いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットと船に乗り込む男

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 1905年11月8日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 もう、一見して、どんな異常なことが起こっているのかわかりますね。異常事態のかれはなにをしゃべっているのかな。

 

 「ショーはとっても楽しかったですわ」「楽しんでいただけてよかった」という男女の挨拶からはじまります。男性は喜劇俳優か芸人かなんでしょう。

 

 ここからデートに発展するのかと思いきや、そういうわけではなく、男性は「すてきな女性だったなあ」といいつつその場を離れます。というのも「船が出るぞ! 乗らなくちゃ」とかれは急いでいるのですね。

 

 船はまさに出航するところで、男はあわてて飛び乗ります。「ギリギリまにあった!」。ところが船は、片足だけ船に乗せたこの男を無視していて、船と岸のあいだを詰めません。おかげで男は岸と船をつなぐ橋のようになったままです。

 

 「まにあってなかった、片足だけだ、くそ、船が...おーい!」。男は声をあげますが、船はどんどん岸を離れていきます。船の乗客たちも事態にまったく気づいていません。「船を止めてくれ! わたしも乗るから!」「ちょっとそこのひと! たのむから! 船長に知らせてくれ!」。

 

 船が進むにつれて、男の足はどんどんのびていきます。そのためかれが海に落ちることはないのですが、船に乗り込むこともできないままです。8コマ目では上半身が直立していて、むしろ安定感があるとさえ言えます。もしかしたらこういう芸をふだん披露しているのかもしれません。

 

 「これはひどい状況だな、あいつら耳が聞こえないのか...ねえ! ねえってば!」。男はだれにも助けられないまま、足をのばしつづけます。いつかは限界がくるのでしょうか。最後は「死んじまう! たすけて! だれか!」と叫んでます。

 

 この夢を見ていたのは女性でした。最初に登場した女性でしょうか。「ああ! ヘンリーの夢のこと、かれにはぜったい言えないわ!」と顔をおおっています。ヘンリーってだれだろう。彼女と親しいひとなら、夢のことを打ち明けてもいいと思いますけどね。親しくない、むしろ苦手なひとなら、たしかにぜったい言わないけど。

 

 ところで男性の黒いスーツは目立ちます。ほとんどのコマがものの輪郭線しか描いてないので、ベタ塗り部分には注目してしまいますね。男性の足がどんどん細くなっていくのもよくわかりますし、9コマ目の男の上半身がそのまま10コマ目の女性の頭にしゅっと収まっていくみたいに感じます。ものの意味とは関係なしに、色やかたちや大きさの視覚的類似という点だけでつながりを見出せるのがマンガのおもしろいところではないでしょうか。