いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

イエロー・キッドとマジック・ショー

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 1898年1月16日『ニューヨーク・ジャーナル』の「イエロー・キッド」です。

 

 「イエロー・キッドがライアンズ・アーケードでショーを行う」というタイトルのもと、イエロー・キッドがステージのうえに立ち、マジックを披露しています。けっこう気味が悪い絵ですね。タイトルのすぐ下に髑髏の影がうかんでいます。

 

 イエロー・キッドの寝巻きには「これって商売のコツだよね(dese is some of de tricks of de trade)」とあります。ボクのパフォーマンスは商売をうまくやる秘訣でもあると言ってるわけですね。ほほう、さっそく見てみましょう。

 

 まずは、イエロー・キッドのとなりにいる黒人少年から。イエロー・キッドは彼の服からニワトリを取り出しています。ニワトリはボリュームがあるので、まるで少年の腹が裂けているようでグロテスクです。少年の口からはハトが数羽とびだしているし。

 

 少年がかぶっていた帽子は頭から離れてしまい、なかからいくつものサイコロが出てきました。トランプもありますね。あとはカミソリ。足下にはすでに卵が落ちています。これだけのものが帽子のなかに入っていたとは。

 

 イエロー・キッドが右手にもっている帽子からも、なにやら落ちてきています。「金塊 gold brick」と書かれていますね。あとはジョージとアレックス。ジョージは「ボクたちも金塊だ」と言っていて、いままで他の金塊とともに帽子のなかに詰め込まれてた悲哀を感じます。

 

 アレックスのことば、We can't stand a ghost of a show という文はいろいろに解せます。「ボクたちショーの幽霊には我慢できないよ」と(髑髏の影が不気味という意味で)読めるし、「ボクたちがショーに立つことはできそうにないね」とも(ショーの主役にはなれないという意味にも)読める。あるいはもっと抽象的に「ボクたちには見込みがまったくない」とも読めます。まあ、いずれにせよ不幸な状況ですね。

 

 髑髏の影のとなりでは、少女が(リズでしょうか)仰向けになったまま空中で静止しています。彼女の三つ編みの先がステッキに結びつけられ、そのステッキはステージ上で自立していてますね。また、ちょっと見えにくいんですが、少女の足首からはおもりがくっついていています。少女のからだが上昇しつづけないように、ということでしょうか。これもイエロー・キッドの仕業かな。

 

 というわけで、ステージ上は超常現象の空間になっていて、観客たちは慌てふためいています。画面下で驚愕の表情をこちらに見せる観客の顔には、思わず視線を止めてしまいますね。「これは驚愕すべきことがらだ」と読者に念押ししているようです。

 

 ただ、画面右端にいるキティ・デュガンは、べつの理由で驚いています。帽子のつばに「まあ! あれって本物の金塊かしら、そうならわたし、明日ミッキーと結婚するわ」とありますので。

 

 画面右上の貼紙を読んでみましょう。

 

 おしらせ

 イエロー・キッドがこれまでで最も困難な離れ業にいどみます...なんと、演者からお金をゲットしようというのです(どの演者からも、いくらでも)。

 追伸・このトリックがうまくいかずとも、だれのせいでもありませんし、もちろんかわいそうな演者のせいでもありません。

 最後のトリックはこちら:どなたか観客が、イエロー・キッドに20ドル紙幣と金の時計をもたせます、すると、なんとイエロー・キッドがみなさんのまえから姿を消してしまうでしょう(これは卑劣なアイルランド的トリックですね)。

 

 ...イエロー・キッドが黒人少年から引き出そうとしているのは、ニワトリでも卵でもなく、お金のようですね。見たところ失敗のようですが、だれのせいでもない、ということなので、だれもイエロー・キッドたちにブーイングしたりしてません。また、最後のトリックは、もうこれトリックじゃなくて窃盗です。

 

 というわけで、イエロー・キッドが言う「商売のコツ tricks of de trade」とは、客をとにかく驚かせ、冷静さを失わせて、詐欺を行う、というふうにまとめられそうです。悪魔ですね。イエロー・キッドの背後の髑髏は、舞台上の演出ではなく、イエロー・キッドを象徴的に示した作画上の演出かもしれない。