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いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットとツイスターさん(一周年)

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 1906年10月13日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 このまえ紹介したチャールズ・マーフィー図像(レアビットと1905年ニューヨーク市長選 - いたずらフィガロ)ですね。冒頭から登場で、となりの女性と会話をしています。「わたしはあなたの妻ですから、あなたの着るものに気をつかわないなんてことはありませんわ。あなたにはいちばんすてきな服を着ていただきたいの」「好きにしていいよ、冬物のスーツを選んでくれ」。

 

 ふたりはさっそく仕立て屋に来ました。「ここは流行りの仕立て屋なのかい?」「そうよ! 最新の服が手に入るわ。きっと気に入るわよ、さあ、なかへ入りましょう!」。

 

 店員は早くも、例の囚人服をもってきました。ただ、だれも囚人服だとは思ってなくて、「ちょっと派手すぎやしないか」「でもみんなこれ来てるわよ」「これは今シーズンとても人気があります」というやりとりのあと、男性は購入を決めたらしく寸法をとっています。

 

 ひとりの店員の「96の98、あと尻ポケット」という声を、べつの店員が「96の98、あと尻ポケット」と復唱するとともに、「こりゃすごい! 漫画みたいになるぞ(He'll look like a cartoon I've seen)」と驚いていますね。漫画みたい、というのはもちろんチャールズ・マーフィーのことでしょう。

 

 夫婦はひとまず帰ります。「あの服はわたしが好きなデザインだったから、うれしいわ。仮縫いはいつなの?」「木曜の2時だ。あれが流行っているとは、みな頭がおかしいんじゃないか」。妻は満足げですが、夫はまだ理解できていないようですね。

 

 仮縫いの日はすぐにやってきました。「肩のあたりは窮屈じゃないですか? わたしからは完璧のように見えますが」「大丈夫だよ」。うまくつくれそうですね。で、夫が帰宅すると、妻が「わたしもおなじデザインのドレスを買うつもりよ、サミーの分もね」と話しています。家族全員の囚人服を用意するみたいです。

 

 夫は「政治家がこの流行をつくりだしたのなら、もうアダムに帰るときが来たな」とつぶやきます。政治家は罪を罪とも思っていない、堕落ここに極まれり、という意味かな。

 

 さあ、スーツが家に届けられたようです。「まあ! すてきね! 着てみてちょうだい、はやく!」「気に入ってくれるといいけどね。でもわたしは好きになれないが」。そして9コマ目、ついに風刺画のチャールズ・マーフィーの姿があらわれました。この図像は紙面の真ん中にあり、新聞読者の注意をこのマンガにひきよせるためのよいポイントになっています。

 

 妻は「ああ、なんてすばらしいの!」と興奮してます。夫は「変だと思うけどね! きみが好きならかまわんが」と無愛想です。こどもは「気をつけてねパパ」といってるんですが、これは、さすがに危ないファッションだよ、ということなのか。

 

 妻は感極まって夫に抱きつきました。「大好きよ! 愛してるわ! わたしとサミーの分も届けてもらわなくちゃ!」。夫はニコリともせず「インディアンにでもなった気分だよ」。わけもわからぬまま、自らを異なる文化に合わせざるをえない気持ちを吐露しているのでしょうか。夫はつづけて「気をつけよう! ほんのちょっとで...」と、謎のことばを言いかけています。なんだこれは。

 

 その後、妻が電話で「6時に届けるっていってたはずなのに、4時半になってもまだ来ないわ。そうよ! こどもの分もあるわよ! すぐにもってきてちょうだい!」と業者を急かします。まだ6時じゃないなら業者はべつに悪くないわけですが、奥さんは待ちきれないんでしょうね。そして12コマ目、家族全員がストライプの服に身をつつみました。

 

 夫のことばは「これは今年いちばんのたいへんな日になったな(It's a pretty day for this time of year)」というものです。pretty「たいへんな」はもちろん「とんでもない、ひどい」という皮肉の意味で使われているわけですが、妻は「すてきな」という意味でかってに解釈してくれて、「そうね、ほんとね!」と会話が通じています。

 

 三人がまずどこへむかったかというと、よりにもよって教会です。「結婚式以来じゃない?」「ああ、そうだったな」と、三人はなかへ入ります。すると、教会のなかには囚人服を着た人でいっぱいで、この家族がぜんぜん浮いていない。

 

 牧師でしょうか、ひとりの男性が壇上でしゃべっています。「こんなにたくさんお集まりいただきありがとうございます」。これから説教をはじめるんでしょう。画面手前の奥さんが「みんなストライプ着てるじゃない...なんなのよもう」と不満をつのらせるなか、牧師はこう言います、「それでは本日の聖書のことばです。気をつけろ!!! チャプスイからシンシン刑務所までほんのちょっとだぞ!(Look out!!! Tis but a step from Chop Sueys to Sing Sing!)」。

 

 これは、タッド・ドーガンの風刺画が念頭に置かれています(https://archive.org/stream/currentliteratur41newyrich#page/476/mode/2up)。風刺画にはキャプションがついており、そこには「気をつけろ、マーフィー! デルモニコスからシンシン刑務所までほんのちょっとだぞ(Look out, Murphy! It's a short lockstep from Delmonico's to Sing Sing)」と書かれているのです。デルモニコスとはマーフィーお気に入りのレストランの名前です。選挙の裏取引の場所というイメージが人々のなかにあったのではないでしょうか。

 

 「レアビット」では、デルモニコスのかわりにチャプスイ(中華料理名)になってますが、タッド・ドーガンのキャプションを受け継いでいることは明白です。そうか、さっきこどもが「気をつけてねパパ」と言ってたのも、パパが「気をつけよう!」と言ってたのも、すべてこのキャプションのことだったわけですね。

 

 牧師はこの家族に近づき、「ご機嫌いかがですか、ツイスターさん(Mr. Twister)」と挨拶してます。ツイスターさんというんですね、心の曲がった不正直者、というわけです。

 

 教会を後にしたツイスターさん一家は、往来でもストライプ柄の服のひとたちに出会います。「あれ、うちの使用人じゃないか? 肉屋といっしょだ」「そうね、わたし嫌になったわ! みんながもってない新しい服がほしいのに」。みんな罪深いんですかね。

 

 人気の風刺画をモチーフとしてマンガを描くというのは、なかなかおもしろいですね。いまではあまり考えられないことです。「人気の風刺画」というものがそもそもないし、仮にあったとしてそれをマンガに描くのって法的に大丈夫なの? という気もする。

 

 マッケイはタッド・ドーガンの承諾を得ていたんだろうか。おたがい近い場所で働いていたから、一言ことわっていたというのはありえますが、漫画家どうしがOKでも新聞社がどう思うか。まあ、マーフィー図像が流行ることは、もともとの風刺画が掲載されたハーストの新聞にとってもけっして悪いことではないけれど。

 

 それに、イエロー・キッドがあちこちにさんざん描かれたのにだれもお咎めを受けなかった点から、この当時、キャラクターの著作権というものがほとんど考慮されていなかったのでは、と考えることができます。

 

 最後のコマ、ツイスターさんはまだ寝てますね。それを妻子が見守りながら会話しています。「パパを起こしちゃダメよ、レアビット食べたら眠くなっちゃったんだわ。あっちへ行きましょう」「パパはレアビットの夢を見てるの?」。起こさないんだ...。夢からさめた人が夢を振り返るんじゃなくて、起きてる人が眠っている人の夢を想像するという結末は珍しいです。