いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットと酒と浮浪者

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 1905年8月12日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 浮浪者っぽいふたりが、1コマ目、画面左からあらわれました。前景には大きな樽が口を開けていて、木の板がふたつ、樽のうえに乗っています。そのうえには柄杓があります。樽のなかみはなんでしょう。

 

 浮浪者たちは「オレいわなかったっけ? 酒樽があるから教えてやるってオレいったよな?」「いったいった、おまえのいうとおり、こりゃ酒がたんまり入った樽だわ、ピート」としゃべっています。やはりお酒のようですね。

 

 ふたりは樽のうえに身をのりだします。当然、飲むつもりでしょう。「こりゃマジだぞ、ビル。飲んでみようぜ、いままででいちばんの上物だぞきっと」「ほんものみてえだな、飲もう、おれはもう我慢できねえ」。

 

 そんなわけでピートとビルは樽のうえの板にすわり、柄杓をもって酒を酌んでいます。「おっぱじめようぜ、かしこまることはねえ、飲め飲め」「いつもどおりやらせてもらうぞ、遠慮はしねえ」。

 

 4コマ目でははやくもいい感じに酔っぱらっているようです。ふたりともにこにこ笑って、「相棒、なつかしきあの日々に乾杯だ」「おう、もっと飲めよピート」と楽しそうですね。

 

 ふたりはそのうち、すわってるのが辛くなってきたのか、板のうえで横になりはじめました。会話はなおもはずんでいます。「去年は夜ごと窓から忍び込んで酒を飲んでたっけなあ」「それで思い出したけどルイビルにいたときさ、こんな感じの樽のなかに落ちたんだよ...」。

 

 ピートは、ビルのその発言を受けて、酔っぱらいながらもビルに注意をうながしています。「おい、ここには落ちるなよ、落ちるのだけはダメだ」。ビルも「落ちねえよ、心配すんな、おまえのほうこそ気をつけ...」。めちゃめちゃフラグ立ててますね。で、ビルが「おまえのほうこそ気をつけろよ」と言い終わるまえに、次のコマでピートがフラグ回収です。「どわあ! しまった...ごぼごぼ」「わはは、やると思ったぜ、まったく大したヤツだよ、まるで雄牛だな」。雄牛のように鈍重だ、という意味でしょうね。

 

 しかしピートもただでは転びません。自らの足をビルの肩にかけ、ビルを道連れにしようとしています。「足をどけろよ! どけろっつってんの!」とあわてるビルですが、次の9コマ目を見ると、どうやらビルは落とされたみたいです。

 

 ただ、これでけんか別れすることもなく、宴会はむしろ盛り上がりを見せています。「ぐはは、おめえも落ちたな! まあ楽しもうぜ、このなかにもぐってみたらどうだ」「それが目的かよおまえ、おれを引きずり落とすとは、まったくすげえヤツだな」。ふたりは腕をふりあげて、柄杓を酒にたたきつけているようですね。ふたりのあいだにしぶきが舞っていますが、楽しく盛り上がっている状況を示す記号表現のようにも見えます。

 

 夢オチコマでは、ホームレスでしょうか、男がベンチから落ちています。「チーズケーキを食べるまえに飢死にしちまうよ」と言ってます。ずっと飲まず食わずなんでしょう。そういえば以前、餓死したこどもの話が「イエロー・キッド」にありましたが(イエロー・キッドと哀れなパツィー - いたずらフィガロ)、そこで見られた悲壮感は「レアビット」にはありませんね。この「イエロー・キッド」は社会問題をジャーナリスティックかつ同情的に扱っていた気がします。ホームレスなど低所得者層に関する社会問題は20世紀になっても依然としてあったはずですが、「レアビット」のホームレスを見ても、なんというか、現実と無縁な印象を受けます。