いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

リトル・ニモと箱の中身はなんでしょね

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 1907年7月14日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 前回、ニモたちは海軍の人々といっしょに眠りの国の王のもとへ帰るところでしたが、島のこどもたちがフリップを車で連れ去ってしまい、あわてて小舟を引き返したのでした。

 

 今回1コマ目を見ると、どうやら車がこちらに走ってきていますね。前回のラストは、島の族長が車を追いかけジャングルへと消えていく場面で、そのときの構図そのままに(左奥に車、右手前に小舟)、今回は車がこちらへやってきました。

 

 族長がなんとか車に追いついて、つかまえてきたのかな...と思って車をよく見てみると、おかしなことに乗っているのはひとりだけです。それを見た小舟のうえでは「フリップがきたぞ!」「フリップだ!」「大きな箱をもってるぞ」とさわいでます。フリップだけもどってきたようですね。後部座席には四角い箱が見えます。

 

 2コマ目、フリップが到着です。「おれのことは気にするな、それよりその箱を小舟にのせてくれよ」だそうです。海兵たちが「重いな、なにが入ってるんだ」といいながら運ぶなか、ニモとお姫さまは「なにが入ってるのかしら」「バナナじゃないかな」と、フリップが連れ去られたことはもはやどうでもよく、目の前の疑問に集中しています。

 

 船長は「急いでくれ、遅れてるんだ」と、早く出発したい様子ですね。画面いちばん右にいる海兵は「知ってたさ、あのガキにつきあわなくちゃならないってことはね。まったく調子のいいやつだよ」とフリップにあきれ顔です。やっぱり、フリップはこう思われてるくらいがちょうどいいですね。まわりから心配されるようなキャラじゃないと思います。

 

 2コマ目の右奥には軍艦が見えていて、ニモたちは3コマ目でこの船に乗り込んでいます。フリップは「こっちこっち」といって、積み込まれる箱を受けとろうとしていますね。ニモは「あわてなくて大丈夫だよフリップ、時間はあるから」とフリップの作業を見つめています。

 

 お姫さまは、海兵に「行きましょう、からだに塗った色を洗い落として、着替えてください! これからお父上のサマーパレスに向かいますので」といわれているところです。「リトル・ニモ」には着替えがほんとに多い。いつもいつも、場面にあわせて舞台衣装を変えています。まあ、王さまに会うわけだから正装しなくてはならないのはわかりますが、島に来たときに腰みのをつける必要はほんとにあったんだろうか。「郷に入っては郷に従え」をやってますよ、というサインなんでしょうかね。

 

 4コマ目、水平線が見えます。もう島から遠ざかっているのでしょう。画面中央にはフリップと海兵がいて、また壁ぎわにも海兵たちが何人か立っています(海兵のひとりが「すごい速く進んでるな」といってます)。とくに急ぎの仕事はないようで、フリップを見ていますね。

 

 中央にいる海兵は「わたしが箱をあけておくから、おまえは着替えてくるんだ、フリップ」といって、箱の側面をこじあけようとしていますが、フリップは「そんなのはするつもりないね、箱をあけるのが先だぜ」と、やはり箱をこじあけようとしています。画面右端の海兵は「あのガキ、着替えなくちゃダメだろ、箱をいじってる場合じゃないぞ」と渋面です。

 

 しかし、いざ箱がひらくと、海兵たちは破顔してしまいました。なかには、島に住むこどもがひとり入っていました。フリップが海兵たちに、それから正装してきたニモとお姫さまにも、このこどもを紹介しています。「こいつがおれを連れ去ろうとしたやつさ。こいつはおれのもんだ」。

 

 ...えー、拉致してきたようですね。これはよくないですね。海兵たちも笑っている場合ではないのではないか。さっきフリップが拉致されたとき、あなたたち心配したんじゃないの? といいたい。島の族長に申し訳ないなあ(読者のわたしが思ってもどうしようもないんですが)。

 

 ただ、このこどもは、自らの状況を完全に受け入れているようにも思えます。この状況にまったく動じてない。島の族長がこれを了承済みなのかもしれない、というわずかな希望を抱くことにします(それでも箱に詰めて運ぶという方法はどうにかならなかったのか。箱からでてきたのはなんとこどもでした! 的な見世物性が優先されたのか)。

 

 画面の奥で、司令官が「上陸の準備をせよ!」と声をあげています。宮殿が見えていますね。次回はふたたび壮麗な建築群が見られることと思います。

レアビットとブラックハンド

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 1905年10月18日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 男性が、ドクロマークの書かれた手紙をもっています。「ブラックハンドか?」と驚いている様子ですね。ブラックハンドとは、主に犯罪組織から送られてくる脅迫状のことです(Black Hand (extortion) - Wikipedia, the free encyclopedia)。

 

 男性の娘さんによれば「カッシュさんへ。500万ドルのご用意を。さもなければわれわれはあなたをニューヨーク市長にさせるしかない。本気ですよ! すぐに支払うように!」だそうです。500万ドル支払わないと市長にさせられるんですね。風変わりな脅迫状ですが、市長の座を望まないひともいますからね。

 

 カッシュさんは「わたしは1セントだって払う気はないぞ」といいながら、娘さんといっしょに外を歩いていますが、物陰からカッシュさんを覗いているひとがちらほら見えます。様子をうかがっているんでしょう。カッシュさんもそれに気づいているようです。3コマ目でも「わたしはだまされんからな」と強気ですが、街中で監視されているのは気味が悪く、「わたしとてもこわいわ」と不安になるお嬢さんの気持ちもわかります。

 

 監視の目は家のなかにもあらわれはじめました。カッシュさんがすわる椅子のすぐうしろにさえいます。カッシュさんは「ひとりでもつかまえられたらな」と悔しがっています。つかまえられそうなくらい近くにいるのにつかまえられないし、食事に集中できないし、精神的にキツそうですね。次のコマでは、寝室で執拗につきまとわれているところで、カッシュさんも「くっそ眠れんぞ!」とつらそうです。

 

 それでもカッシュさんは脅迫に屈しようとはせず、500万ドルを用意するそぶりを見せていないので、犯罪組織のひとがカッシュさんのもとを直接訪れました。「例の金をはやくもってこい、さもないとおまえを市長の椅子につかせるぞ、市庁舎行きだぞ、はやくしろ、わかったか?」。しかしカッシュさんは「ことわる!」と強気でいます。一方、娘さんは「払います! 払います、ああ、お父さん!」と泣いてしまいました。これまでのつらい日々を終わらせたいという思いでしょう。

 

 カッシュさんは走って逃げ出しました。あとから「行く手をはばめ!」「つかまえろ!」と何人かが追ってきます。さっそく男がカッシュさんの前にあらわれ、「とらえた!」といってかれの進路をふさいでいます。

 

 カッシュさんはあっけなくつかまり、手足と背中を抱えられてつれていかれます。「市長だぞ」「市庁舎までどのくらいだ」という声が聞こえます。そして、カッシュさんはめでたく「大ニューヨーク市長」と書かれた椅子にすわらされました。からだを縛られ、猿ぐつわまでされています。まるで死刑台ですね。むこうのほうでお嬢さんが「どうかお許しを!」とひざをついて懇願していますが、相手は「500万ドル出せば自由の身だ」と一点張りです。

 

 当時の市長はジョージ・マクレラン・ジュニア(George B. McClellan Jr. - Wikipedia, the free encyclopedia)というひとで、民主党所属だったようですが、この頃の民主党といえばやはり、ギャングとつるんでた政治組織タマニーホールを思い浮かべてしまいます。マクレラン市長もギャングに脅されて市長になってたりしたらおもしろいですね(おもしろくはないか)。

レアビットとボールを探す男たち

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 1905年10月14日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 ゴルフですね。ゴルファーとキャディーがいます。「1番ホール 258ヤード」と書かれた石柱みたいなのも見えます。ゴルファーは「人生最高のゲームになりそうだ」と、いい気分でいます。どうでもいいけど左打ちですねこのひと。

 

 スイング後、ゴルファーは「いいんじゃない? 1マイルくらい飛んでいったな」とご機嫌です。1マイル(1760ヤード)とは大げさですが、キャディーも「もうぜんぜん見えないね」と、かなりの飛距離があったみたいです。

 

 ところが、3コマ目、かれらはボールを見つけられません。グリーン近くで「このへんにはなさそうだな」「もっと遠くのほうだろう」と話していますので、これはどうやらOBですね。

 

 ふたりはコースを抜け出して、草をかき分けたり石をどかしたりしてボールを探しますが、やはり見つけられません。5コマ目では浜辺にいますが、「海のほうに飛んでいったんじゃないかな」「なら、舟を呼んで海を探さなくちゃ」ということで、これから海に出るようです。もうゴルフはやめたのかな。

 

 船上では「ここにもなかったら、このまま進んでヨーロッパまで行こう」「ひどい打ち方するからこんな遠くに来ちゃったんだぞ」と会話していて、ついにスコットランドに到達します。まんなかにタータンチェックをまとった現地のひとがいて、奥にバルモラル城が見えます(イエロー・キッドとバルモラル城 - いたずらフィガロ)。ボールを探しにきたかれらはアザミの茂みをかきわけていて、現地のひとに「やあ、ボールは見つかったかい?(Hoot mon! Dinna ye fine thuh wee bit o thuh ball?)」とスコットランドなまりで聞かれていますが、「まだだ、見つかるまでつづけなくちゃ、北極に行くことになってもね」と返しています。

 

 その後かれらは、けわしい山に登って谷間をのぞき込んだり、ラクダが歩く砂漠のなかでボールを探したりします。中国では弁髪のひとに「アヘンを探してるのか? ならアヘン窟に行け」と勘違いされていますね。

 

 11コマ目、気づけばかれらはだいぶ年をとっています。雪のなかにいますね。「ピアリーがボールの前を通ったんじゃないか、わたしに知らせてくれるかもしれない」「そうだな、帰ろう、こごえちまうよ。アラスカを通っていこう」としゃべっているので、やっぱり北極にきたようです。

 

 でも帰り道、あきらめきれないようで、「ロッキー山脈を探してダメなら帰ろう」といって岩山を歩いたり、あるいはナイアガラの滝まで来て「ここに落ちてしまったのかもしれない」と考えることで、ふんぎりをつけようとしたりしています。

 

 14コマ目、かれらはようやく、数十年前にいたゴルフコースに帰ってきました。1番フラッグはぼろぼろになっています...だれも手入れしてなかったんでしょうか。ゴルファーは「さびて傷んでるな」といいながら、旗を引き抜きます。

 

 すると、なんとボールが穴に入っていました。「ボールじゃないか」「世界中を探しまわったが、その間ボールはずっとここにあったんだ」。ホールインワンしてたのか、あるいは、どこかへ飛んでいったボールが、数奇な運命の連続をへて、ここへもどってきていたのか。いずれにせよ井上陽水「夢の中へ」を歌いたくなる状況ですね。探し物を見つけてしまったかれらは、幸福を感じながら天に召されるのか、失望のあまり土に還るのか...。

リトル・ニモとさらわれたフリップ

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 1907年7月7日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 車でジャングルをぬけ、動物たちの猛追をふりきったニモたちが、かれらを迎えにきた海軍兵たちの前にいます。ニモはもう車を降りていますね。フリップとお姫さまが「もどってこれてよかったぜ」「ほんとにね」と言いながら、いま車を降りようというところです。

 

 族長はニモたちがかわいいらしく、「この子たちを返さなくちゃならないなんて、わたしはとても悲しい」と、ニモたちとの別れを惜しんでいます。

 

 しかし海軍の司令官は「われらがモルフェウス王はこどもたちをサマー・パレスへと招待なさっている。あなたのところへはきっとまた来ますよ」と、残念に思う気持ちはわかるが王の望みに逆らうことはできないと告げています。まあしかたない。

 

 1・2コマ目は、左半分の茶色(砂浜、島民の肌)と、右半分の白(海軍の制服)がはっきりわかれていて、世界のちがいが端的にあらわれています。ニモとお姫さまは2コマ目でもう、移動を完了していますね。族長が「ああ、あの子たちが行ってしまうのがつらい。ずっといてくれればいいのに!」と嘆きながら、白い世界へと入ってしまったニモたちを見つめています。

 

 一方、族長の背後で、フリップはまだ車に取り残されたままです。族長が視線をニモたちのほうに向けているので、読者もニモたちのほうに注意が向きがちで、褐色の肌のこどもたちに囲まれたフリップを見つけるのにすこし時間がかかるような気がします。

 

 3コマ目で、ニモたちが舟に乗り込む段になっても、族長はフリップに気がついていません。あいかわらず「ここから行ってほしくないなあ」とつぶやくばかりです。ただ、海兵たちは、なにかちがうことに気づきはじめています。「あれ、3人だったよな」「3人だったはずだぞ」。しかし、司令官は「王女さま、お父上がすぐに会いたいとのことです、はやく行かなければ」とまわりを急かし、まもなく舟を出そうというところですね。

 

 4コマ目、舟が出ました。しかし、まだ砂浜が見えている段階で、早くも舟にフリップがいないことに気づきます。「フリップがいないぞ!」「舟を止めろ!」「フリップがいないですって?」「フリップはどこなの?」「島のこどもたちがフリップをさらっていったんです!」と、舟のうえで大騒ぎになっています。司令官も「あれを追うんだ! フリップを取り返さなくては!」と、舟の向きを変えるよう指示しています。

 

 同時に、族長もフリップのことに気づいたようです。画面奥に走り去る車を見て驚いている様子ですね。車は、族長の視線と、舟のうえではためく「モルフェウス」の三角の旗と、船全体の向きと、船員の視線と、いろいろなラインを集めた先の点に位置していて、読者も否応なく車に集中してしまいます。

 

 「ジャングルに入ったぞ!」「族長が追っていったけど...」「車に追いつきっこないよ!」「はやく! はやく行かなくちゃ!」と、舟のうえはなおもあわてています。司令官は機関士に「舟を飛ばしてくれ」と大声を出していて、機関士は「980ポンドの蒸気(pounds of steam)で動かしています!」と返答するんですが...どうなんですかこれ、とにかく全力でやってるという意味でいいのかな。圧力の単位とか、蒸気圧と速度の関係とか、まったくわからなくてすみません。

 

 夢からさめたニモは「フリップがさらわれたんだ、パパ」としょんぼりしています。パパは「フリップってだれだい? 夢を見てたんだね、ほら、起きる時間だよ」とニモに寄り添っています。パパかママはたぶん、部屋の外から「朝だぞ」と大声でニモを呼んだものの、返事がないので、パパが様子を見にきたのかな。そしたらニモが元気なくすわっていたんでしょうね。

 

 それにしても、フリップが連れ去られたことに対して、眠りの国の人間たちはみんなあわててました。以前は眠りの国からフリップを追い出そうとしていたのに、かれらはもう、フリップを大事な仲間だと認めているのかもしれない。フリップのキャラクター設定が、かつてよりも穏当なものになってきている印象があります。

リトル・ニモとフリップの爆竹

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 1907年6月30日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 族長が運転する車は、前回、ニモたちをのせて険しい山々をのぼったりおりたり(落ちたり)してましたが、今回はまたジャングルにもどってきました。ニモとお姫さまは「ジャングルにもどってこれてよかった」「わたしもよ」と、スリリングすぎるダウンヒルを終えてほっとしているようです。

 

 フリップは「動物たちは車が好きじゃなさそうだな」と、逃げまどう動物たちを見ながらつぶやきます。あたりには、トラ、カンガルー、サル、ゾウ、ライオンがいて、車をにらみながらもあわてて立ち去ろうとしています。

 

 おなじ動物どうしが群れておらず、それぞれ一体ずつこのあたりにいたんでしょうかね。平和なジャングルですね。あるいはもしかしたら、ニモたちがジャングルを駆け抜けているかなり距離がかなり長く、その道中こんな動物たちがいましたよということを一コマで凝縮してるのかな。象徴的な用法というか。

 

 いや、ちがった。単に、一体ずついたんですね。ニモが2コマ目で、うしろを振り向きながら「あの動物たちがこっちにきてるよ!」と言ってますから。フリップが「あいつらめちゃくちゃ怒ってるぞ!」と言ってますので、動物たちは興奮して車のあとを追ってきているようです。

 

 車はジャングルをぬけ、砂浜にやってきました。族長の真剣な表情がいいですね。そんな族長に、フリップが「すこしスピードをおとしてくれ、あいつら驚かせてやるからさ」と声をかけます。なにか考えがあるのでしょう。

 

 4コマ目、視点が変わり、コマに描かれているのは車のうしろ側です。と同時に海も見えました。フリップは「7月4日あたりにはいつも持ち歩いてるのさ」と言って、爆竹(というか爆弾?)に火をつけました。お姫さまは「あなたそれどこからもってきたのよ?」と読者の疑問をぶつけてくれています。ニモは「動物たちがおいつきそうだよ! いそいで!」と言ってます。爆発物のことは疑問に思ってるけど、まずは動物たちから逃げなくちゃということでしょう。

 

 フリップは爆竹を放り投げます。「これでもくらえ! ジャングルに帰るんだな」。動物たちは、なかよくおなじポーズで、密集しながら走ってきていました。かれらの頭上に飛んできた爆発物にはまだ気づいていない。

 

 次の瞬間、爆発が起こり、動物たちは四方にふきとばされました。カンガルーの周囲に、爆発の衝撃を示す直線が放射状に引かれています。ゾウの巨体がひっくり返るほどのものを持ち歩くのも、暴力的な問題解決も、あまり感心しませんが、とりあえず危機は脱したようです。

 

 車は画面左奥へと遠ざかり、その先には海軍の船員や島民とおぼしきひとたちが待っています。海には軍艦もいますね。この6コマ目は、車が左に遠ざかっているのが、ニモが夢の世界から遠ざかって右下の現実にもどってきている感じがしておもしろいです。

レアビットと酒をおごる男

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 1905年10月11日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 男がバーで「ビールをくれ、トニー。仲間たちがくるまえに飲まなくちゃ、いそいでるんだ。5分しか時間がない」と店員に話しています。5分しか時間がないのにバーにやってきたんですね。そりゃあトニーもこんな柔和な顔をしますよ。部屋の奥にいる白いネコは無関心そうですが。

 

 それでも知り合いがやってくると、男は「おお! まにあったな、なに飲むんだ」と声をかけ、わずかな時間のなかで親睦を深めます。

 

 5分たったんでしょうか、男が「いくらだい、トニー」とお勘定です。するとそのとき、べつの知り合いがむこうからやってきました。「よう、おまえらいたのか」。

 

 さらにべつの人もやってきて、バーはどんどん人が増えていきます。5分しかないと言っていた男は、入れ違いでバーを出ていくのかと思いきや「おっ、ギリギリ会えたな、こっちに来いよ」と、まだバーにいるつもりです。

 

 気持ちはわかりますね。時間がないんだけど、友だちにばったり会ってしまって、なかなかその場を離れられない感じ。

 

 客はまだまだ増えて、そのつど男は「こっちだこっち」と招いています。客たちは「ハイボールくれ」とか、「あれおもしろくない?」「ほんとおもしろいよなあれ」とか、「あの男ぜったい飲んでたよな」とか、めいめいに歓談していて、その中央で男が「なに飲むんだ? おごってやるよ」と場の雰囲気を盛り上げてくれています。時間は大丈夫なのか。

 

 8コマ目、男は「早くしろおまえ、おれは電車に乗らなくちゃならないんだから」といよいよ焦りだしていますが、それでも「なに飲むんだ?」と、まだおごるつもりです。こういう人いたらいいよね。ただ、上の場面では、注文を聞かれてる人は「なんだこりゃ、なにかみんなでたくらんでるのか? おれはずらかるぜ」と警戒しています。主人公の男が、客が来るたびにおごってるもんだから、かれを中心に人が集まっています。そりゃあトニーもあんな柔和な顔をしていたはずですよ。

 

 しかしさすがに人がおしよせすぎていて、とうとう主人公は「ここから出してくれ! こりゃひどすぎる」と音をあげています。もはや、ここがバーなのかどうか、このコマからはわからないほどです。

 

 今回の「レアビット」は、いつもにくらべて絵が雑な感じがしますね。マッケイ自身はあまりお酒を飲まなかったらしいので、酔っぱらいながら描いていたということはないと思いますが。最近、土曜日にコマ数の多い「レアビット」を描き出したもんだから、以前にもまして時間が足りなくなってきたのかも。

レアビットと気ままな暴君・拡大版

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 1905年10月7日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 まずは、7月に紹介した「レアビットと気ままな暴君」(レアビットと気ままな暴君 - いたずらフィガロ)をごらんください。

 

 今回のエピソードは、「気ままな暴君」ととてもよく似ています。ところどころ「これは前のとおなじコマなのでは?」と思ってしまうくらいです。が、微妙に細部が異なっていて、なによりコマ数が2倍です。拡大版のリメイクですね。

 

 最初のコマ、人々がみな深々と頭を垂れています。「偉大な君主よ」「力強き賢帝よ、われわれはあなたに仕えます」「服従の姿をお見せいたしましょう」「強大な王にして支配者よ」など、完全に支配されている様子です。

 

 かれらの頭上には、その王が輿に乗ってやってきています。「皆のもの、会えてうれしいぞ。てきぱき働けよ、それでそのもうけをもってくるのだ、そうすれば生かしてやってもよい。金をよこすのだ...」。やはり今回も暴君でした。

 

 どこかの部屋に入った暴君は、「医者を呼んでこい、わしは疲れた。ああ、奴隷たちよ、わしは健康に気をつかわねばならんのだ、みなを楽しませるのはもううんざりだ」と、くたびれたようです。さっきのパレードのことを言っているのでしょうか。蓄音機のスピーカーからは「世界でいちばんうるわしいお方〜ラララ〜」と歌声が聞こえてきます。

 

 医者がやってきました。「もっとご自身がお楽しみになる必要がありますな。なにか新しいものをご覧になってはどうですか。つねに楽しみを得ることです、そうすればお元気になるかと...」と、暴君に対し、なにか気晴らしをしてみてはどうかと提案します。

 

 すると暴君は「すべてそなたが面倒をみてくれるのだな、礼を言うぞ。請求書などもってきたら、熱したタールのなかに入れてやるからな」と、さっそく仕事に取りかかるように命じます。医者もびっくりでしょうが、とりあえず死なずにすんでほっとしてるかもしれません。

 

 で、5コマ目、まずはエステです。「きれいにするんだぞ、さもなければおまえたちをゾウに踏みつぶさせるからな、しっかり励めよ」。ついで豪勢な食事。「おまえたち、わしがカナリアのレバーにうるさいことは知っておろうな。それに、蝶のキドニーを出さなかった妻たち26人がどうなったかも知っているだろう? 知らないのか?」。蝶にキドニー(腎臓)ってあるの? ...と思って調べたら、ないみたいですね(参照:消化のページ)。いやあこわいこわい。

 

 ドライブ中には「この通りには金が敷き詰められてないんじゃないか。もしそうなら大変なことだ!」と不満げです。室内では、そばに立つ女性が「すこしだけでいいからお話ししとうございます、わたしの娘、つまりお妃のことです...」と暴君に声をかけていますが、暴君はなにも聞かず、「おいおまえ、この義母をどこかに閉じ込めておけ、もう見たくないから」と奴隷に命じてしまいます。

 

 すでに十分なほどやりたい放題ですが、物語後半に入るとさらにエスカレートします。海上でしょうか、暴君が家来と舟に乗っていますが、家来が「明日、アリーナにてすばらしい催し物を予定しております、きっとお気に召すことと...」とよけいなことを企画しているようです。暴君は「おもしろくなかったら貴様はさらし台に送るぞ」と、またしても家来を精神的においつめていますね。

 

 で、その催し物が次の10コマ目でしょうが、なにがおこなわれているのか...。車が衝突しているのかな。暴君が「ひどい! ひどいな! おい、今夜さらし台だからな、わかったな」と告げているところから察するに、催し物は失敗だったようですね。やっぱり舟のうえで精神的にキツい思いをしたのがよくなかったんだろうな。

 

 次もアリーナです。「あの演し物つれてきたのおまえか? 株式仲買人とか政治家とかをつれてくるんだよ、それからそばに肉も置いておくんだ、そしたらライオンも食うだろうが! このまぬけが!」。なるほど、いまライオンに囲まれている人は、たしかにやせてるようですからね、もっと金回りがよくて太ってそうなやつをつれてこいということですね。

 

 無能な家来ばかりで怒り心頭の暴君はアリーナを立ち去り、今度は酒を飲みだしました。でもまだ怒っているので、山ほどの瓶をもってきた家来に対し「それでシャンパンぜんぶなのか? 明日おまえを焼いてステーキにしてもいいんだぞ。30か40クォートもってこい」とまた無茶を言ってます。30クォート、だいたい30リットルですね。飲めるはずありませんが、暴君にそんなこと言ったら自分がステーキになってしまいます。

 

 最下段、暴君は「よいショーはないのか、ないんならおまえはライオンのところに入れてやるだけだ」と、そばの家来に最後通告します。すると家来はもうやけっぱちになって「ニューヨークに火をつけるというのはいかがです? ニューヨーク中が火につつまれるなか、陛下がお歌いになるのです」と提案します。

 

 以前の「気ままな暴君」のときは、たしか暴君自らがニューヨークに火をつけることを提案していたはずですが、今回は家来が言い出しました。こんな人間が支配者になっている街など滅亡してしまえ、と自暴自棄になってのことでしょうか。

 

 そしてニューヨークが火の海です。「おお、すばらしい! おい、バイオリンをもってくるんだ、歌おうじゃないか。はやくもってこい!」「リュートではなくバイオリンですね、わかりました」。しかし、それまで従順だったこの家来、次の15コマ目でとつぜん暴君の腹を蹴飛ばしています。「おい議員よ、どうしたんだ? やめろ!」とバイオリンを弾きながら叫ぶ暴君に対し、議員は「まったく、とんだ大馬鹿ものだ! やめろやめろ! でていけ! ほんとひどいバイオリン弾きだ、いいかげんにしろよ」とわめいています。

 

 バイオリンを弾いたとたんに反抗的になったので、きっとニューヨークが火の海になるよりもひどい音色だったということでしょうか。あるいはバイオリンの音色が最後の一押しとなって、議員が沸点に達したか。目が覚めてみると、今回もまた警官の夢でした。同僚が警棒でたたいて起こしたのかもしれません。

 

 土曜日の「レアビット」は、コマ数が多いのですが、その分だけ物語が複雑になるかと言われれば、そこまでではないですね。ディテールは増しましたが、8コマが16コマになる程度では、筋を変えることはできなかったのか。たとえば、キャラクターがひとり増えたリメイク版などを見てみたいものです。