いたずらフィガロ

むかしのアメリカのマンガについて。

レアビットとやばいオークション

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 1906年2月6日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 「必要なものはぜんぶ買ったから、もう帰ろうかしら。でもその前にオークションを見てもいいわね」と、婦人がオークション会場に入っていきます。

 

 競売人が出しているのは散水車(a sprinkling cart or water wagon)です。2コマ目の画面左奥に、大きなタンクと車輪が見えています。一般家庭には必要なさそうですが...。

 

 婦人の両隣には蓄音機が置かれていて、左の蓄音機から「400ドル」と声が出ました。競売人はそれを受けて「400ドル出ました」と返しますが、すぐさま右の蓄音機から「450」と声が出て、競売人はその声も拾います。

 

 こうして散水車はどんどん値がつり上げられていきます。競売人も「最新型ですよ」「操作も簡単」と商品を売り込みます。そもそも蓄音機が競売人による仕込みということも大いにありえます。

 

 婦人は「ちょうどあんなのを夫も欲しがってたわ」と完全にオークション空間に乗せられてしまい、「750よ!」と入札してしまいます。

 

 その後も競りは続き、最終的にこの散水車は婦人のものとなります。お値段は2500ドル...やってしまった感がありますね。

 

 でも、この婦人の気持ち、わからなくはないんですよね...。わたしもネットオークションで「500ドルまでなら出せるかな」とか考えておきながら、最終的に1000ドル近く払ったこともありますので。オークションは危険。

 

 最後のコマはこうです、「あなた、どうしたの? ずいぶんと落ち着きがないわ」「なんでもないよ、よく眠れないだけさ」。なんと、この夢を見ていたのは夫のほうでした。

レアビットとエレベーターボーイの冒険

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 1906年2月1日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 いきなり謎の場面からスタートします。制服姿の青年が「悪党どもの足跡を見つけられればすぐに捕まえられるはずだ」とか言っていて、しかもその背後には、青年を襲おうとしているライオンがいます。

 

 ライオンは直後に襲いかかりますが、青年は手にしていた銃を撃ち、ライオンをしとめます。すると画面奥に土着民らしき人々があらわれ、青年は「死にたくなけりゃオレの言うことを聞くんだ」と話しかけます。

 

 なぜこの制服の青年(たぶんエレベーターボーイ)がこんな荒々しい旅をしているのか、わけもわからぬままマンガを読み進めると、5コマ目で青年が「心臓食らいのハイラムがオレの女を奪いやがった」とか言ってますので、どうやら青年は彼女を誘拐されたんですね。

 

 土着民たちは青年に命じられて、彼をそのハイラムとやらがいる場所まで連れていきます。すると、いかにもデスペラードといった雰囲気のおじさんが登場です。おじさんは「オレは何も知らねえ!」と慌ててますが、青年が銃を彼の額に当てて脅しをかけると、今度は逆に青年を首を絞めてきます。

 

 「彼女を返せないんならコイツをぶっ放すぞ、オレがだれだかわかってんのか?」「あんたがだれかって? そりゃ知ってるさ、あんたは...(首を絞めながら)オレが何年も探してたマヌケだよ!」

 

 読者はちょっとついていけない展開ですけど...でもこの続きが気になります。「リトル・ニモ」なら続きがわかるんですが。

リトル・ニモと牡蠣みたいな顔

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 1908年2月2日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 ニモたちは前回、自分たちの姿が無限複製される「鏡の間」にいましたが、今回は自分たちの体が伸び縮みする場所にやってきました。これも鏡のトリック(映すものを変形させる鏡)を思い起こさせますが、もしかしたらニモたちが実際にこのように変形してしまっているのかもしれません。

 

 1コマ目から4コマ目まで、コマがどんどん縦に長くなっていきます。それにあわせてニモたちの首から下がどんどん伸びています。

 

 5コマ目からは逆に、コマの縦幅がどんどん短くなり、ニモたちの体の長さも縮みます。ただし顔はむしろ長く伸びてしまって、グロテスクなことになっています。ニモの「インプの顔が牡蠣みたいだ!」というセリフがおもしろいですね。まあ牡蠣もグロテスクな見た目ですしね。

 

 体の長さを変化させるのにあわせてコマの長さまで変えてしまうのが、いかにもマッケイらしいというか、クロースアップの技法がほとんど見られないこの時代らしい感じです。

 

 キャラクターの顔がクロースアップで描かれるようになるのは(もちろん網羅的に調査したわけじゃないですが)だいたい1920年以降かなあという印象です。とくに1924年開始のロイ・クレイン「ウォッシュ・タブス」(Roy Crane, Wash Tubbs - Wikipedia)は、クロースアップに意識的なマンガだと思います。

 

 それと、いまのマンガのコマ割りでは、物語の重要な場面(筋のうえでの決定的な局面とか、重要人物の心理描写とか)に、大きなコマを使ったり、コマをたくさん使ったりすると思いますが、マッケイの場合はあまりそんな感じじゃないですね。

 

 上のエピソードの場合でも、たしかに物語の内容にあわせたコマ割りではあるのですが、それだけではなく、純粋に幾何学的な意図で紙面を割っているのではと思わされます。きれいなグリッドをつくって、積み木のパズルのようなコマを組み合わせ、全体として点対称の紙面を構成しています。このあたり、非物語的というか、物語に関係ないコマ割りと言いたくなります。

 

 ところでこのエピソードで思い出すのは、この3年後にマッケイがつくるアニメーション「リトル・ニモ」(https://www.youtube.com/watch?v=K8qow7jTyoM)です。ここでもニモたちの体が伸び縮みしていて、マッケイはこの映像イメージを紙面に生み出したかったのかなと感じます。

リトル・ニモと鏡の間

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 1908年1月26日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 いや〜、マッケイは気が狂ったんでしょうか...。よくもまあこんな手のかかるものを描こうと思いましたよね。わけなくアニメーターにもなれるというものです。

 

 ニモたちは「幻惑の間」に来ているところです。というかこの場所は「鏡の間」になっていて、ニモたちが鏡に写って無限に反復されています(とはいえ作中に「鏡」の文字は一言もありませんが)。「ここはなんなの? ぼくたちどこにいるの?」と、ニモは不安を隠せません。

 

 2コマ目までは、ニモたちが立っている床の色から、どれが本物のニモたちなのか比較的すぐに判明しますが、3コマ目となるとその方法では判断が難しいですね。かれらのふきだしも、発話者をわかりやすく示してくれていません。

 

 おそらく本物は、中央でこちらを見ているニモと、その右手前で画面右側を見るフリップ、それと反対側のインプではないでしょうか。この三人だけ、他よりもわずかに輪郭線と体の色が濃いので。

 

 4コマ目になると、左右だけでなく上下にも反復されてしまいます。万華鏡のようですね。万華鏡だとしたらだれかが筒に入ったニモたちを転がして楽しんでいるのか...と考えると怖いです。

 

 これまでしばらくしゃべっていなかったインプも、恐怖のためか騒ぎはじめました。自分が本物であるかどうか、自信が持てなくなってきたのでしょうか。考えるな、感じるんだ!(どうしても言いたかった)

レアビットとくちばしおねえちゃん

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 1906年1月30日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 若い男女がいちゃいちゃしています。男がもう帰る時間で、別れのキスをしているところです。男は、もしかしたらまだ帰りたくないのかもしれませんが、「君のパパが来るから」と、女性の父親を気にしているようです。

 

 それでも別れがたいふたりは長々と(しゃべりながら)キスをつづけ、口がどんどん伸びて、くちばしのようになってしまいます。もしやと思って英語で「くちばし bill」の単語を調べてみたら、案の定、bill and coo で「くちばしを触れあわせてクークー鳴く=恋人同士がいちゃつく」という意味があるそうです。

 

 6コマ目と8コマ目の右端にある「離れるんだ!」というふきだしは、9コマ目に現れるパパのものですね。娘が彼氏といちゃつくのをやめない現場には居合わせたくないなあ...そういうときはママにまかせてパパはどこかに出かけてきます、はい。

 

 9コマ目の女性は、自分の口がくちばしになっていることに気づいておらず(恋は盲目ということ?)、パパはぎょっとしていますが、この夢を見ていたのがそのパパでもなく、女性の妹だったというのはおもしろいですね。

 

「おねえちゃんのひどい夢を見たのよ、もう眠れないわ!」「大丈夫よ、目を閉じて。あんなに食べすぎないことね」と会話していますが、その夢の内容を聞かされたら、おえねちゃんももう眠れないのではないでしょうか。

レアビットと目覚まし時計

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 1906年1月25日『ニューヨーク・イブニング・テレグラム』の「レアビット狂の夢」です。

 

 目覚まし時計が鳴ったのでそれを止めようとするのですが、この時計は音が鳴るだけじゃなくてあちこち跳ね回ります。けっこう動きが速く、しかも軌道が読めないので、つかまえるのが大変です。

 

 男はどうやら9コマ目で時計をつかまえますが、それで時計がおとなしくなるわけでもなく、男の手のなかではしゃぎ回っているので男は「イタタ!」と言ってます。線がぐちゃぐちゃに描かれていて、時計がどこにあるのかもよくわかりません。

 

 「おいおい、15分しか寝てないのかよ」とは、起きた男の言葉です。寝入ってすぐに悪夢を見るとは、レアビットのパワー恐るべしです。

リトル・ニモと幻惑の間

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 1908年1月19日『ニューヨーク・ヘラルド』の「眠りの国のリトル・ニモ」です。

 

 迷子になった三人はこれまでふしぎな体験をさまざましてきましたが、あらかじめ言っておくと、このエピソード以降さらに奇妙なことになってきます。2コマ目に「幻惑の間(Beffudle Hall):危険・立入禁止!」とあるのですが、三人はかまわず中に入っていきます。

 

 ちなみに1コマ目の壁に貼ってあるメッセージにはこう書いてあります...娘の友達リトル・ニモを探し出した者には宝石の冠と魔法のブレスレット、それに9760億ドルを与える。中途半端な数字ではありますが、前より懸賞金が増額されてますかね。署名はモルフェウス王です。

 

 とはいえだれにも見つかる気配のないまま、三人はひどく長い階段に出くわします。3コマ目が上りの階段、4コマ目が下りの階段です。

 

 上りのほうは、フリップが嫌がります。「一段だって上りたくない」そうです。ニモは、上に何があるのか興味はありますが、それでもこの長さの階段には圧倒されています。

 

 そこでニモは下りのほうを行ってみようとフリップに相談します。が、フリップはこれも嫌で、今いる階層にとどまりたいようです。「また上ってこなくちゃならない」と、階段には目もくれません。

 

 次のコマ、ニモたちは巨大な家具のある部屋にやってきます。途方もない長さを体感した直後、途方もない大きさを体験しています。

 

 そしてその直後に、今度は自分たちが巨人になってしまいます。ニモたちの足元には本棚やテーブルや彫像があって、図書室のようですね。図書室という大きな空間でもニモたちは天井に届くほどの大きさだという説明になっています。

 

 それと、図書室で巨人だと、どうしても「巨人の肩の上に立つ」Standing on the shoulders of giants - Wikipedia という比喩を思い浮かべます。本棚に置かれた偉人の彫像たちが、巨人とはいえこどものニモたちを取り囲んでいる(その肩に乗りたがっている?)のがおもしろいです。

 

 3〜6コマ目はどれも日常的でない長さ・大きさの場面で、どれも異なる場所で、しかもこれらが新聞紙面全体に大きく描かれているわけで、読者は一コマ一コマを長々と見て楽しんでいたのではないでしょうか。白黒の小さな4コママンガをスピーディーに読むのとは楽しみ方がちがうと思います。

 

 それにしても巨人のニモ、どうしてこんなに目の影が濃いのか...。唇がわりと肉感的に描かれていて、いつもよりは写実寄りのスタイルになっていますが、ニモの目を写実的に描くのをマッケイは嫌がったんでしょうか。今回のエピソードでいちばん気になるところで、つい視線がそこに行ってしまいます。