いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットと23スキドゥ

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 1905年11月4日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。ちょうど111年前。

 

 ふたりの男性が立ち話です。「ああ、選挙じゃ賭けに負けたさ。忘れてくれりゃよかったのに」「忘れるもんかよ、おまえには責任をはたしてもらうぜ。ついてきな、化粧するから」。選挙とは市長選のことでしょう。だれが勝つかで、賭けが行われていたんですね。

 

 2コマ目、賭けに負けた男はさっそく風変わりな格好です。「なんだよこの化粧は。なにをさせようっていうんだい」「まあまあ、すぐ終わるから。もちろん賭けに負けた責任をとってもらうのさ、あれだけ自信たっぷりに勝つって言ってたんだからな」。この格好は、サーカスにでも登場しそうな、おめかししたサルですかね。

 

 ふたりは往来を歩きます。「さあ、フラットアイアンビルだ」と言う男は、賭けに勝ったほうですね。手回しオルガンを背負っています。そのそばを歩くのが賭けに負けたサルです。「なあ、やめようぜこれ。べつの方法で責任とるからさ、な、やめよう」とすでに逃げ腰ですが、わざわざサルっぽく歩いてますね、感心です。ふたりの姿は当時の典型的なストリートオルガン奏者でした(イエロー・キッドとカナル・グランデ - いたずらフィガロ)。

 

 オルガン奏者はサルをつれてフラットアイアンビルまでやってきて、サルにビルをのぼらせます。「さあ、のぼれ!」。どうやらこれが責任のとり方のようです。サルは従順にのぼりはじめます。周囲では「サルなの? ひと?」とか「あのサルすげえな」とかいう声が聞かれます。オルガン奏者は「そのままのぼるんだ! 気合い入れていけ!」と容赦ないですね。

 

 6コマ目、すでにとなりのビルの屋上付近までやってきたサルは「疲れたよ、下りるぞ」と言いますが、オルガン奏者は許しません。「のぼれ! おまえ、負けたらフラットアイアンビルの最上階までのぼって1ペニーとってくるって言ったんだからな」。なんで賭けでそんなこと言っちゃうかな...。ちなみにフラットアイアンビルは高さ87メートル、22階建てだそうです(Flatiron Building - Wikipedia)。

 

 サルはがんばってのぼりつづけ、ついに最上階にたどりつきます。地上からは「1ペニーもってこいよ、そうすりゃOKだ」というオルガン奏者の声。数十メートル下のはずですがはっきり聞こえてますね。

 

 サルは窓から中をのぞき込み、「1ペニーいただけませんか? 賭けに負けたもので」と、室内のひとに声をかけます。

 

 するとおばさんがほうきをもって身を乗り出しました。「1ペニーだと? サルめ、こっから出ていけ!(Skiddoo!) 厚かましいやつだまったく!」。サルはあわてて「サルじゃないんです、ひとです! 賭けに負けたんです!」と窓辺から離れました。いやもうすごい技術ですね。地上では「1ペニーとってこなけりゃおまえの負けだぞ!」と言ってます。ここでさらに負けたら、またなにかべつのことを、たぶんもっとひどいことをやらされるでしょう。

 

 ほうきをもったおばさんは「Skiddoo」と言ってサルを追い払うんですが、フラットアイアンビル周辺には「23スキドゥ」と呼ばれる連中がいました。このビルが立つ23番通りは風が強く、女性のスカートがめくれて足首があらわになり、それをのぞき見て楽しむ男どもが発生してたのですね。このどうしようもないやつらが「23スキドゥ」です(23 skidoo (phrase) - Wikipedia:ことばの由来には諸説あり)。警官がよく追い払っていたようで、そういえば3コマ目に警官がいます。

 

 10コマ目のおばさんは「こっち来んな!」と、サルをほうきで叩きつけようとします。まったく話が通じてないですね、警官より怖いかもしれない。サルはあきらめ、「ダメだ、飛び下りよう」とつぶやいています。心なしか、目の焦点が合っていないような...。

 

 「もうつかまってられないよ」と身を投げたサルは、気づいたらベッドから落ちているひとでした。自ら死を選ぶことでようやく曲芸と暴力の恐怖から解放されるというのは、ほんと悪夢ですね。

レアビットとツイスターさん(一周年)

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 1906年10月13日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 このまえ紹介したチャールズ・マーフィー図像(レアビットと1905年ニューヨーク市長選 - いたずらフィガロ)ですね。冒頭から登場で、となりの女性と会話をしています。「わたしはあなたの妻ですから、あなたの着るものに気をつかわないなんてことはありませんわ。あなたにはいちばんすてきな服を着ていただきたいの」「好きにしていいよ、冬物のスーツを選んでくれ」。

 

 ふたりはさっそく仕立て屋に来ました。「ここは流行りの仕立て屋なのかい?」「そうよ! 最新の服が手に入るわ。きっと気に入るわよ、さあ、なかへ入りましょう!」。

 

 店員は早くも、例の囚人服をもってきました。ただ、だれも囚人服だとは思ってなくて、「ちょっと派手すぎやしないか」「でもみんなこれ来てるわよ」「これは今シーズンとても人気があります」というやりとりのあと、男性は購入を決めたらしく寸法をとっています。

 

 ひとりの店員の「96の98、あと尻ポケット」という声を、べつの店員が「96の98、あと尻ポケット」と復唱するとともに、「こりゃすごい! 漫画みたいになるぞ(He'll look like a cartoon I've seen)」と驚いていますね。漫画みたい、というのはもちろんチャールズ・マーフィーのことでしょう。

 

 夫婦はひとまず帰ります。「あの服はわたしが好きなデザインだったから、うれしいわ。仮縫いはいつなの?」「木曜の2時だ。あれが流行っているとは、みな頭がおかしいんじゃないか」。妻は満足げですが、夫はまだ理解できていないようですね。

 

 仮縫いの日はすぐにやってきました。「肩のあたりは窮屈じゃないですか? わたしからは完璧のように見えますが」「大丈夫だよ」。うまくつくれそうですね。で、夫が帰宅すると、妻が「わたしもおなじデザインのドレスを買うつもりよ、サミーの分もね」と話しています。家族全員の囚人服を用意するみたいです。

 

 夫は「政治家がこの流行をつくりだしたのなら、もうアダムに帰るときが来たな」とつぶやきます。政治家は罪を罪とも思っていない、堕落ここに極まれり、という意味かな。

 

 さあ、スーツが家に届けられたようです。「まあ! すてきね! 着てみてちょうだい、はやく!」「気に入ってくれるといいけどね。でもわたしは好きになれないが」。そして9コマ目、ついに風刺画のチャールズ・マーフィーの姿があらわれました。この図像は紙面の真ん中にあり、新聞読者の注意をこのマンガにひきよせるためのよいポイントになっています。

 

 妻は「ああ、なんてすばらしいの!」と興奮してます。夫は「変だと思うけどね! きみが好きならかまわんが」と無愛想です。こどもは「気をつけてねパパ」といってるんですが、これは、さすがに危ないファッションだよ、ということなのか。

 

 妻は感極まって夫に抱きつきました。「大好きよ! 愛してるわ! わたしとサミーの分も届けてもらわなくちゃ!」。夫はニコリともせず「インディアンにでもなった気分だよ」。わけもわからぬまま、自らを異なる文化に合わせざるをえない気持ちを吐露しているのでしょうか。夫はつづけて「気をつけよう! ほんのちょっとで...」と、謎のことばを言いかけています。なんだこれは。

 

 その後、妻が電話で「6時に届けるっていってたはずなのに、4時半になってもまだ来ないわ。そうよ! こどもの分もあるわよ! すぐにもってきてちょうだい!」と業者を急かします。まだ6時じゃないなら業者はべつに悪くないわけですが、奥さんは待ちきれないんでしょうね。そして12コマ目、家族全員がストライプの服に身をつつみました。

 

 夫のことばは「これは今年いちばんのたいへんな日になったな(It's a pretty day for this time of year)」というものです。pretty「たいへんな」はもちろん「とんでもない、ひどい」という皮肉の意味で使われているわけですが、妻は「すてきな」という意味でかってに解釈してくれて、「そうね、ほんとね!」と会話が通じています。

 

 三人がまずどこへむかったかというと、よりにもよって教会です。「結婚式以来じゃない?」「ああ、そうだったな」と、三人はなかへ入ります。すると、教会のなかには囚人服を着た人でいっぱいで、この家族がぜんぜん浮いていない。

 

 牧師でしょうか、ひとりの男性が壇上でしゃべっています。「こんなにたくさんお集まりいただきありがとうございます」。これから説教をはじめるんでしょう。画面手前の奥さんが「みんなストライプ着てるじゃない...なんなのよもう」と不満をつのらせるなか、牧師はこう言います、「それでは本日の聖書のことばです。気をつけろ!!! チャプスイからシンシン刑務所までほんのちょっとだぞ!(Look out!!! Tis but a step from Chop Sueys to Sing Sing!)」。

 

 これは、タッド・ドーガンの風刺画が念頭に置かれています(https://archive.org/stream/currentliteratur41newyrich#page/476/mode/2up)。風刺画にはキャプションがついており、そこには「気をつけろ、マーフィー! デルモニコスからシンシン刑務所までほんのちょっとだぞ(Look out, Murphy! It's a short lockstep from Delmonico's to Sing Sing)」と書かれているのです。デルモニコスとはマーフィーお気に入りのレストランの名前です。選挙の裏取引の場所というイメージが人々のなかにあったのではないでしょうか。

 

 「レアビット」では、デルモニコスのかわりにチャプスイ(中華料理名)になってますが、タッド・ドーガンのキャプションを受け継いでいることは明白です。そうか、さっきこどもが「気をつけてねパパ」と言ってたのも、パパが「気をつけよう!」と言ってたのも、すべてこのキャプションのことだったわけですね。

 

 牧師はこの家族に近づき、「ご機嫌いかがですか、ツイスターさん(Mr. Twister)」と挨拶してます。ツイスターさんというんですね、心の曲がった不正直者、というわけです。

 

 教会を後にしたツイスターさん一家は、往来でもストライプ柄の服のひとたちに出会います。「あれ、うちの使用人じゃないか? 肉屋といっしょだ」「そうね、わたし嫌になったわ! みんながもってない新しい服がほしいのに」。みんな罪深いんですかね。

 

 人気の風刺画をモチーフとしてマンガを描くというのは、なかなかおもしろいですね。いまではあまり考えられないことです。「人気の風刺画」というものがそもそもないし、仮にあったとしてそれをマンガに描くのって法的に大丈夫なの? という気もする。

 

 マッケイはタッド・ドーガンの承諾を得ていたんだろうか。おたがい近い場所で働いていたから、一言ことわっていたというのはありえますが、漫画家どうしがOKでも新聞社がどう思うか。まあ、マーフィー図像が流行ることは、もともとの風刺画が掲載されたハーストの新聞にとってもけっして悪いことではないけれど。

 

 それに、イエロー・キッドがあちこちにさんざん描かれたのにだれもお咎めを受けなかった点から、この当時、キャラクターの著作権というものがほとんど考慮されていなかったのでは、と考えることができます。

 

 最後のコマ、ツイスターさんはまだ寝てますね。それを妻子が見守りながら会話しています。「パパを起こしちゃダメよ、レアビット食べたら眠くなっちゃったんだわ。あっちへ行きましょう」「パパはレアビットの夢を見てるの?」。起こさないんだ...。夢からさめた人が夢を振り返るんじゃなくて、起きてる人が眠っている人の夢を想像するという結末は珍しいです。

リトル・ニモとドクター・ピルのかばん

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 1907年8月18日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 「ドクター・ピルだ!」「まあ、ほんと! ドクター!」。ひさびさのドクター・ピル登場です。全体的に青白いコスチュームですね。お姫さまが「こんにちは、ドクター」と挨拶し、ドクターも「ご無事でなによりです」と再会をよろこんでいます。

 

 ただ、フリップはドクターのことが好きではなさそうです。「おれはあいつに目を向けられるのもいやだね」と、だいぶ嫌ってます。キャンディが「ドクターはいい人だよ」といってますが、はたしてフリップの機嫌はなおるのか。

 

 さて、前回、フリップに太陽を呼ばれてすこし懲りたジャングル・インプは、今回ドクターと初対面です。さっそく3コマ目でドクターのかばんをこっそりゲットしようとしてますね。周囲では「おれはあいつの見た目が好きじゃないんだ」「でもとてもすごい人だよ、ほんとに」とか、「お友だちも元気ですか」「ええとっても」とか、それぞれ話をしていて、ジャングル・インプの行動には気づいていません。

 

 ジャングル・インプはまんまとドクターのかばんを盗み取り、4コマ目の左端でかばんをあさっています。ドクターは、視線の向きとしてはジャングル・インプのいたずらに気づきそうなものですが、あいだにフリップがいるのでそちらに気をとられています。

 

 フリップは「あいつをどっかにつれていけよ、おれにステッキでぶっ叩かれる前にさ」とドクターに聞こえるような声で暴言を吐き、キャンディに「ダメだよフリップ!」とたしなめられてます。ドクターも「おまえ、前にも会ったな」と、さすがにちょっと不機嫌になりましたね。

 

 お姫さまは、これらすべてのことに無関心です(笑)。「行きましょう、ニモ!」と、ニモをつれていこうとしています。お姫さまが動けば自然と他の人々も動くわけで、5コマ目ではジャングル・インプ以外のキャラがみな右のほうに寄っています。

 

 フリップとドクターの険悪ムードはつづきます。「その指さしをやめねえんならおまえの鼻をステッキで突いてやるぞ」「なんと、こいつもいっしょの旅なのですか」。お姫さまは「そうなのよドクター」と、ふたりの調停に入ろうとしてますね。えらいですね。ニモもすこしはがんばればいいのですが。

 

 お姫さまのとりなしもあって、ドクターはフリップをお姫さまの友人として認めたようです。しかし、「ここではぜったいにきちんとふるまわなければダメだぞ」と釘をさしていますね。フリップは無言です。

 

 お姫さまはキャンディに「フリップのことをドクターに教えてあげてちょうだい」と、ふたりがけんかをしないための手を講じています。フリップが太陽を呼べることを教えてあげて、という意味かな。ドクターそれ知らないのかな。一方、ジャングル・インプはまだみんなに無視されています。現状、いちばん目をつけていなくてはならない人物のはずですが...。

 

 ジャングル・インプは、ドクターのかばんを開けて、なにかを口にしようとしてますね。食べれそうだと思ったんでしょう。しかしおそらくそれは、かつてニモも口にした、幻覚症状を引き起こす薬なんじゃないだろうか(リトル・ニモと秘密の地下通路 - いたずらフィガロ)。危険ですね。

 

 ジャングル・インプのいたずらにいち早く気がついたのは、やはり教育係筆頭のフリップでした。「あっ!」と声をあげた瞬間、インプがかばんを落とし、なかの薬がころころとちらばってしまいます。

 

 それでもドクターは、キャンディに「ドクター、フリップは危険です、あいつは夜明けの番人の甥なんですよ」と伝えられていたところで、まだインプに気づいていない。お姫さまも「みんな! 歓迎会がはじまるわよ!」と、インプが見えていない。

 

 8コマ目でも同様です。「あれ、わしの薬かばんはどこだ?」「来てちょうだい、ニモ! ドクターのことはいいから!」。まるで、お姫さまとキャンディとドクター・ピルには、最初からジャングル・インプのことが見えていないんじゃないか...とさえ思えます。あるいは見えてはいるが路傍の石のような、とるにたらない存在ということなのか...。

 

 ニモは、わずかに、インプを懲らしめようとするフリップに気づいていそうな感じがします。画面の左を向いていますので。しゃべってほしいですね、ニモがインプをどう思っているのか。

リトル・ニモと太陽のしつけ

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 1907年8月11日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 ニモたちはモルフェウス王がいるサマー・パレスへむかっているところです。ですが冒頭、フリップが電話で「もしもし、おじさんかい? あのさ、太陽をもってきてほしいんだよ、眠りの国をぜんぶ溶かしてもらいたくて、うん、やれそう? わかった」と話しています。どうしてそんなことをするのか。

 

 ニモはキャンディとともに、ジャングル・インプの教育係になっています。「おりこうにしててよ!」「そうだよ、きれいなところへ行くからね」と、いたずら好きのジャングル・インプをどうにか静かにさせておきたい。一方、お姫さまは「そのインプに話しかけてどうするのよ? ことばがわからないのに!」といいながら、すでに歩きはじめようというところです。ちょっとイライラしてるというか、面倒はごめんだ、とにかくわたしは先に行きたい、という気持ちがよく表れています。

 

 1989年に公開された日米共同製作のアニメ『NEMO/ニモ』では、お姫さまがだいぶ気の強い女の子として描かれています。原作マンガのお姫さまがあまり表情を崩さないのとは対照的に、1989年アニメのお姫さまはこわい顔をして怒ります(たしかフリップをひっぱたくシーンがあったような)。けれど、原作のマンガのお姫さまも、言動の内容からするとやっぱり気丈な感じがあって、1989年アニメはその点を強調しているんだなと思います。

 

 さて、一行が王様のところへむかっている途中、フリップがジャングル・インプに話をしています。「おまえにわからせてやるぜ、おれがどんなに危険なやつかってことをな。ここの連中はみんな知ってるんだ、おれがすべてを終わりにできることをな」。えええ、そういうことか...。恐怖心をうえつけて、しつけをするんですね。ちなみにニモたちはまったく気づいていません。

 

 「おれのおじさんは夜明けの番人なんだ、おじさんが太陽をもってきたら、眠りの国はぜんぶ溶けちまうんだ、おまえもな! わかるか? 溶けるんだぞおまえ!」。ジャングル・インプは、わかってないかもしれませんね。お姫さまが「フリップはなにを言ってるのかしら、インプはことばがわからないっていうのに」といってるし。

 

 それにしてもお姫さまは、インプとのコミュニケーションの不可能性をまたも強調しています。インプを仲間だと思っていないのでしょう。フリップの教育によって、インプがいつか仲間として認めてもらえる日がくるのか、今後の見どころです。

 

 フリップが「おまえが紳士だったら、おれはそんなことしないさ」と説教をするなか、一行はおもしろい装飾の入った通路を歩きつづけます。「見て、休憩所についたよ」「わ、おおきくない?」「パパの喫煙所なのよ」。

 

 5コマ目に見えるのは、なにやら柱や階段が入り組んだ場所ですね。パースがいびつな感じがする。フリップがまもなく夜明けを招くことの暗示なのかどうかはともかく、フリップは高らかに叫びます。「出てこい太陽! ぶちこわせ! 思い知るがいい、おれさまの力を!」。

 

 もちろんみんなあわてますが、時すでに遅し、6コマ目が太陽のまばゆい光におおわれます。ニモ以外は描線がうすくなってますね。ジャングル・インプは「ギグ、ギャグ、ゴ、モッコ!」とわれわれにはわからないことばを発していますが、フリップのほうをむき、困った顔をしてひざまずいているので、どうやらこれはしつけに効いたみたいですね。フリップは自ら消えながら「どうだ! これからはおれを丁重に扱うんだぞ」と尊大にふるまっています。

 

 フリップは自分が消えてしまうことが怖くないんですかね。どうせまた復活するだろと思ってるんだとしても、フリップだけが怖がっていないのはどうしてなんだろう。

レアビットと1905年ニューヨーク市長選

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 1905年11月1日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 電車のなかでしょうか、男性がすわって新聞を読んでいると、むかって右隣にすわる男性が「だれが当選するかね」としゃべりだしました。選挙が行われているんですね。

 

 むかって左隣の空いているスペースに、2コマ目で別の男性が腰を下ろします。真ん中で新聞を読む男は、左右の乗客には目もくれませんが、右の男はつづけて「あんたはだれに投票するんだい?」と話しかけています。

 

 すると左の男がそれに呼応します。「おれかい? チャーリー・マーフィーさ」。右の男はそれに対し「ならジョー・マクレランに投票するわけだな」と返しています。

 

 チャールズ・マーフィー(Charles Murphy)とは、民主党の政治組織タマニー・ホールで当時ボスだったひとです(Charles Francis Murphy - Wikipedia)。ジョージ・マクレラン(George McClellan)もタマニー・ホールの所属で、マーフィーを後ろ盾として1903年のニューヨーク市長選に勝利しています(George B. McClellan Jr. - Wikipedia)。

 

 今回のエピソードが掲載された1905年11月もまさにニューヨーク市長選をひかえていた時期で、マクレラン市長は再び立候補したのですが、マクレラン市長に対抗する立候補者のなかには、なんと『ニューヨーク・ジャーナル』のハーストがいました(https://en.wikipedia.org/wiki/New_York_City_mayoral_elections#1897_to_1913)。タマニー・ホール所属の現職か、新聞王ハーストか、あるいは共和党の立候補者か。ニューヨーク市民のあいだで、市長選挙は(あたりまえですが)大きな関心事となっていたわけです。

 

 とりわけおもしろいのは、マーフィーとハーストがもともと盟友だということです。だから人々は、マーフィーはタマニー・ホールのマクレランを応援するのか、それとも友人ハーストを応援するのか、注目していたのですね。結局マーフィーはマクレランを支持し、ハーストと決別します。

 

 マンガにもどりましょう。左の男は「だれに投票しなくてもいいだろ。おれの好きにするさ」といっていて、もしかしたら投票するつもりがないのかもしれませんね。マーフィーは支持するがマクラレンには入れない、ということかな。右の男は「あいつはタマニーのやつだろう?」とふしぎそうにしてますが、まあ、おなじ派閥ならだれでもいいというわけではないよね。

 

 左右の男たちは声を荒げはじめました。「そうさ! だからやつには投票するよ」「それはだからマクレランのことだろ?」「いや、ちがう、マーフィーだ」「なんでだよ! マーフィーには投票できないだろ」「おれはアメリカ人だ、投票する権利が...」「けどマーフィーにはできないんだよ」「なんでだ! おれに投票権がないってのか?」「ちょっとおちつけよあんた」「投票権がないって言いたいんだろ?」「いや投票権はあるけどさ...」。

 

 中央の男はもみくちゃにされています。めんどくさいことに巻き込まれて災難ですね。

 

 ちなみに、この選挙は現職のマクレランが勝利し、ハーストは僅差で破れました。マクレランの勝利の陰にはマーフィーによる選挙違反があったとされ、投票日の直後にはマーフィーが囚人服を着ている風刺画が新聞に掲載されています(https://archive.org/stream/currentliteratur41newyrich#page/476/mode/2up)。こんなやつです。

 

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 タッド・ドーガン(Tad Dorgan)の風刺画です。で、「おれこいつ見たことあるぞ...」と思って「レアビット狂の夢」をさがしたら、やっぱりいました。

 

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  これは1906年10月13日の「レアビット狂の夢」です。一年近くもこのキャラもってるのか。かなり人気の図像だったんですね。こっちのエピソードについてはいずれやりたいと思います。

レアビットとジャストウェッドさん

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 1905年10月28日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 若い女性が室内にいます。ゆったりと座っているようですが、「だれか玄関にいるわ。今日はだれにも訪ねてほしくないんだけれど...あっ、呼び鈴が! だれかしら...」と、そわそわしていますね。

 

  次のコマ、眼鏡をかけたご夫人が「ジャストウェッドさん(Mrs. Justwed)はいらっしゃる? ラバー(Mrs. Rubber)が来たと伝えてくれるかしら」と、黒人メイドに話しています。メイドは「確かめてきますので少々お待ちください」と返事します。

 

 「ラバー様です、いかがいたしましょうか」とメイドにいわれたジャストウェッドさんは、「ドライブに出かけていないと伝えてちょうだい。ラバーさんには会いたくないの」と、居留守をつかうみたいです。どうして会いたくないんでしょうね。読み進めていったらわかるかな。

 

 「あら、いないの? お宅を拝見したかったのよ。ちょっとおじゃまするわね」。ラバーさんは家のなかに入るつもりですね。メイドは「奥様がいつお戻りになるかはわかりません」といって、やんわり帰ってもらおうとしますが、次の5コマ目で「隠れたほうがいいです! ラバーさんがこちらに来ます」と部屋に戻ってきました。ラバーさんを玄関で止められなかったんだな。

 

 ジャストウェッドさんは「なんですって! それならここに隠れているわ。なんとか帰ってもらってちょうだい。ラバーさんが帰るまで、わたしはここにいるわ、アイリーン」と、カーテンでしょうか、布のうしろに身をひそめます。

 

 6コマ目、ラバーさんが部屋に入ってきました。アイリーンは「お気の毒ですが、奥様はだいぶ遠出いたしました」とラバーさんにいうのですが、ラバーさんは「大丈夫よ。すてきなお家じゃないの? まあ、すごく居心地がいいわ、こざっぱりしてて。ジャストウェッドさんはお幸せそうね」と、あまり聞いていません。

 

 ラバーさんはいすに座り、本腰を入れてくつろぎはじめました。「ジャストウェッドさん、あの男のひとをつかまえられて、なんて幸運なのかしら。ここは本当に落ちつくわね。彼女が帰ってくるまで待ってましょう、きっと驚くわね」。持久戦のはじまりですね。カーテンのうしろにいるジャストウェッドさんはなにを思っていることか。

 

 あ、ちなみに、ジャストウェッドという名前はジャスト・ウェディング、つまり「ちょうど結婚したばかり」という意味ですね。ラバーさんは新婚さんの様子をうかがいに来たわけです。下世話なゴムおばちゃん。

 

 メイドのアイリーンは奥様のためにがんばります。「ラバー様、奥様がいらっしゃるときに、また来ていただけますと...」。しかしラバーさんは「いいえ、ここで待ってるわ。ジャストウェッドさんだって、わたしに会えればうれしいはずよ」とめんどくさいことをいいます。長居しそうです。

 

 で、9コマ目、「帰ってこないわね。三、四年たってるわよこれ。もう少し待って、もどってこなかったら帰りましょう」と、だいぶ長居しました。1〜8コマ目のあいだは時間が10分程度しかたっていないと思うので、8コマ目とほぼおなじ構図の9コマ目で急に「三、四年」とかいわれると驚きます。

 

 10コマ目、アイリーンがやってきました。すこし太った? アイリーンは「奥様はぜったいに戻ってきませんよ。お疲れでしょう」と、いまだ秘密を明かしていません。しかしラバーさんも「大丈夫よ、もう少しいるわ。それにしても長いわね。あら、12年たってるの」と、まだまだ居続けるつもりです。

 

 で、ラバーさんはあいかわらず「早く来てくれないかしら」と待ちつづけます。顔は泥のようにくずれていきます。12コマ目ではアイリーンが「またお越しくださいな。奥様がいなくなって28年になりますよ」といってますね。こちらもだいぶ年をとりまして、老眼鏡をかけてます。ふたりはもう長年連れ添っているし、りっぱな家族なんじゃないか。

 

 ラバーさんは「あと15年待っても来なかったら、おいとますることにするわ」というのですが、見たところだいぶご高齢ですので、はたして15年も待てるのかどうか...。

 

 そしてついに、13コマ目、「帰ったほうがよさそうね。あと45年は戻らないと思うわ」とラバーさん。帰ろうとしているということは、12コマ目から15年たったということでしょうか。よぼよぼですね。そしてアイリーンもすっかりおばあちゃんになりました。「まあ、お帰りですか? 奥様がいらっしゃらなくて、本当にすみません...」「いいのよ、彼女に伝えてちょうだい、65年も待ったわって。すごく会いたかったのよ(I'm dying to see her)」。この場合は「彼女に会うために死にかかっていたわ」の訳が適切でしょうか。

 

 しかしながら、死にかかっていたのはラバーさんだけではありません。この65年、ずっとカーテンのうしろにいたジャストウェッドさんが、15コマ目でようやく姿をあらわしました。すでに「ジャストウェッド」ではないわけですが(というか夫はどうしてたんだ)。

 

 彼女はすっかり老いぼれてしまいました。頬はこけ、髪も薄くなり、若かりしころの面影はありません。老いは怖いですね。カーテンのなかにはクモの巣がはってあり、家屋も傷んでいるのでしょう。

 

 アイリーンは「お帰りになりましたよ、たいへんでした、ちっとも動かなくなるものですから...」と数十年ぶりに真の主人に再会できました。ジャストウェッドさんは「よかったわ、帰ったのね、いいひとなんだけど、けっこううんざりするのよ。いま何時かしら?」といっています。もしかしたら時間の感覚がまともではないかもしれない。

 

 結局これは、近所のおばさんに生活のことでいろいろ詮索されるのを恐れる新婚女性の話、ということかな。老いよりもゴシップを恐れていて、あらぬうわさ話を流されるくらいなら死んだほうがましだということなんでしょう。

リトル・ニモとネックレス

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 1907年8月4日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 横長のコマが縦に六つかさなった構成です。透視図法の空間のなかで、登場人物たちが横にならび、読者は視線を左右に流しながら、すこしずつ下に降りていくことになります。

 

 ニモたちは船から降りて、これからモルフェウス王のいるサマー・パレスにいくところです。真ん中のフリップが「これは海賊から奪ってきた宝石さ」とリトル・キャンディに説明しています。そういえばそんなことありました。リトル・キャンディは「じゃあそれもって急ごう、遅くなってしまうよフリップ」と、海賊の話には興味がなく、それより遅刻をおそれていますね。

 

 でも、まあ、今回も先には進めない。おなじ場面が六つかさなってる紙面ですので。2コマ目の左端で、軍艦にのる海兵たちが「ニモとお姫さまはかわいかったけど、あのふたりときたら...」といっていて、フリップとジャングル・インプが厄介の種であったと嘆息してます。このセリフは読者に対し、フリップとジャングル・インプをどういう目で見るべきかをあらためて示してくれています。

 

 ジャングル・インプは箱のなかから宝石をとりだしています。ネックレスのような、長くつながれた宝石ですね。フリップは「おいおいおい! ネックレスから手を離せよ! 聞いてんのか?」と怒ってます。

 

 しかし、ニモたちにはそれが見えていません。「宮殿にいかなくちゃ」「でもフリップが遅いのよ、もう行きましょう」「あのジャングル・インプがたくらんでることを確かめようよ」と会話していて、かろうじてニモが、悪いのはフリップよりむしろジャングル・インプだと気づいているようですが、いままさに行われようとしている悪事についてはわかっていない。

 

 画面右端に立つサマー・パレスの家来たちも、こどもたちの状況をまるで把握していません。こどもたちに対して背をむけているし、顔がフレームの外に出ています。

 

 ジャングル・インプはものすごく長いネックレスをもったまま、あたりを走りまわり、ネックレスが円を描きはじめています。ネックレスの一部が家来の足首に引っかかっていますが、かれはそのことにも気づいてないのかな。キャンディも「美しい宝石だね、ダイヤモンド、エメラルド、ルビー、すごいな!」と宝物に目を奪われています。

 

 フリップだけがあわてていて、ジャングル・インプを追いかけます。「あのインプにはちゃんと指導しなくちゃな!」。

 

 ネックレスは家来たちの足をすくってかれらを転倒させ、そのままニモを画面の真ん中に引きよせます。ネックレスの円はまもなく閉じられようとしていますね。フリップは「後悔することになるぞてめえ!」となおも追いかけますが、走る場所が悪く、ネックレスの円の内側に入ってしまっています。お姫さまは「あのふたりは置いていきましょうよ!」と大声を上げますが、やはり逃げられない場所にいるままです。

 

 そんなわけで5コマ目、ニモたちはネックレスにからめとられてしまいました。キャンディは「あんないたずら小僧、どこで見つけてきたんだよもう!」と困惑し、フリップは「後悔するぞこのやろう」とおなじセリフをくり返しています。

 

 家来たちもようやく本腰を入れるつもりのようです。「本気でいかないとつかまえられないぞ」「そうだな、あのインプをひっとらえるぞ」。

 

 大人たちが本気を出したおかげで、インプはあっさりつかまえられました。フリップは「つかまえるだけだぞ! 傷つけてはダメだ! おれがいくまで待ってろ!」とネックレスのなかでもがきます。

 

 キャンディが「どこからつれてきたの?」というのに対し、お姫さまが「フリップがジャングルからつれてきたのよ! ああもう!」とイライラが頂点に達してる感じですね。顔の表情はそれほどくずれていませんが。

 

 ジャングル・インプは、こんな感じで毎回いたずらをするんだろうか。さすがにこればっかりだと飽きるな。ですが軍艦はすでに遠くまでいってしまってますので、一行はジャングル・インプをつれていくしかないですね。

 

 もちろん、たとえば次回エピソードの冒頭で「ジャングル・インプは海兵たちがつれて帰りました」「やれやれ、ほっとしたわ」みたいなやりとりを描いて、インプを物語世界からあっさり退場させることもできるかもしれません(まえにもそんなキャラがいたような気がするし)。はたしてジャングル・インプはどうなってしまうのか。