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いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットと『レアビット』単行本

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 1905年10月4日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 男が冊子をみながら往来を歩いています。笑ってますね。「ひっひっひ、こりゃひでえ本だな、くくく、こいつの夢はまるでオレの...わははは」。手にしているのは、単行本『レアビット狂の夢』です。1905年に発売されました。中身は、新聞に掲載されたものの再録です。

 

 警官が「ありゃあ、ネジがゆるんでるな」と、こっちに気づきました。ところが、警官が不審者に近づいてみると、かれも『レアビット』のとりこになってしまいます。「うわははは」「ははは、おい、おまえをつれて...へっへっへ、つれてゆくぞ、わかったな...ぐははは」。

 

 男は警察の車に乗りこみます。単行本は取りあげられてしまいましたが、まだ笑ってます。そのうしろでは警官たちが「おまえ、へへへ、その本どこで手に入れたんだよ?」「くっくっく、そいつが...へへ、見てたのさ、いひひひ」と、『レアビット』を見ながら話をしていて、ぜんぜん仕事になっていません。

 

 そのあとも、男と警官たちは笑いっぱなしです。「ここ見てみろよ、がははは」「わはは、こいつ刑務所に入ってるぞ、わははは」「あはははは」。このやりとりから察するに、かれらは、いままさにわたしたちが見ているこのエピソードを見ているのかもしれません。

 

 5コマ目、男は法廷にやってきました。やはり笑いながらですね。職員たちも「これを読んでいたかどで告発します」と笑いながら言っているので、裁判長に「静粛に」と怒られてしまってます。しかし、その裁判長も、次のコマでは「あっはっは、シンシン刑務所での...へっへっ、終身刑を言い渡す、へっへっへ」と、伝染してしまいました。男は「笑いがおさまらねえ、ひー」と、顔をおさえています。『レアビット』を読んで笑っていたら終身刑ですからね、こんな不条理には笑うしかないです。

 

 男はシンシン刑務所(Sing Sing - Wikipedia, the free encyclopedia)の所長のところに連行されます。所長と職員は男のまえで「これ見たことあるぜ、へへ」「こいつのせいでこの男も一巻の終わりですよ...うへへ」と会話していて、もちろんみんな笑っています。で、次のコマで男はすでに囚人服に着替え終わっていて、髪の毛を剃られているところです。「へへへ、あの本のことを思い出すと...ひゃひゃひゃ、もうさ、止まらねんだようほほほ」「まったくだ...へへへへ、オレもあの本のために...ひひ、お務め中なのさあっはっはっ」。仲間だった。

 

 9コマ目などもうやけっぱちになっていて、「へへへ、死ぬまで軽口をたたいてまーす...いひひひひ」だそうです。あたりには joke と書かれたよくわからないものが積まれていますが、「冗談を言う」という意味の crack jokes は、文字通りには「冗談を割る、砕く」ということで、だから砕かれた joke がたくさんちらばっているわけです。めちゃくちゃなネタだな。でもうしろの看守は爆笑です。

 

 このエピソードはもちろん、発売されたばかりの『レアビット』のPRを意図したものだと思います。じっさいには、このブログをご覧になっているみなさんならご存知のとおり、登場人物たちのように爆笑できる内容ではないですが。

 

 『レアビット』単行本は1973年に再版されます。1905年版とは若干の変更点があり、サイズがすこし大きくなった一方、エピソードがひとつ削除されました。削除の理由は、内容があまりに人種差別的だから、というものです(このブログでもじつは紹介してません)。

 

 すべては夢の話なので、登場人物は(かれらの世界の中で)じっさいに終身刑になったり差別されたりするわけではないのですが、「レアビット」は、夢であることを口実に、人間や社会の狂気をどんどん描写してしまっていて、1905年当時でさえ読者は「単純には笑えない...」と思ってたんじゃないかなあ、と思いたい。