いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

リトル・ニモと気高き警官たち

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 1908年1月12日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 注目は何と言っても、1コマ目のニモの頭ですね...先週はスキンヘッドだったけれど、一週間たってうっすら毛が生えています! なかなかかわいい姿ではないでしょうか。ジャングルインプにも同じように毛が生えてきましたが、肌の色が薄いニモのほうが、髪の毛の点々がよく見えます。

 

 かれらは「警察本部」と書かれた部屋に入るところです。ニモは「つかまっちゃうよ」と不安げですが、フリップは「おれらを探しに出払ってるから大丈夫」と、中に入っていきます。

 

 それでも、身バレしないように、ニモたちは警官の制服に着替えます。2コマ目は警官たちの更衣室で、制服を拝借しているところですね。で、さらに中に入っていくと、なんと警官たちが居眠りをしています。

 

 フリップは「こいつの足をあおいでやるぜ! 見てな!」と言って、警官のひとりの足を、あおぐどころか警棒で殴りつけます。この警官だけイスにすわっているのでたぶん本部長でしょうか。

 

 するとそれが引き金となり、警官たちは次々に隣の警官を殴っていきます。いかにもコメディ映画にありそうな、典型的なスラップスティックではないでしょうか。

 

 その喜劇的な様子にニモたちも笑っています。6コマ目以降のニモの顔を見てくださいよ、すごく生き生きしてる。フリップとつるむようになって、どんどん悪ガキになっていってすばらしいかぎりです。

 

 9コマ目の壁には、こんなメッセージが書いています...モルフェウス王はこの心配なときに職務を執行する気高き警官隊をただただ信頼しており、プリンセスが会いたいと願う友人リトル・ニモを速やかにかつ無事に見つけてくれることを心待ちにしている...。なんとも皮肉ですね。気高いどころか職務怠慢ですからねこの警官たちは。

 

 壁に書かれたメッセージには、「ドクターピル 医学博士」と署名があります。なにか問題が生じたらとりあえずクスリで解決しようとするヤバいおじさんです。元気かなあ。

レアビットとドイツ語

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 1906年1月23日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 このマンガの内容は単純で、男が「おかしいな、私のひげがないじゃないか」と、あちこち探してみるけど見つからない、という話です。細かいセリフはちがいますが、男は基本的にずっと同じことをしゃべっています。

 

 今回注目したいのは、セリフの随所に見られるドイツ語です。やたらドイツ語が多い。最初のふきだしがすでに怪しくて、Vere is my peard, my viskers? と書いてあるんですが、これは Where is my beard, my whiskers? のドイツ語訛りを表してます。

 

 2コマ目には Es ist nicht (It is not) と、ドイツ語そのものが出てきました。その後も Ich habe es nicht (I do not have it) とか、Wie kann es möglich sein! (How can it be possible!) とか、あちこちにドイツ語が登場します。

 

 こういうドイツ語まじりのマンガは、20世紀初頭アメリカでは珍しいものではありませんでした。ドイツからの移民が19世紀後半からたくさんいましたので、新聞メディアはドイツ語フレンドリーだったのです。ドイツ語新聞もありました。

 

 19世紀末には「カッツェンジャマー・キッズ」(Katzenjammer Kids)という、いたずら好きのこども二人を主人公にしたマンガが開始されましたが、このタイトルもドイツ語由来ですし、また「いたずら好きのこども二人」という設定が19世紀ドイツの絵物語「マックスとモーリッツ」(Max and Moritz - Wikipedia)を受け継いでいます。

 

 ところで最後のコマ、男が hasenpfeffer and cheese と言ってます。英訳すると rabbit pepper and cheese です。ラビットペッパー&チーズ。こっちのほうが「レアビット」より肉料理っぽいでしょうか。でも私は以前ウサギを飼っていたので、ウサギを食べる気にはなれないなあ。

レアビットと入れ歯

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 1906年1月18日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 あいかわらず「レアビット」は、各行の統一性というか連続性がはっきりあるなあという印象です。1〜4コマ目は男のスーツの黒が、また5〜8コマ目は氷面に生じた穴が、それぞれの行に視覚的な連続性を与えています。加えて背景の線も連続性を強調してますね。

 

 この男性はひとりでスケートしていて、「婚約者の彼女と一緒に来たかったなあ」と言っています。それは実は10コマ目で姿を現す女性なのですが、それについては後述。

 

 男性は寒いのでくしゃみをするのですが、なんと3コマ目で入れ歯を穴に落としてしまいます。その形からして一本や二本じゃないですね。

 

 男性は、だれもこちらを見ていないことを確認してから、服を脱いで水中に潜ります。「歯がないまま明日の結婚式に出るなんてありえない」「これで彼女に会うなら死んだほうがマシ」と、水に沈んだ入れ歯を取り戻すまで何度も潜ります。

 

 そこにこどもが現れます。いわく、「あ!お姉ちゃんの彼氏の服だ!お姉ちゃんに教えなきゃ!」...フィアンセもこのリンクに来ていたのですね。それで11コマ目、彼女の前に、下着姿の歯のない彼氏が水中から登場する。

 

 歯がないし、寒いし、濡れてるわけですから、人相ぜったい変わってると思います。男性は、いちばん見られたくない姿を、いちばん見られたくない人に見られてしまって、まったくイヤな夢ですね。夢からさめた男性も入れ歯なんでしょうかね。

リトル・ニモとスキンヘッド

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 またしても久しぶりのブログ更新すぎて、「ニモ」の話がどこまで進んでいたのかまったく覚えていなかったですよ。でも、何ヶ月も更新していないのに閲覧数が1日1件くらいあって、その1件の人に申し訳ない気持ちをずっと持っていたんですよ!本当に!

 

 ...あらためて「眠りの国のリトル・ニモ」の物語状況を確認しますと、主人公ニモ(薄いオレンジ色)、悪友フリップ(緑色)、それにジャングル・インプ(茶色)の3人が、眠りの国の宮殿で迷子になっているところです。

 

 というわけで上の画像は、1908年1月5日『ニューヨーク・ヘラルド』掲載の、「眠りの国のリトル・ニモ」エピソードです。

 

 1コマ目に、「ニモ発見につながる情報の提供者に1000億ドル」と貼紙がありますね。眠りの国を治めるモルフェウス王が懸賞金を出しています。

 

 ニモたちは宮殿内を歩きまわって、ちょうど理髪店にやってきました。でも理髪師がいないので(ニモを探しに出ていて不在)、自分たちで髪を切ろうとします。

 

 するとフリップが思い切りよく、インプとニモをスキンヘッドにしてしまいます。とくに不満のないふたり。

 

 フリップはヘアトニックを香水だと勘違いして、首のあたりにヘアトニックをつけてのばします。なので最下部の大きなコマではあごひげがたっぷり生えてしまっています。

 

 ちょうどそのコマでは、衛兵が通りかかったところでしたが、ニモたちの髪型がそれまでと違うので、「ニモは黒のカーリーヘアだからあれは違うな」と言って去ってしまいます。理髪店なんだから髪型が変わる可能性くらい考えてほしいところですが、そんなわけで、ニモたちの迷子はまだまだつづきます。

リトル・ニモと新年の抱負

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 1907年12月29日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 えー、またしても前回の更新からだいぶ日にちがたってしまい、「リトル・ニモ」のこれまでの話を忘れてしまってますが、要は、ニモとフリップとジャングル・インプの三人が宮殿内で迷子になっていて、モルフェウス王やプリンセスを探しているところですね。

 

 「リトル・ニモ」は週一回の新聞連載で、「レアビット」ほどではないですがそれなりの頻度で掲載されているため、「レアビット」のように年中行事ネタがよくあります。この日は年末ですので(以前にもありましたが)大きな鎌をもった時の神が登場しています。

 

 時の神は右手に赤子を抱えています。2コマ目で「1908」と書かれた帯が見えるので、かれは新年を連れてきたわけです。ニモたちは「なんかベルが鳴ってるな」としゃべっていて、近づいてくる音には気づいているのですが、疾走してくる時の神に対処するのは難しく、床を転がります。

 

 ニモたちは「時の神が新年を連れてきた!」「07を08に置き換えるところ見たい!」みたいな感じで、迷子であることも忘れ、時の神を追いかけます。すると向こうから老いぼれの1907年がやってきて、ニモたちはまた床を転がります。

 

 何事もなかったかのように杖をとり、退場していく1907年を、憐れみの眼差しで見送るニモたち。「ぶつかってしまうのも仕方ないよ、目が見えないんだから」「かわいそうなじいさんだ、あれだって昔はかわいい赤ちゃんだったんだぜ」。

 

 

 その後、巨大な本を持ってきた宮殿の家来がニモたちと衝突し、ニモたちはまたまた床を転がります。本の表紙には「1908年の抱負」と書かれています。本のなかには「1907」という見出しのページがあるので、これまでの何十年分かの決意とか決心とかが書かれているんでしょう。

 

 だれの本なのか。巨大だから、モルフェウス王のものでしょうか。これまで書かれた抱負をまとめてあるなんて、すごいというかツラいというか...。もしかしたら私も、昭和から平成になったときになにか抱負を書かされたのかもしれませんが、まったく覚えてないですね。令和になったときもなにも抱負を考えなかったな...。

レアビットとオウニー・ステイシー君

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  1906年1月11日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 女の先生がひとりの生徒を叱るつもりでいます。なぜ叱られるのか、1コマ目の時点ではよくわからないのですが、どうやら先生がここ一週間ずっとその生徒のことを監視していて、すでに体罰を決め込んでいます。というわけで、オウニー・ステイシー(Owney Stacey)君の名が呼ばれます。

 

 オウニー君は最前列にすわっていて、先生の目の前にいます。2コマ目ですでに立ち上がるしぐさをしています。先生は「オウニー! 急いで来なさい! ぶってあげますから」とやる気に満ちていますね。先生の話によれば、オウニー君は「濡れた紙を大量にまき散らしていた(shoot wads of wet paper promiscuously about)」ようで、それが体罰の理由みたいです。状況がまったくわからん。

 

 先生がオウニー君の異変に気づくのは5コマ目で、「ま、待ちなさい、すわって! すわりなさい!」と叫びますが、オウニー君はすわらずにどんどん大きくなって、7コマ目で「お呼びですか、先生?」と答える頃には先生はパニックです。他の生徒たちは平然としていますが。

 

 ところで、「レアビット狂の夢」は週に2〜3回のペースで連載されていて、毎日ではないにせよ頻繁に掲載されていました。だからなのか、マッケイはこのマンガを描くとき、時事ネタを入れたり、読者からアイデアをもらったりして、描くネタが尽きないようにしていました。

 

 そのため「オウニー・ステイシー」とかいう固有名詞を見ると、もしかして実在した人? と思わずにはいられません。というわけで少しインターネットを探してみたんですが、今回は見つけられませんでした。まあ、実在はしたけどマッケイの単なる友人というケースもあるので、まったくの架空かどうかもわからないんですが。

 

 代わりにヒットしたのはオウニー・マドゥン(Owney Madden - Wikipedia)という、「殺し屋」の異名をもつギャングでした...。1891年英国生まれで、1902年にニューヨークにやってきた人らしい。1906年だともう10代半ばなので、上のマンガのような少年ではないですね。ただ当時ニューヨークで「オウニーという名の悪ガキがいる」といったうわさはあったかもしれません。

レアビットとぐらぐら動く世界

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 1906年1月3日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 男が煙突のてっぺんまでのぼってきました。どうやら友人たちと、煙突のてっぺんまでのぼれるかどうかの賭けをしていて、見事てっぺんまでのぼった彼が5ドルいただくようです(ただ彼は、下にいる友達が支払いに応じようとしてない声を聞いてもいます)。

 

 賭けに勝った男は、ちょっと休んでから下りようとするのですが、4コマ目で「めまいがするぞ」と言っています。と同時に、彼がしがみついている煙突から遠くの地平線にいたるまで、世界がすべて傾いでしまっています。

 

 もちろんこれは、「めまいのする男からは世界がこう見える」という一種の主観的な表現と捉えることもできますが、この世界は夢のなかなので何でもありですから、実際に世界がぐらぐら動いていると捉えることもできます。というか私は直感的には後者のようにこのマンガを読みます。

 

 そう感じるのはたぶん、「レアビット狂の夢」の主人公がいつも世界に翻弄されてばかりいるからなのではと思います。このマンガでは、登場人物の内面に迫るような表現に読者が唸るというようなことはまずなく(笑)、登場人物が人間扱いされていないのを見て読者が笑うというのが基本の楽しみ方ではないでしょうか。

 

 ベッドから落ちて夢からさめた男のセリフはこうです、「こうなることはわかっていたさ。わかってた! レアビットを食べると決まってこうなるんだ。でも好きなんだよね」。

 

 レアビットを食べるのが好きだし、夢のなかで翻弄されるのも好き。読者としては、たとえ登場人物がどんどん慌てていくとしても、いったん読みはじめたマンガは最後のコマまで読むのをやめられないので、マンガのなかの男が「それでも好き」と言ってくれるのは何よりです。