いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

イエロー・キッドとファウスト

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 1897年11月28日『ニューヨーク・ジャーナル』の「イエロー・キッド」です。

 

 「ライアンズ・アーケードのグランド・オペラ」というタイトルがいちばん上にあり、木の柵のうえにはこどもたちが座っています。

 

 このこどもたちの多くは、木の柵のしたでイエロー・キッドたちが「オペラ」を上演中にもかかわらず、おしりをこっちに向けていて、なにか紙を見てますね。「プライベート席/立入禁止」の看板に左にいる少女がこの紙をじっくりながめていて、それから看板の右側では、四人のこどもたちが一枚の紙をとりかこんでいます。オペラには興味がないようです。でも画面右上にいるこどもたちはオペラを見ていますね。そのうちひとりは双眼鏡をもっています。

 

 双眼鏡の先にイエロー・キッドがいます。台にのって、奇妙な帽子とマントをからだにつけ、コントラバスをひいています。寝巻きには「ねえ、かっこいい悪魔だと思わない?」とありますので、これは悪魔コスチュームというわけですね。

 

 双眼鏡からイエロー・キッドまでくる途中に、「ファウスト」と書かれた貼紙があります。どうやら上演しているのは「ファウスト」で、イエロー・キッドはメフィストフェレスです。中央の少年少女(テレンスとリズ?)がファウストとグレートヒェンかな。歌ってるようですね。

 

 中央の貼紙には「背景についてはお詫びします、ダメになってしまいました。コーラスもありません。でもマーガレットなら大丈夫です、糸車はもっていませんが。まあ、すこし練習すれば問題ないでしょ」とあります。シューベルト作曲の「糸を紡ぐグレートヒェン」という歌があるのですが、それを小道具なしで歌うということでしょう。

 

 木の柵には背景が描かれておらず、かわりにこのお詫びの貼紙と、それから「ファウストのプロット」と書かれた貼紙があり、さらにそのあいだに、アレックスとジョージをひっかけた釘がさしてあります。「アレックスのせいで痛いよ」「ジョージにはうんざりしてきたな」と、仲違いをはじめました...。毎回イエロー・キッドからひどい仕打ちを受けつづけているためか、心に余裕がなくなり、友情にひびが入ったのでしょうか。

 

 「ファウストのプロット」を見てみましょう。

 

ファウストは年とった男で、彼と悪魔(メフィスト)は親友だった。メフィストファウストに薬をわたすとファウストは若返り、ファウストはマーガレットに恋をする。

マーガレットのお兄さんのヴァレンティンが家に帰り、(イケメンになった)ファウストをやっつけようとするが、メフィストがヴァレンティンのじゃまをしたせいで、ファウストはヴァレンティンをこてんぱんにしてしまう。

その後、ファウストはマーガレットとの結婚を望むものの、彼女はファウストの友人のメフィストを好ましく思わず、改心して教会へと向かう。

それからいろいろあってマーガレットは逮捕され、トゥームズ*1に入れられ、エイブ・ハンメル*2が呼ばれる...

ああ、なんと悲しい物語か、マーガレットは死んでしまう、だが天使が舞い降りて彼女をつれていき、ファ ウストと悪魔には安っぽい女をあてがうのだ。

幕は下り、客たちはシャンリーズ*3とか、マーティンズ*4とか、ウォルドルフ*5とかに向かう。マーガレットもファウスト も、メフィストも、みんな行く。マックス・ハーシュだっている。

 

 えー、ところどころ、ゲーテの「ファウスト」とだいぶちがう部分がありますね。イエロー・キッドたちが同時代にあわせた翻案をしてるようです。最後の「マックス・ハーシュ(Max Hirsch)」だけ、だれのことだかわかりませんでした。競走馬の調教師でこの名前の人がいますが、19世紀末にはまだ有名じゃないので、ちがうかなと。

 

 画面右下では、「ステージ・マネージャー&プロンプター(俳優にセリフを教える人)」と書かれた札を下げた少年が、ドレスアップした黒人少女に「出ていけ、ヴォードヴィルじゃないんだぞ」と怒っています。いや...イエロー・キッドの衣装とか、アレックスとジョージの存在とか、どう見てもヴォードヴィルの見世物だと思うのですが。