いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットとレスリング・ショー

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 1905年4月5日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 芸人レスラーがライオンと格闘しています。当時のサーカスなどで、見世物としてあったんでしょうかね。いろいろな動物がさまざまな見世物で活躍していましたし、マッケイものちに「恐竜ガーティ」で、自ら描いた恐竜と掛け合いをする芸を行います。

 

 演者はライオンと取っ組み合いをしながら、けっこうしゃべっています。ステージ上なのでお客さんを楽しませようとしてるのかなあと思って、彼の言葉に注目すると、じつは意外なことを言っています。

 

 まず、最初の2コマで「今夜はちょっと頭痛がするので、このへんで切り上げたいのですが、支配人が見てますからね。気合入れて仕事しろってことなんでしょうけど、だからってねえ(I'd like to cut this act a little tonight as I have a headache but I see the manager out there taking a look. If I feel like putting a little ginger in my work he's not to be seen)」と、ステージ上とは思えないことを言ってます。

 

 まだまだ続きます。3〜4コマ目では「いつになったらトークをやらせてもらえるんだろう、約束したのにな。この芸はほんとに疲れるよ。演劇学校で学位を取ったおれが、こんなスタントやることになるとはね(I wonder when he's going to give me that talking part he promised me. I'm awful tired of this part. To think that I who have a diploma from the school of dramatic art doing a stunt like this)」という言葉があります。不満たらたらですね。

 

 演者はまた、将来への不安も口にします。6コマ目はこうです。「このショーもこれ以上ウケないようだと、すぐ打ち切りだろうね。けど来シーズンは人気曲芸師たちがたくさんいるから、このショーよりもっといい芸をやらないと、おれクビだな(It'll be over very soon if the show does not pull a little stronger but these managers are a lot of hot aerialists next season if I haven't any thing better than this I'll carry the hod...)」。なんか演者がかわいそうになってきた。でも、いろいろ愚痴をこぼしながらも、ショーを淡々とこなしていますね。

 

 7〜8コマ目では彼の欲望がシンプルに出てきます。「名声がほしい(I want a rep)」。さらに、「ここには出待ちの女の子がいない(There's no matinee girls outside waiting for me)」。...これ、支配人が見てるんだよね?

 

 もしかしたら、この男の言葉はすべて、心の中の言葉なのかもしれないですね。いまでは、心の中の言葉を表すときに使うふきだし(人物からシャボン玉の泡のようなものが出てるふきだしですね、英語では thought balloon といいます)というのがありますが、20世紀初頭のふきだしは基本的に一種類だけじゃないかなと思います。

 

 一種類ということは、それが発話されたものなのか、心の中の考え事を示すだけのものなのか、状況によるということですね。あるいは、20世紀初頭のマンガの作中人物たちは考え事をするとき、黙ってはいられず、発話しなければならなかった、ということでしょうか。

 

 彼は現状への不満を口に出していたのか、いなかったのか。まあ夢だからどっちでもいいんですが。