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いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットとちっぽけな男と殺鼠剤

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 1905年9月6日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 とても小さな男が立っています。椅子の脚よりも小さい。「どういうわけだろう、昨夜、酒を飲んでさわいでいるところを妻に見つかってしまって、人間こうも小さくなれるのかというほどに小さくなったようだ(I feel about as small as it's possible for a man to feel)」ということで、男は奥さんに怒られたんでしょうね、それで身がすくんでしまった。

 

 男が使っている feel small という言葉、「小さく感じる」という意味ですが、「肩身のせまい思いをする」という意味もあり、この言葉遊びをネタにしたのが今回のマンガになります。

 

 男は次のコマで、「ねえおまえ、昨夜のことは恥ずかしく思ってるよ、どうか許して...」と、奥さんに許しを乞うているのですが、奥さんは「ダメよ! あなたは虫けらも同然なんだから」という感じで、けんもほろろな返しです。よっぽど目に余るばか騒ぎだったのでしょう。

 

 3コマ目、リボンをつけた子犬が、主人を見つめています。顔には影がかかり、表情がよくわかりません。主人は「ああ、ヘコむわ...ほんとに昨夜は最悪だった。ワンちゃんさえ気にかけてくれない...」と、そうとう落ち込んでますね。ペットの子犬がじっさいに主人への配慮を欠いているのかどうかはよくわかりませんが、主人はそう思ってるのでしょう。もしかしたら恥ずかしさのあまり子犬の顔も見れず、犬の顔に影がかかっているのはそういうわけかもしれない。

 

 男は「ちょっと歩いてこよう。どこでもいいから昨夜のことを忘れられるところに」と言って、きれいな調度品を背にし、家を出ていきます。

 

 男は階段の上り下りも必死です。「この階段を下りればすぐ公園だったな」と、公園で気分をリフレッシュしようとしていますね。で、6コマ目で野原に来たら、あたりが虫だらけです。男はそれを見て「ここじゃないな。ぜんぜんダメ」と、虫けらは自分ひとりで十分だということなのか、公園をあきらめます。「べつのところにしよう、繁華街はどうかな」。

 

 男は繁華街へやってきました。道を歩く人の数が多すぎて、いまにも踏まれてしまいそうです。「もうだれも、わたしのことをかまってくれない」。からだが小さかろうとそうでなかろうと、都市の雑踏のなかでは、だれもだれかを気にかけてなどいられません。ここも場所が悪いですね。男はあきらめて「やっぱり家に帰ろう、それで妻に謝ろう、きっと許してくれるさ」と、歩道の縁にすわってつぶやきます。

 

 ところが帰ってくるなり、男は奥さんにこう言われてしまいます、「まあ! 帰ってきたの? ほんと浅ましい人ね」。夫はなおも「たのむ、許してくれ、もう二度としないから...」と食い下がりますが、妻は「ダメよ、ダメです、そんなちっぽけな人」と、夫を許す気配がまるでない。

 

 男は絶望します。妻が「まあ、あの人なにしてるの?」と驚くなか、男は「殺鼠剤」と書かれた缶のなかに入り、「終わりだ! もう終わりだ! 死のう!」と叫びながら毒餌をがつがつと食べはじめます。これ以上の恥をさらしたくない、ということでしょう。妻への復讐ということもあるかもしれない。

 

 この夢を見ていたのは奥さんのほうでした。夫が妻に侮辱され、主体的に死ぬという夢を、妻が見ている。複雑ですね。夢のなかの物語で焦点を当てられていた人物(夫)とはちがう人物(妻)が、その夢を見ていたという形式。

 

 この妻は夢のなかで、自分を夫に投影していたのか。自分が夫なら、主体的に死んでいたはずだということなんだろうか。なーんかこわいんだよな。この夫婦関係が気になります。