いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットと派手な帽子

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 1905年6月14日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 特徴的な模様の入った帽子をかぶる男性が、店員にこう言っています、「この帽子、気に入ってるんだけど、まわりの部分がちょっと派手すぎないかな?」。原文は I'm afraid the band is too loud で、直訳すれば「バンドがうるさすぎるのが心配」ですね。たしかに服などのデザイン全体のなかに、色や模様のふさわしくないポイントがある場合、日本語でも「この色がちょっとうるさいよね」といった表現を使うことがあると思います。

 

 店員はもちろん「いえいえ、全然そんなことないですよ! それが流行の最新です」と、客に絶対買わせる気でいます。2コマ目では男性はこの帽子をかぶったまま店外を歩いていますので、帽子店はうまくやりました。

 

 その2コマ目では、帽子の男性の周囲で女性たちが「ねえ聞いて、ステキな音楽が流れてるわ」「ほんと、美しいわね、なんの音楽かしら」と会話をし、またべつの男性が「だれかがきれいな曲を奏でておるぞ」と、すでに小躍りです。帽子の男にはそれが聞こえていないようですが。

 

 つづく3コマ目でも、帽子の男の周囲では「タアアマニイイ、タアアマニイイ」(タマニー?)とか「いっしょにラグタイムで踊ろう」とか、「ステキなワルツじゃない? 死ぬまで踊れるわ〜」とか言いながら、男女が踊り出しています。突然聞こえてきた音楽でみんなおかしくなってしまって、帽子の男はそれをふしぎそうに見ています。

 

 4コマ目で状況が一変します。こんどは、あたりの人々が耳をふさいでいます。あまりに音がうるさく、まるで突風が吹いているかのようで、大きな馬も歩くのが難しいほどです。コマの上のほうには「ブーン(boomb)」と書かれたふきだしがあり、美しい音色というわけではなさそうですね。しかし、やはり帽子の男には聞こえておらず、「みんなどうしたんだ? わたしにはなにも聞こえないのだが」と言ってます。

 

 騒音はいっこうにやまず、往来では「なにを言ってるのか聞こえんぞ、もっと大きな声で言ってくれ!」「だから、今日はとってもうるさいって言ってるの!」と大声を出す人もいます。5コマ目では「ブーン」のふきだしが増えていて、またコマの下のほうには、紙切れでしょうか、なにかが舞っています。音が街を荒らしていますね。

 

 事態はどんどん悪化し、街が崩壊しはじめます。6コマ目でようやく帽子の男にもこの騒音が聞こえ出したようです。「こりゃひどい、なんて騒音だ、耳が聞こえなくなってしまうよ、まるで戦争だ」という帽子の男を、「ブーン」のふきだしがいくつも囲んでいます。

 

 「ブーン」はどんどん増えて、男は「ブーン」をまたぎながら走り出しています。「気が狂ってしまう! この帽子にはもう耐えられない!」と言っているので、この帽子が騒音の原因であるとわかったようです。いちいち言うのも野暮ですが、やっぱり帽子の「バンドがうるさい」のでした。

 

 ただ、最初のうちはみんな踊り出していたので、帽子店の店員が言うように流行の最新をいくバンドにはちがいなかった。踊る人々は「ラグタイム」あるいは「ワルツ」と口にしていましたが、1905年当時に流行していたラグタイムのワルツはないかと探したところ、すぐ見つかりました。ラグタイム王、スコット・ジョプリンの「ベセナ」(Scott Joplin, Bethena)です。落ち着いた曲で、これで踊るのなら和やかなダンスになると思います(Bethena - Scott Joplin Original - YouTube)。