いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

ジグスと親爺教育

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 1913年1月2日に新聞掲載された「親爺教育」というマンガです。

 

 ウィンザー・マッケイの「眠りの国のリトル・ニモ」「レアビット狂の夢」ばっかりアップするのに少し飽きてきたので、いま個人的にハマっているマンガもたまに紹介したいと思います。

 

 「親爺教育 Bringing Up Father」は、ジョージ・マクマナスという漫画家によって生み出されました。マッケイの友人です。上に載せたのが連載第1回のエピソードです。

 

 1コマ目、いちばん左に立っているのが主人公のジグスです。そのすぐ隣に立っている大柄の女性はジグスの妻マギーです...ただ、このエピソードでは名前が「メアリー」になっていますが。

 

 その隣にいるのは息子と娘です。息子はたぶん、この回にしか出てきません。娘はだいぶ後になってから、ジグスとマギーに次いで重要なキャラクターとなります。

 

 上のエピソードは、マギー(メアリー)がジグスに「良家のお嬢さんが息子に会いにくるから、身なりをちゃんとして応対してね」と言われてるところから始まります。

 

 前提として、ジグスとマギーはもともと貧しい労働者階級だったけれどいまは経済的に豊かな暮らしを送っている、という設定があります。あとは教養を身につけて社交界でうまくやれれば、立派な上流階級というわけです。マギーと子供たちは上流階級としてのふるまいをわかっている人たちです。

 

 ところが、ジグスだけは上流階級的ふるまいを身につけるのに苦しんでいます。というよりジグスは身につけようとしないのです。マギーはなんとかしてジグスを社交界の大立者にしたくて、セレブにふさわしいたしなみをジグスに教育しようとするのですが(タイトルの「親爺教育」とはそういう意味です)、なかなかうまくいきません。

 

 このエピソードでも、ジグスは「ねえメアリー、魚の目が痛くてこの靴はけないんだけど」と、着替え途中のまま客の前に現れます。それで家族ががっかりする、というオチです。たしかにもし自分が家にガールフレンド連れてきて、父親が裸みたいな格好で出てきたら「ふざけんなよ!」となりますね...。

 

 「親爺教育」は、このエピソードの10年後の1923年4月1日、日刊紙『アサヒグラフ』に翻訳掲載され、日本でも人気が出ました。手塚治虫もそれを読んでいたのです。

リトル・ニモと魔法の杖

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 1908年3月29日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 ニモがやってきた街は、ひび割れの壁と割れた窓ガラスの建物ばかりで、街灯も傾いていて、すごく貧しい雰囲気のところです。ニモも言うように「ぜんぶおんぼろ」です。

 

 するととつぜん、ニモの頭上から妖精みたいなのがあらわれ、ニモに魔法の杖を授けます。「願いが叶うのよ。持っていきなさい」だそうです。そんなことよりニモをプリンセスのところに連れていってあげればいいのに...。というかニモはその杖で「プリンセスに会えますように」とお願いすればいいんじゃないか!

 

 でもニモはそうせず、この街をぶらぶら歩きます。そして、4コマ目で痩せこけた子どもに出会うと、子どもに杖をかざして「かわいい帽子とドレスがいい!」と言って、子どもの身なりをきれいにしてあげます。

 

 ニモはそうやって、出会う子どもたちをみな着飾っていきます。しかも衣服をきれいにするだけでなく、7コマ目に登場する盲の子どもの目を治したり、8コマ目の片足の少年を松葉杖いらずにしてあげたりと、魔法使いのような働きをします。

 

 貧民街の人心をつかんだニモは自信たっぷりです。「ぼくはリトル・ニモ! ぼくについてきて、そうすればみんな幸せになれるよ! ここをパラダイスに変えてみせる!」

 

 そんなステキな夢をみたニモですが、目覚めとともに隣の部屋から「起きなさい、ニモ! エイプリルフールよ!」と声が聞こえてきます...。そうか4月1日が近かった...。ちょっとこれ、マッケイ性格悪くないですか?

リトル・ニモとオオカミとクマ

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 1908年3月22日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 ひとりになってしまったニモは、山道を歩いています。「さびしいところだなあ。どっちに行けばいいんだろう」。すぐうしろにオオカミがいますね。

 

 次のコマになるとオオカミがもう一匹あらわれ、その後もオオカミがどんどん増えていきます。ニモは「こんなにいっぱい...ぼくを食べようとしてるのかな」と怖がりますが、オオカミたちはニモを襲おうとせず、ニモを取り囲みながらいっしょに歩いていきます。かわいいですね!

 

 6コマ目、今度はクマが登場したかと思うと、こちらもたくさんいることが次のコマでわかります。逆にオオカミたちは、せっかく仲良くなったと思ったのにもうさよならです。ニモは「置いてかないで!」と、ひとりぼっちになるさびしさとクマの恐怖とで泣きそうになりますが、クマはやはりニモを襲おうとしません。「顔をなめないでよ」とニモが言ってますね...かわいいですね!

 

 クマの群れを引き連れたニモは、見晴らしのいいところにやってきました。そこから見えるのは、一面に広がるくすんだ色の街並みです。高い塔がいくつかありますが、どれも傾いています。ニモはこれからこの街に行ってみるようです。

レアビットとエールビール

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 1906年3月1日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 「いらっしゃい! 何にします?」「冷たいエールビールを大きいグラスでたのむ。のどがカラカラだ」「はいどうぞ。今日は暑いですね」という会話が、バーテンダーと客のあいだで交わされています。

 

 ところがバーテンが出したビールのグラスは、コマを追うごとにどんどん大きくなっていきます。バーテンいわく「そのビール、今日ずっと変なんですよ」だそうで、ふしぎと落ちつきはらっています。

 

 客はもちろん驚くんですが(What ails this ale?)、のどが渇いたのでどうにかして飲みたいと思い、椅子や梯子をつかってなんとかグラスの縁に口をつけようとがんばります。でもグラスが大きくなりつづけているので、飲むことができません。

 

 最後は消防士たちもやってくるのですが、「これ以上は上にいけません。あきらめてください」ということで、結局ムリでした。ビールはたくさんあるのに飲めないなんてかわいそうですね。夢から覚めた男はどうやらすぐに冷たい水が飲めそうでよかったです。

レアビットとロケット男

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 1906年2月27日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 「あいつ、いったいどういうつもりなんだ? あの株が下がったらあんなことやこんなことをするんだろう! とにかく電話しないと」「遊びでやってるんじゃないぞ...」と、男がなにやら血相かえて走っています。ビジネスの場面ですね。

 

 男は2コマ目で体勢をくずし、前のめりに倒れていきます。「なににつまずいたんだ? 転んじまう...」。しかし男はその場で倒れ込むのではなく、まるでロケットのように、前に飛んでいきます。

 

 男は「うわ! すみません! こりゃひどい!」とか言いながら、本を持って歩いている人や、大量の紙を持っている人、机でタイプライターに向かっている人などにぶつかっていきます。

 

 どうでもいいですけど、どんな角度で机に当たったらこんなふうに机が傾くのか...。それとタイピストの女性には直接当たってないように見えますが、女性も体をくずしてますね。なんででしょうね。雰囲気?

 

 9コマ目でようやく止まります。金庫でしょうかね。男の体はアコーディオンを押したかのように縮み、アルファベットでは書きあらわせない声を出しています。

 

 ほんとマッケイはこういう、物や状況がぐちゃぐちゃになっていくのを描くのが好きです。ニーズがあったんでしょうか。大友克洋AKIRA』の都市破壊シーンをずっと眺めてるのが好きみたいな、破壊シミュレーション願望がむかしから人の心に備わっているのか。

 

 ここまで書いていま気づきましたが、rocket には「(価格などが)急騰する」という意味があります。もしかして株価を上げたい気持ちがあったからこんなことに...。

リトル・ニモの新たな旅のはじまり

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 1908年3月15日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 1コマ目を見ると、前のエピソードとの連続性があるようには見えないんですが、ともかく翌日曜日に掲載されたものです。ニモたちは円盤の上に乗っています。

 

 するとすぐにこの円盤がルーレットのように回りはじめます。ニモたちは飛ばされないように円盤につかまりたいのですが、「つかまるものがない!」とニモが叫んでます。

 

 遠心力に抗えないニモたちは、6コマ目でついにみな手を離してしまいます。「じゃあなニモ! また会えるといいな」「そんなこと言わないでよ! こっちに来れないの?」

 

 というわけで、ニモはプリンセスに会えるどころか、いままでずっと旅を共にしていたふたりと、まさかの離れ離れとなってしまいます。

 

 ニモは落ちながら、「もうおしましだ、お家に帰りたい」「パパ、ママ、助けて!」と、わが家のことを思うのですが...9コマ目、注目してください、いつのまにかコスチュームが変わっています。「あれ、どこでこの帽子とコートを?」「ステキなコスチュームになってる! なんでだろう」

 

 そうしてニモは、干し草の山に落ちます。「幻惑の間」を脱出し、また無事に着地できたのはよかったですが、いったいここはどこなのでしょう。次回からはニモのひとり旅がはじまります!

リトル・ニモと3Dダンジョン

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 1908年3月8日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 ウィザードリィの3Dダンジョンみたいなところにやってきました。ニモたちは、もう少しでこの「幻惑の間」を出られそうだと期待しながら、通路を歩いています。

 

 2コマ目で、壁の穴から突風が吹き込み、ニモたちの帽子が飛ばされます。フリップにいたっては(育毛剤のために生えていた)あごひげまでなくなってしまいました。いつもの格好に戻りつつあるので、やっぱり「幻惑の間」を出られるかもしれないという期待を、読者も持つことができます。

 

 ところがそう一筋縄ではいかず、ニモたちはこのあとも、通路に吹き込んでくる突風に困惑します。4コマ目では床からの、6コマ目では天井からの風のために、ニモたちの体が翻弄されます。

 

 突風の次は、板がニモたちを襲います。8コマ目で壁の板がバラバラとはがれてニモたちの頭を打ったあと、9〜11コマ目で天井の一部が振り子のように回転し、ニモたちを前へ押し出します。

 

 押し出された先には外の景色が見えます。今度は90° 傾いていたりしないようですので、いよいよ「幻惑の間」もおしまいかな...と読者に期待させておいて、なんと次回、思わぬ展開が待ち受けています!