4月26日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 いきなり、作者サイラス(マッケイ)の登場です。左側に立つ男が「えっ、サイラス!」と驚いてます。1906年当時はこんな髪ボサボサだったんでしょうか。1911年の映画「リトル・ニモ」に登場するマッケイはもっと髪が短いですが。

 このままサイラスが今回のエピソードの主題になるのかと思いきや、そうはならず、男が急に「二つ頭のベン・バブルには会ったかい?」と聞いてきます。で、次のコマでそのミスター・バブルが登場です。いわゆるシャム双生児ですね。サーカスやヴォードヴィルに親しんでいたマッケイらしい主題です。

 サイラスは「ぼくのレアビットの夢、すごいでしょ」と自画自賛しますが、どういうわけか、つづけて「どうしてレアビットのスペルを RABBIT じゃなく RAREBIT にしてるの?」と尋ねます。これは、もしかしたら本来はミスター・バブルの台詞なのかもしれませんね。マッケイがまちがえてサイラスの台詞にしてしまったんじゃないかと思います。

 ミスター・バブルの「ふたり」は、「RAREBIT で正しいでしょ」「いやいや RABBIT でしょ」と喧嘩を始め、サイラスが仲裁に入ったところで、サイラスが目を覚まします。仕事中のサイラスでしたが、「レアビットは麻薬よりひどいな...ああ眠い」と、レアビットの食べ過ぎでうまく寝つけなかった様子です。

 最後のコマにはいつものように「SILAS サイラス」の署名があります。このエピソードを描いたマッケイも眠かったのでしょうか。だから台詞の主をまちがえたのかもしれませんね。

(それにしても「ふきだし」という意味の「bubble バブル」の名を持つ人物が現れるエピソードでふきだしのまちがいが起こるというのは...深い意味でもあるのか)

リトル・ニモと電話

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 1908年4月26日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 仲間とはぐれ、ひとり貧民街にやってきたニモは、たまたま出会った病気のシスター・メアリーを魔法の杖で回復させました。さらに、魔法の杖で石くれを電話に変え、シスター・メアリーに「眠りの国の人に電話してほしい」と伝えます。というのもニモと仲間たちは、プリンセスのいる眠りの国の宮殿に戻れなくなっていたところでした。

 

 今回のエピソードは、マンガ全体を見るとすぐにわかりますが、左半分がニモとシスター・メアリーのいる貧民街、右半分がプリンセスのいる宮殿になっており、左右は電話によってつながれています。じつは、宮殿にはすでに、ニモの仲間のジャングル・インプとフリップが戻ってきていました。

 

 ところが、英語を話せないジャングル・インプが電話に出てみたり、ドクター・ピルがフリップを押しのけて電話に出たために喧嘩になったりと、宮殿側がシスター・メアリーの話をきちんと聞いてくれません。

 

 ニモがシスター・メアリーに電話させたのは、自分の懸賞金160億ドルをシスター・メアリーの住む貧民街に与えたいからなのですが、電話での話が通じずどうもうまくいきません。とはいえ、ニモは魔法の杖で、貧民街をきらびやかな宮殿に変えていきます。160億ドルいらないのでは...。

 

 ところで吉見俊哉『「声」の資本主義』(講談社選書メチエ、1995年)によれば、電話の歴史初期に重要な役割を果たした電話交換手という職業は、当時、女性の方が向いていると考えられていたということです。「採用された少年たちは、たしかに電信には詳しくとも、電話コミュニケーションの媒介者としてはまったく不適格であった。彼らは、とても交換台の前で何時間も黙々と坐って作業を続けることには耐えられず、顧客をネタにした冗談をとばし、ついには床の上でレスリングまで始める始末であった」(p.120)。

 

 フリップ、ドクター・ピル、ジャングル・インプの喧騒にうんざりしているプリンセスの姿を見ると、たしかに、男は電話に向いてないと信じられていたのかな...と思わざるを得ません。

 

 でもこれがたとえば「親爺教育」のマンガになると、妻マギーのおしゃべりに夫ジグスがうんざりする、という話になります。電話メディアという軸でマンガをいろいろ見てみると楽しそうだなと思います。

レアビット12号と近況について

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 ひさびさに記事投稿…しかも「レアビットを食べる」記事であります。前回の「食べる」記事がなんと2016年7月12日で、4年以上前でした。この4年のあいだにいろいろありました。

 

 まず2018年、住み慣れた仙台を離れ、熊本で暮らし始めました。熊本! まったく人生なにがあるかわかりません。引っ越ししたのは熊本で仕事が見つかったからで、今年で3年目ですが、まだまだ慣れてない感じがあります。

 

 いまだに驚くのは日の出・日の入りの遅さ。夏至は20時頃まで空が明るいです。職場の同僚に横浜出身の人がいるのですが、その人も熊本に来たばかりの頃は「まだ明るいのにもうお酒飲んでいいの?」と驚いていたそうです。わかる。

 

 一方、冬は夜明けがすごく遅いです。今日も7時頃まで暗くて、早起きしないといけない日は辛いです。しかも熊本の冬の朝は意外と寒い…。

 

 熊本は寒暖差が激しくて、11月の朝晩の寒さは仙台とあまり変わらないのに、昼間の日差しは11月でもけっこう熱いです。朝晩はダウンジャケットがほしいけど、昼は薄手の長袖で十分という感じで、服のチョイスが難しい。ちなみに夏の日差しは熱いを通り越して痛いです。

 

 そして2019年には、ふたり目のこどもを授かりまして、いまは4人家族になっています。ふたり目は男の子で、姉弟の組み合わせです。お姉ちゃんはしっかり弟の面倒を見てくれてとても助かっています。

 

 「男の子は走るし登る」と聞いていましたが、ほんとにその通りでした。ぶつかりもしますし、ときには噛みつきます。両親の体力がどんどん減っていって大変です。いまはもう授乳期を終了しましたが、授乳期は妻の睡眠不足がすごく、日々のタスクをこなすので精一杯で、レアビットを作っている余裕はなかったように思います。

 

 今回、妻が4年ぶりにレアビットを作ってくれました。やはり妻が授乳期を終えて、好きなお酒を飲めるようになって生活に潤いが出てきたのが大きいのではないでしょうか。よかったよかった。

 

 2017年にはけっこうしんどいことがありましたが、2020年は、コロナ禍にもかかわらず個人的にはいまのところ平穏な一年という気持ちが強いです。でも研究成果をもっとアウトプットできればさらによかったな…。毎年同じこと言っててすみません。

リトル・ニモとシスター・メアリー

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 1908年4月19日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 魔法使いニモは、病気の女の子のところに向かっています。1コマ目の情報によれば、この女の子は「この街でいちばんステキ」と評判の子で、名前を「シスター・メアリー」というそうです。修道女のような名前ですね。

 

 2コマ目、ニモは婦人に「あのドアのところに立っているのが彼女のお母さんよ」と言われています。よーく見ると、たしかに戸口のところに赤ちゃんを抱えた大人の姿がなんとなく見えます。

 

 ニモたちはそのお母さんに会うと、ニモだけアパートのなかに案内されます。ぼろぼろの建物ですが、その家賃さえも払うことができずにいることが、3コマ目の「立ち退きを!」の貼り紙から察せられます。

 

 5コマ目、ついにご対面です。しかしシスター・メアリーは弱っていて、薄い布団と一体化しています。

 

 ニモはさっそくステッキを使って、なぜかベッドを豪華なものに変えます。

 

 病気で寝ている女の子を魔法の力で元気にしても、マッケイは急に飛び跳ねる女の子の姿を描くわけにもいかないから、魔法の力をわかりやすく提示するためにベッドの変化を描いたのでしょうか。

 

 でも黄金のベッドになったら、シスター・メアリーは体を少し起こすことができました。その後ニモはさらに、草が伝う天蓋付きベッドにして、あたり一面を白ゆりの花畑にします。透視図法空間が美しいですね。でもお母さんはどこいったんだ...。

 

 シスター・メアリーは「こんなところにいて、体も元気になるなんて、夢でも見ているのかしら」と不思議そうです。対してニモは「夢を見ているのがキミなのかボクなのかわからないけど、ボクじゃないといいなあ」だそうです。

 

 そして次のコマで即座にフラグ回収です。「ね、やっぱりボクだったんだよ! もう!」

レアビットと煙の女たち

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 1906年4月24日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 「さて、一服したら寝るかな。寝る前のレアビットほどいいものはないね」と、おじさんがしゃべっています。いま食べてるのか、それともこれから食べるのか、よくわかりませんが、いずれにしてもいまはタバコ中です。

 

 おじさんは煙を吹かしながら「独身がいちばん」だと言っています。このマンガもそうだし「親爺教育」もそうですが、「結婚生活は男にとって地獄」という考え方がけっこう流行っている印象があります。「自分のお金をファッションに使われてばかりでうんざり」みたいな。マッケイ自身がそんなふうに思っていたフシもあり。

 

 3コマ目、タバコの煙が女性の顔になりました。おじさんは最初「こりゃおもしろい」と笑うのですが、5コマ目になると女性の数が増えすぎて、おじさんもすこし怖くなってきます。「あっちへいけ!」

 

 しかもこの女性たちはどんどん老いていって、中年、さらに老婆へと姿を変えていきます。9コマ目には骸骨になっていて、おじさんを取り殺そうとしているようです。

 

 すでに5コマ目の、おじさんの体が煙で見えなくなってきたあたりからヤバそうな雰囲気でしたが、最後はもうホラー映画のようですね。それにしてもおじさんの体と煙がまじって体の輪郭がぼやけてる様子には、マッケイは上手に描くなあと感心します。