いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットと馬にけとばされる男

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 1905年11月15日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 ひげを生やした男がいます。左の袖を見ると、ところどころ破れていますので、あまり裕福ではなさそうです。ホームレスかな。かれのひとりごとは、「ピッツバーグ行きの貨物列車をつかまえんとなって思ってたけど、王子さまからの手紙によりゃあ、おれにホースショーに行ってもらいたいのか。そんなら行かなくちゃな」です。王子さま...イギリスあたりから王子さまが来てるんでしょうか。

 

 というわけでホームレスの男は、ホースショーにやって来たようです。警官らしきふたりが「あいつ知ってるか?」「ああ、女性騎手の審判で有名なんだ」と話していまして、その界隈では知られた人物のようです。かれは「会場が満員じゃないなら、取りしきるのはごめんだ。おれの奉仕はすごく重要なんだから、座席を無駄になんかできねえだろう」と自信たっぷりです。

 

 男は会場に到着し、すでに競技場のなかにいます。むこうから馬を連れたひとがやってきています。観客席からは「かれがホースショーを考案したんだ」と聞こえてきて、さらに大きな話になってますね。ホームレスの男は「おい、下僕ども! じっとしてるんだ! 聞こえないのか?」と、むこうから走ってくるひとに対してでしょうか、馬から離れるよう指示しています。

 

 その後、男は馬のちかくに立ち、「みなさんにこうしてご挨拶できることをありがたく思います。ではこれから、このサラブレッドを見ていきましょう」とうやうやしく述べます。馬の品評をはじめるみたいですね。

 

 しかし5コマ目、馬は後脚で男をけとばします。「こら! おとなしくしなさい!」。男はめげずに「この馬には優れたところがじつに多くありますな」と馬の品評をつづけていますが、馬は今度は、かがむ男の顔を前脚で踏みつけます。

 

 男は「15セントほどよこせって言ってるのかもしれんな、だけど...」と、賄賂の要求を感じているようですが、あげる気はないようですね。すると馬はムカついたみたいで、うしろの両脚で男を蹴りあげます。それで目が覚めたんでしょう。夢オチ場面では、警官がホームレスを警棒でつついていますね。「起きろ! ここを立ち去るんだ!」と怒鳴っています。

 

 ところで同時代には、フレデリック・オッパーによる And Her Name Was Maud という、ラバが農夫を蹴りあげる人気マンガがありました(And Her Name Was Maud - Wikipedia)。動物を支配してると思っている人間が、その動物に痛めつけられるというのがおもしろかったんでしょうか。でもホームレスが痛めつけられるのはかわいそうですね。

 

 オッパーのべつのマンガ Happy Hooligan でも、主人公の浮浪者が馬に蹴りつけられているエピソードがあります。まぬけそうな男が動物にまでバカにされる、という種類の笑いがいわば「鉄板」だったのだと思います。

リトル・ニモとかれを呼ぶ声

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 1907年9月15日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 前回、ニモとフリップとジャングル・インプは、お姫さまたちと別れて行動をとるようになりました。モルフェウス王に会うつもりが、インプがじゃまばかりしてなかなかかなわず、お姫さまが泣き出してしまったので、ニモとフリップが気を利かせて「会って来なよ、待ってるから」とお姫さまを送り出したのでした。

 

 その後かれらは、宮殿の柱が立ちならぶ場所で待っていると、いつのまにかあたりが森になっていて、木々のむこうから赤い巨人がふたり現われます。ニモとインプはそれに気づいて逃げ出しますが、フリップは巨人たちに気づいていない...前回はそんなところで終わりました。

 

 今回の冒頭、フリップはすでに巨人にとらえられています。「聞けよ! ちょっと待てって! 走るなってば!」とフリップは叫びますが、ニモとインプは振り返ることもなく走っていきます。「聞いてなんかいられないよ!」。

 

 2コマ目、逃げるふたりは森を抜けます。インプはかれの言語でなにかしゃべっていますが、なんて言ってるんでしょうね。「引き離したぞ!」かな。ニモは「助けを呼んでくる!」と言ってます。画面奥には巨人がなおも追いかけてきて、ひとりは「おれからは逃れられないぞ!」とすごんでいます。こわいですね。引き抜いた丸太を片手でつかみながら走ってきてますからね。

 

 ふたりはなおも走りつづけ、ニモは「助けて! だれか助けて!」と声をあげます。しかし、3コマ目は様子がおかしいです。インプの足の先には、干し草用のフォークをもってる男性がいて、なにかを運んでくる女性もいて、ニワトリたちがいます。馬が荷車を引いてあわててもいますね。農作業の人々や動物たちはとてもちいさく描かれているのですが、かれらがちいさいのではなく、ニモとインプが巨大化してしまったのですね。御者こそ「助けて!」と言っているようです。

 

 4コマ目はさらに不思議です。ニモとインプは住宅街にやってきましたが、この住宅街の色調が黄色優勢になっていて、それだけニモとインプのカラーリングが目立ちます。もしかしたらこれは、夕暮れ時、ということなのかもしれませんが、走るニモとインプの影が地面にないということもあり、かれらは背景に浮かんで見えます。

 

 5コマ目は薄い青のトーンで(夜かな)、これもニモとインプの色が目立っている(もちろん、コマの中央に大きく描かれているせいで目立っているということもあります)。ただ、今度は影が描かれているので、かれらがどこに立っているのかわかります。街の中心部っぽいですね。画面左下の大きな建物には「キャンディ・おもちゃ」と書かれていますので、商店街なのでしょう。

 

 ニモはとつぜん「だれ? だれかがぼくを呼んでる!」と、画面右上のほうを見つめます。だれなんでしょう。夢オチの場面では「ニモ、はやく寝なさい!」と家族のだれかに言われていて、ママかパパがニモを呼んでいたわけですが、眠りの国ではだれに呼ばれてるんでしょうね。つかまったフリップのことも気になるし、次週が待ち遠しいです。

 

 あらためて各コマを見比べてみると、ニモとインプは徐々にからだが大きくなっています。3コマ目では中景にいたのが、4・5コマ目では前景に描かれていて、遠近法的な点でからだが大きくなっているというのもありますが、と同時に、前景に描かれている2コマ目よりも中景の3コマ目のニモたちのほうが大きい。

 

 また、地上の人々や建物の大きさと比較してみても、3コマ目のニモたちは小屋よりすこし大きいくらいだったのが、5コマ目では四五階建てのビルくらいの大きさになっています。もはや赤い巨人たちと同じくらいの背の高さになっているのかも。

リトル・ニモと柱廊の巨人

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 1907年9月8日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 4コマ目以降、立ちならぶ柱がだんだんと木々に変化していく様子が大胆に示されています。まずはその前段階をみていきましょう。

 

 ニモたちはモルフェウス王に会うためにこの宮殿へやってきたわけですが、いつもいつもジャングル・インプがじゃまをして、なかなか会うことができません。前回はジャングル・インプが部屋の照明を消してしまい、あたりがなにも見えなくなったのでした。

 

 今回の冒頭では、もはや王様の姿はありません。ジャングル・インプの教育係であるフリップは「彼女をお父さんに会わせてやってくれよ、おれらは外にいるからさ」と、責任を感じているような発言です。ニモも同調し、「そうだね、戻ってくるまで、ぼくたち外で待ってます」とキャンディに告げています。

 

 ドクター・ピルはお姫さまをエスコートします。「泣かないでくださいませ」。お姫さまは「パパに会いたいのに...」と顔をおおっていますね。あの強気なお姫さまが泣いてしまうとは。苛立ちや悲しみが頂点に達してしまったんでしょう。

 

 そんなわけで、お姫さまとドクター・ピルは退場します。キャンディも「すぐ戻るから着替えておいて!」とニモに言い残し立ち去ります。かわりに、ニモたちの前には背の高いひとがやってきて「こちらです、舞踏会用の服に着替えてください」と話しています。

 

 3コマ目、さっそく着替えました。ピエロのような服で、正装とは思えませんね。フリップも「これが舞踏会用の服なのかよ」と怪訝そうで、ジャングル・インプも笑ってます(かれは着替えないのか)。

 

 着替えを用意していた背の高い男は「あちらの柱廊でお待ちください、迷子にならないように!」とニモたちに伝え、着替えたニモたちは言われるまま柱廊にやってきます。それが4コマ目ですね。

 

 フリップは「この柱は黄金か、それともただの真鍮かな」と、柱が何でできているかを考えられる余裕がありますが、ニモは「わかんないけど、ここはすぐに迷子になりそうだね」と不安げです。たしかに、ニモたちが見上げているあたりは縦線が密集していて、柱と柱の境目がわかりにくくなっています。空間把握がやりにくい場所ですね。

 

 「迷子! ねえよ! 行ってみようぜ」「むこうでお姫さまを待つよう言われてるよ、戻ろうよ」。フリップが画面右にどんどん進もうとするのを、ニモが止めようとします。5コマ目は4コマ目とくらべて、色合いがすこし青みがかっています。また柱の線が直線ではなく、がさがさ揺れています。床には短い縦線がたくさん描かれていて、草のようですね。ジャングル・インプだけがそれに気づいています。

 

 6コマ目になるとさらに青みを増し、柱には茶色の筋が描かれています。木々になってきました。フリップはなおも「行こうぜ、すぐに戻れるさ、怖じ気づくなよ!」と、べつの場所に行こうとしていますが、ニモは「これ以上遠くには行けないよ、戻ろうよ」と怖がりはじめています。

 

 ジャングル・インプは柱の根元をなでていますね。景色の変化をさわって確かめようとしているのか。この景色の変化は、ニモの不安が引き起こした幻覚であるわけではなく、客観的に起こっている現実なのだということが、ジャングル・インプのしぐさによってわかります。

 

 7コマ目、赤い肌の巨人があらわれました。「ぼく帰る! なんかやってくるよ!」。ニモは一目散に画面左に走っていきます。フリップは「どうしたんだ、なにも来てねえよ」と言っていますが、ジャングル・インプも驚いていますので、やはりこの巨人たちは実際にここにいるようですね。この森に棲んでいるんでしょうかね。こんなに木が密集している場所に、いづらくないのかな。

 

 ところで、これ以降「リトル・ニモ」の物語は、ニモとフリップとジャングル・インプの三人がメイン・キャラクターとなります。お姫さまにかわってジャングル・インプがレギュラーになるわけです。大変なことですね。これまでは、お姫さまがリーダーシップを発揮して厄介ごとを避けようとしていましたが、そのブレーキ役のお姫さまにかわりアクセル役のジャングル・インプが入ってくるのですから。三人の少年の珍道中が楽しみです。

レアビットとクラップス

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 1905年11月11日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 ふしぎな絵ですね。大きなサイコロがふたつ、「証券取引所」と書かれた建物の屋上から落とされています。屋上にはふたりいますね。

 

 「おまえ、おれとおなじ額を賭けてばっかりだな、今度は1000か、おまえもう50万おれに借りてんのよ? わかってんの?」「わかってるさ、おれは何度だって同額を賭けるぜ、次の1000こそ勝つ!」、という会話です。

 

 投げたふたつのサイコロの和が7になれば勝つ、というルールのゲームは「クラップス(craps)」と呼ばれます。わたしも詳しいルールは知りませんが、カジノで人気のゲームらしいですね。

 

 サイコロが落とされました。むかって左の男が「来い! 7だ! 来い!」と声をあげます。サイコロはまっすぐ落ちて、見事、1・6が出ました。「っしゃあ! 勝った! もっとやるか?」「やるとも、まだ金はある、流れはかわるさ」。

 

 サイコロはクレーンで引き上げられ、次のゲームに入ります。負けたほうが「次は10000だ」って言ってまして、賭け金が10倍ですね。相手は「もしこれで勝てば、おまえから20000勝ったことになるな」ということですが、負けてるほうは意に介さず、ゲーム続行です。

 

 「来い! 7だ! 7! 金はおれのものだ!」。そして7コマ目、5・2が出てますね。またしても7でした。「また勝った! 7だ! どうだい?」「くそう、残念だ。あのサイコロ、いんちきなんじゃないのか。さあ次だ」。サイコロの不正を疑いつつも、まだやるつもりですね。破滅への道をひた走ります。

 

 「おれはおまえを破産させたくないんだよ」「気にするな、さあ、次こそ運命を左右するときだ。おれは全財産の500万を賭ける」。大勝負に出ました。

 

 「やるぜ、こんどは500万なんだな?」「サイコロを転がすんだ! 有り金ぜんぶ賭ける、また7ってことはないさ!」「来い! 7よ!」「あと100万賭けてもいいぜ、もう7はないよ! まだ帽子と、靴と、シャツもあるし、宝石もある! 妻ももってるんだ...」。証券取引所(stock exchange)というか、所持品をどんどんお金に変えていく場所のようですね。妻さえも換金される所持品みたいです。

 

 11コマ目、ついにゲームの終わりです。またしても7が出て、勝者が「やった! さあ、金を払うんだ」と無慈悲に相手に告げています。敗者は「なんてこった。キツいなこれは。たしかにおまえの勝ちだ、すっからかんになっちまった。お寒い状況ですよ、どうすりゃいいんだ...」と敗北宣言ですね。

 

 それにしても、建物から落とされる巨大なサイコロというのは、不思議な感覚ですね。登場人物は小さくて、まるでボードゲームの盤上を舞台にしているかのようです。マンガ全体を見渡してみると、サイコロが生き物みたいにころころと跳ねているみたいに見えるし、じつはこのマンガの主人公はサイコロ自体なのではと思えます。

レアビットと船に乗り込む男

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 1905年11月8日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 もう、一見して、どんな異常なことが起こっているのかわかりますね。異常事態のかれはなにをしゃべっているのかな。

 

 「ショーはとっても楽しかったですわ」「楽しんでいただけてよかった」という男女の挨拶からはじまります。男性は喜劇俳優か芸人かなんでしょう。

 

 ここからデートに発展するのかと思いきや、そういうわけではなく、男性は「すてきな女性だったなあ」といいつつその場を離れます。というのも「船が出るぞ! 乗らなくちゃ」とかれは急いでいるのですね。

 

 船はまさに出航するところで、男はあわてて飛び乗ります。「ギリギリまにあった!」。ところが船は、片足だけ船に乗せたこの男を無視していて、船と岸のあいだを詰めません。おかげで男は岸と船をつなぐ橋のようになったままです。

 

 「まにあってなかった、片足だけだ、くそ、船が...おーい!」。男は声をあげますが、船はどんどん岸を離れていきます。船の乗客たちも事態にまったく気づいていません。「船を止めてくれ! わたしも乗るから!」「ちょっとそこのひと! たのむから! 船長に知らせてくれ!」。

 

 船が進むにつれて、男の足はどんどんのびていきます。そのためかれが海に落ちることはないのですが、船に乗り込むこともできないままです。8コマ目では上半身が直立していて、むしろ安定感があるとさえ言えます。もしかしたらこういう芸をふだん披露しているのかもしれません。

 

 「これはひどい状況だな、あいつら耳が聞こえないのか...ねえ! ねえってば!」。男はだれにも助けられないまま、足をのばしつづけます。いつかは限界がくるのでしょうか。最後は「死んじまう! たすけて! だれか!」と叫んでます。

 

 この夢を見ていたのは女性でした。最初に登場した女性でしょうか。「ああ! ヘンリーの夢のこと、かれにはぜったい言えないわ!」と顔をおおっています。ヘンリーってだれだろう。彼女と親しいひとなら、夢のことを打ち明けてもいいと思いますけどね。親しくない、むしろ苦手なひとなら、たしかにぜったい言わないけど。

 

 ところで男性の黒いスーツは目立ちます。ほとんどのコマがものの輪郭線しか描いてないので、ベタ塗り部分には注目してしまいますね。男性の足がどんどん細くなっていくのもよくわかりますし、9コマ目の男の上半身がそのまま10コマ目の女性の頭にしゅっと収まっていくみたいに感じます。ものの意味とは関係なしに、色やかたちや大きさの視覚的類似という点だけでつながりを見出せるのがマンガのおもしろいところではないでしょうか。

リトル・ニモと電気を消すジャングル・インプ

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 1907年9月1日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 ニモたちは王様との謁見をはたそうとしているところですが、ジャングル・インプにじゃまされてなかなか先へ進めません。そのことにようやく気づいたのか、屈強な従者がジャングル・インプに「おまえは出ていけ!」と告げています。ただ、フリップが「こいつが入れないんならおれも出ていくさ」と言ってますので、インプはこのまま同行するのでしょう。

 

 キャンディは「すてきな時間になると思うよ」と言って、ニモに期待をもたせています。が、ニモはキャンディのほうを見ず、すこしうつむいていて、浮かない表情ですね。

 

 屈強な従者は、インプをかばうフリップに対し「ならおまえも出ていけ!」と命じます。すると、最近ぜんぜんしゃべっていなかったニモは急に「かれがダメならボクもいかないよ」と従者に話しかけました。ニモはいつもは周囲に対して受け身の姿勢なのに、ときおり積極性を見せることがありますね。しかも多くの場合、積極性はフリップをかばうときに発揮されます。

 

 従者は「じゃあおまえもこいつらと出ていけ!」と、ニモにまで退出するよう言っていて、さすがにお姫さまが割って入ってきました。「ダメよ! 電気をつけてちょうだい、みんなで行きますから」。なるほど、いまは電気がついていないのね。だから背景に色がなかったのか。

 

 キャラクターたちには色がついていますが、かれら自身にはこの色があまり見えていないのかもしれません。薄暗くて。読者には見せてくれています。

 

 従者はコマのいちばん右に移動し、「電気(electric light)」と書かれたつまみに手をかけます。明るくするのですね。どうやらみんな王様のもとへ行けることになったようです。「まったく、あのゴリラにしたがってたら、だれも中に入れねえとこだったぜ」「さあ、モルフェウス王のところへまいりましょう」「そうね、わたしとてもうれしいわ!」。

 

 5コマ目、室内が明るくなると、王様が見えました。ニモたちのいたところのそばに、上にのびる階段があって、その上に玉座があり、王様が足をのばしてすわっています。天井には大きなシャンデリアがつるされてます。...これ、地震とかあったら、天井からシャンデリアが落ちて王様にあたるとか、あるいは「階段落ち」とか、ともかくあまり安全でなさそうな場所ですね。こんなところで王様はくつろげるのか。たいした胆力だ。

 

 下々の者たちは、「この階段のぼらなきゃいけないのかよ」「そう機嫌悪くしないで、フリップ」「王はまだこちらに気づいていらっしゃらない」とかしゃべってます。たしかに王様は下を見ておらず、お付きの者となにか話をしてるのかな。

 

 でも6コマ目では、王様も下々の者たちも、まっすぐのびる階段に沿って、視線を上下に飛ばして挨拶しています。「やあ、こどもたちよ!」「よお! 調子はどうだい? ちょっと下りてこいよ」「陛下、ごきげんよう」「パパ! やっと会えたわね!」。

 

 ただひとり、ジャングル・インプだけは、王様よりも電気のスイッチのほうに気をとられています。かれが立つ場所からは王様が見えず、また王様もインプが見えない。だれからなにが見えるか/見えないか(だれがなにを知っているか/知らないか)を、読者が一コマ見てすぐにわかるようになっています。舞台的な演出なんでしょうかね、こういうのは。

 

 インプがスイッチにさわってしまったことにより、あたりは真っ暗になりました。「こんどはインプがなにしたの?」「やつめ電気を消しおったな!」。真っ暗とはいえ、読者にはかれらの姿がある程度見えています。画面中央で驚くニモと、「やべえ」という表情のインプがともにこちらを向いていて、喜劇的です。

 

 姿の一部だけは見えていて、あとはべた塗りっていうこのマンガ表現は、いつからあるのでしょうね。このコマでは、キャラクターのからだの一部がべた塗りされて真っ黒な背景に溶け込んでいる表現のおもしろさを示すために、各キャラクターのからだが本来どこにあるかも示されています。つまりキャラクターが平面上にならべられている。

 

 一方で、お姫さまの姿はドレスまで描かれほぼ完全に見えていて、ドクター・ピルがドレスの奥にいることができる、つまり、ここが三次元空間である(手前と奥がある)ことの表現をマッケイは忘れていません。べた塗りのおもしろさと物語世界の連続性がともにあらわれているコマですね。

リトル・ニモと号泣するジャングル・インプ

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 1907年8月25日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 ニモたちが階段を上がっています。フリップが「ここはなんていうんだ?」と聞くと、キャンディが「喫煙の間だよ。静寂の寺院ともいうよ」と答えています。先頭を歩くのはドクター・ピルで、「王様のところにいこう、われわれをお待ちだ」とみんなを率いています。

 

 いちばんうしろはジャングル・インプですね。かれはこれまでいろいろといたずらしてるわけですが、にもかかわらず、だれも自らの視界にはいるところにジャングル・インプを配置していません。

 

 2コマ目、執事っぽいひとが登場です。「モルフェウス王は静かに喫煙を楽しんでおられる」とのことで、立てた人差し指を口にあてて、静かにするようニモたちに伝えています。ドクター・ピルも「ならば王のじゃまをしてはいかんな」と、歩みをとめます。ここで待機ですね。

 

 でも、静かにするよういわれてもそうはしないのがフリップであり、またジャングル・インプです。フリップは反抗的に「じゃまをしてはいかんだと? 中に入っておれらが来たと伝えようぜ」といって執事たちを困らせます。「王がわれわれに気づくまでは、音をたてちゃいかん」「息も止めてください」。

 

 ジャングル・インプのほうは、フリップがもってるステッキに注目しています。いたずらするつもりでしょう。まわりの話を聞かず、まわりに反対することもせず、ただやりたいことをすぐにやってしまうというのは、フリップよりも対応が難しいですね。

 

 フリップはなおも「中に入ればおれらに気づくんだからいいじゃねえか!」と抗弁します。執事は「ダメダメ! 王様がお休みのときに音をたててはダメなんです!」とあわてて反論です。ジャングル・インプは、フリップの全体重を支えているステッキを見ながら、片足をあげてます。

 

 すると5コマ目、インプはステッキを蹴り上げ、フリップを転倒させてしまいました。執事は「しーっ! しぃーっ! し、しずかにしてくれ!!」とさらにあわてています。ドクター・ピルも「だれだ? しーっ!」と怒ってます。

 

 もちろん怒っているのは執事とドクター・ピルだけではありませんで、フリップがすかさずステッキを手に持ち、ジャングル・インプめがけて振りおろそうとします。執事は「しずかに! しぃぃーっ!」とかけよりますが、激怒のフリップは無言でインプの頭を打ち、インプは驚きの表情です。

 

 「やめろ! やめて! しぃーっ!」と、執事はもう叫んでるようですね。静かにしなくちゃいけないといっていた執事が静かにしてません。それとも、じっさいにはそれほど大声でもないのかな。大声の気持ちというだけかもしれない。

 

 いまのマンガだったら、大きな字で大声を表したり、あるいはふきだしの線を破線にするとかして「大声を出したい気持ちだけど小声」を表したりすると思うんですけど、「リトル・ニモ」の時代のマンガはさすがにそこまで表現が細かくないですね。

 

 フリップの「しつけ」を見て、ドクター・ピルは「わたしの薬ケースはどこだ?」ときびすを返しています。8コマ目ではジャングル・インプが「うおぅうおぅ」と叫んでいて、となりでキャンディが「泣かないで」となぐさめています。インプがふきだしを使うのははじめてかな。ドクターは「アルニカはどこだったかな」と炎症薬をさがしています。

 

 この間、お姫さまはずっと進行方向にからだをむけたままです。視線はうしろのフリップたちにむけていますが、からだは前をむいてます。他のキャラクターたちはみんなフリップやジャングル・インプのほうにかかずらってしまいますが、このお姫さまのからだの向き、またお姫さまの「いつになったらパパに会えるのかしら」というセリフがあるので、騒ぎの「足止め」感がありますね。と同時にお姫さまのクールな性格がわかります。

 

 ジャングル・インプはここで、キャンディやドクター・ピルにも自らの存在をはっきりわからせることができました。お姫さまはまだ認めていないかもしれませんが、インプは今後、ニモたちの仲間と認識されるんじゃないでしょうか。前回インプは周囲にほとんど無視されていましたので、よかったよかった。